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 女性は館内での注意事項や演目の紹介を端的に述べた。その声に耳を傾けながらも、梶は今か今かとその終わりを待つ。膝に置いた両掌が、汗ばんだ。それがこのホール内の温度によるものなのか緊張によるものなのか、梶自身も分からなかった。



 「では、ごゆっくりお過ごしください」



 話を終え、女性がステージ袖に捌けていく。


 真っ暗になったホール内。非常口と点灯していた灯りも落とされ、会場にいる全ての視線がステージ上へと向かう。そこに鎮座する静けさを一枚ずつ剥がすように、コツコツと靴音が響いた。スポットライトに照らされて現れたのは、見覚えのある衣装を身に纏った女性。橋本文香だった。


 腕に抱える銀色の楽器は、何度も聞き覚えたユーフォニュームという管楽器。光を受け、美しく輝いているそれは、橋本文香と揃うことで初めてその素晴らしさが際立つような気がした。


 ステージ中央――すなわち、梶の目の前に立った橋本文香は、ユーフォニュームを抱えながらお辞儀をし、マイクを通してその声を響かせた。



 「お越し下さり、誠にありがとうございます。橋本文香と申します」

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