第2話 思い出、最後の旅行

 聞き馴染みのある女の子の怒声が体育館中に響いた。



「あんたがそんなだから、あの子は………あの子はっ!」


「じゃあ……じゃあ!俺はどうすりゃよかった!?俺たちに何ができたって言うんだよっ!?」


「そんなの私にだってわからないわよ!」



 声の主を探そうとして――探すまでもなく目についた。二人だけが椅子から立ち上がっていた。

 その二人は、奈美と斗真だった。



「あのときは私もあんたもいなかった!あの子と一緒にいてあげられなかった!だから!だから……」



 奈美はその場で泣き崩れた。周りの人が慰めるように背中を擦る。



「……誰も彼もが悪いし…悪くないのよ。誰を責めて良いかも…わからないの」


「……悪かった」



 しばらくの静寂が続いた。気まずい雰囲気の中、到底式の続きができるわけもなく、誰もが口を開くことができずにいた。

 そんな静寂を一番に破ったのはやはり静寂を作り出した人物だった。



「……二年生、最後で最大で最高だったあの日、修学旅行で俺たちは、寒い寒い北海道へと赴いた」



 殆どの生徒が、保護者が、先生方が下を向いていたときに彼の声が静かに響いたことで、その全員が彼の方を向いた。



「あの修学旅行は、みんなにとっても、俺にとっても……あいつにとっても、最高の時間だったに違いない」



 みんなだけじゃない。わたしにとっても、凄く幸せな三日間だった。二泊三日の修学旅行。




「奈美!奈美!これすごいよ!」



 バスの窓から外を見ると、地面一面に広がる銀世界が展開されていた。もはや恥じらいなんて存在しない。

 奈美を呼びながらも外の景色に釘付けになっていた。



「ほんと!いい景色ぃ」


「ね!早く外行きたい!」



 クラス中も反応は一様に、その見事な雪景色に感嘆していた。

 素敵な修学旅行の始まりだった。




「一番乗り!」


「ちょっと、そんなに動いたら危ないでしょ」


「そんなお硬いこと言わないでさあ。ゆーゆも楽しまなきゃ」



 ゆーゆ、もとい雪澤ゆきざわ沙友理さゆりはしっかり者で、クラス副代表をしている子であり、わたしの部屋のメンバーでもあった。


 そして、はしゃぎながら部屋の中をクルクル回っているのは瀬田せた麻衣まいちゃんだ。



「わたし達も準備していこ。すぐ出発って言ってたし!」


「そうですね。二人共、行きましょう」



 そしてわたしと、せーなちゃんこと藤宮ふじみや星梨せいなの四人で部屋メンバーであり、班メンバーでもある。



「はあーい!」

「わかった」


 

 これからは、バスに揺られて班活動だ。

 二人の声を聞いて、わたしたちは必要最低限の荷物を持って部屋を出ていった。



 その日の夜



「はーっ!いい湯だったねえ」


「まい、あなたそれはオヤジ臭いわよ」


「なっ!それを言ったらゆーゆだってお風呂でタオル頭に乗せてたじゃん!」


「あれはー別にいいの。よく見るでしょ?」


「見ないよぉ!」



 止まりの旅館の温泉から出て部屋に戻る途中だった。前で繰り広げられている、まいちゃんとゆーゆのやり取りを見ながらせーなちゃんと二人でその後ろを歩いていた。



「今日楽しかったねー」


「そうですねぇ。ほとんど屋内でしたけどね」


「まあ仕方ないね。冬の北海道で山なん言ったら自殺行為だしね」


「明日は朝からスキーらしいのでとても楽しみですね」


「そうだね。―――あ!」


「どうしました?」



 キョトンとした目で三人がわたしの方を見る。部屋に入る直前で、わたしは大事な約束事を思い出したのだ。



「や、やばい!約束してたのに忘れてた!今すぐ行かないと!」


「ちょ、ちょっと、約束って何よ!」


「ごめん!寝る準備よろしくね!」



 そのまま三人を置いてわたしは走ってその場を後にした。

 残された三人は呆然と部屋の前で立ち尽くしていた。



「約束って……めっちゃ気になる!」


「ええ、気になりますね」


「気になるけど、後をつけるのはちょっと……」



 沙友理は少し尻込み見ているようだったが、気になるという点では満場一致のようだった。だから、



「じゃあ、後をつけるんじゃなくて、たまたまそこに用があってたまたま、そうたまたまばったり見かけたっていう体はどうよ」


「どうよって……」


「沙友理さんは見てみたくないんですか?」


「そりゃちょっとは見たいとは思う、けど…」


「よしじゃあ行こう!」



 後ろからついていくという流れるなるのは、至極当然の流れだった。



 息を切らしながら走っている。目的地に着くとわたしをここに来てほしいと言った張本人が待っていた。



「お、おまたせ!待たせてごめんね」


「あ、うん、大丈夫。来てくれてよかった」



 そう言いながら頬をかいているのはわたしをここに呼んだ、桂山斗真くんだった。

 わたしは焦って走ってきていたからあまり気にしていなかったが、改めて目的地の様子を見てみると、ロビーから少しそれた人通りの少ない場所だった。



「それで、話って何かな?」



 なかなか話し出さない桂山くんに話しかけると、驚いたようにその目がまっすぐわたしの目とキレイに合った。

 その屈託のない目に思わずドキッとしてしまった。



「あ、あの!」


「ひゃい!」



 突然の大きな声に驚いて大きな声で変な言葉が出てしまって咄嗟に口を抑えた。露骨すぎるその仕草に恥ずかしくなって顔が焼けるように熱かった。



「一年の時から、――さんのことが………好きでした!」


「……へ?」


「俺と、付き合ってください!」



 勢いよく言い放つと、そのまま手を出してキレイに九十度腰を曲げた。

 わたしはというと、突然の告白に口が空いたまま何も言えないままでいた。今すぐ言わないといけないという焦りと、頭が真っ白で何も考えられないので声を出せないでいた。


 そもそも桂山くんは学年を超えていろんな人から告白を受けているのだ。一年のときは同じクラスだったからお互いに話す機会も多かった。

 だからわたしは彼と普通の友達の感覚で接していた。


 凄くモテるし、選択肢なんてたくさんあるはずなのにどうしてわたしなんかに告白なんてするのか全く理解できなかった。一瞬罰ゲームでもさせられているのかとも思ったが、そういう雰囲気でもない。

 本気でわたしとお付き合いしたいと思ってくれているんだ。


 その気持ちが嬉しくて、泣きそうで、心が踊りそうだった。こんなわたしでも好きになってくれる人がいるのだと思わせてくれた。だからわたしは――



「桂山くん」


「は、はい!」



 桂山くんは折り曲げた腰を正し、手を下げ、まっすぐにこちらを見つめた。



「わたしたち話す機会も多くて、わたしは友達だと思ってたの」


「うん」


「けどわたしは貴方のことを全然知らない」


「…うん」


「……だから、お互いのことを知るために、お付き合い、お願いします」



 わたしは意を決してその言葉を彼に伝えた。彼に聴こえてしまうのではないかと心配になるほど心臓が煩く鳴っていた。



「――――っ!あ、ありがとうっ!」



 彼の顔を見ると、目が少し潤んでいるように見えた。

 正直自分の気持ちがわからない。桂山くんのことが好きなわけじゃないのかもしれない。けど嫌いでもない。ただ友達でいることが心地よかった。


 けど友達として過ごす中で、彼とずっと一緒にいればきっともっと楽しくなるだろうなとも思っていた。

 わたしはその気持ちにかけることにした。桂山くんが心からわたしを思ってくれていると信じて、わたしは彼とお付き合いをする。

 その中できっとわたしは、彼のことを好きになれるとほぼ確信に近いほど、そう思っている。



「ね、ねえ!」


「な、なに!?」



 お互いどう接したらよいかわからず、まるで初対面かのように話し方がぎこちない。



「下の名前で呼んでも……いい、かな?」


「え、あ、良いよ!えっと、俺も下の名前で呼んでも、いい?」


「う、うん……いいよ。と、斗真……くん」


「あ、ありが…とう」



 気まずい空気が漂う。何を話すのかもわからず、名前を呼ぶことしかできず、どう解散したら良いかもわからず、ただただ視線だけが右へ左へ行き場を失っていた。



「あ、あの――」

「うがーーー!」


「うわあっ!」



 斗真くんが何かを言い出そうとした瞬間だった。何者かがわたしの後ろから飛びついてきた。



「ちょ、まいちゃん!?」


「そうだよ!みんなのアイドルまいちゃんだよ!?」


「何言ってるの」


「ゆーゆも!?」


「初々しくて素敵ですねぇ」


「ゆーなちゃん!?」



 なぜみんながここにいるんだろう。それよりも……いつから見てたんだろう。



「ふふふ。その顔はいつから見てたのか気になっている顔だね?」


「な、なんでわかったの!?」


「当然」



 心を読んだまいちゃんが顔をニヤけさせる。



「最初から」


「最初から!?」



 特に聞かれてマズイことを話していたわけではないが、告白されているところなんて見られるのは凄く恥ずかしい。

 それが告白する側なら尚更恥ずかしいだろう。

 心配になって斗真くんのほうをチラリと見ると、案の定恥ずかしそうに、居心地が悪そうに視線を彷徨わせていた。



「にしてもあの鉄壁と言われていた桂山がねえ」


「な、なんだよ」



 鉄壁、というのは彼につけられた異名だ。これまで数多くの女子たちが彼に告白してきたが、斗真はそのことごとくを断ってきたのだ。



「鉄壁だったのは、彼女のためだったんですね」


「なかなかしっかりしてるな」


「う、うるさいな」



 そう、全てはわたしのことを想ってくれていたから、彼は多くの女子たちの告白を断って来たのだ。



「じゃ、あたしたちはこの後があるから連れてくよー」


「お楽しみ……」


「おや?何を想像してるのかい?」


「な、何も想像なんてしてねーよ!」


「まい、あんまりいじめてやるな。戻ろう」


「はあーい」



 ゆーゆの掛け声でみんなが斗真くんに背中を向けて部屋に戻ろうとした。



「それでは失礼しますね桂山さん」


「じゃーねー」


「それでは」


「じゃ、じゃあね……斗真くん」


「あ、ああ……また」



 各々が挨拶を済ませ、四人でその場を後にした。

 その後部屋に戻ると、就寝時間を過ぎてもあの告白のことで話が途切れなかった。時々話が変わったりしたけど、必ず誰かが話しを戻してくるのだからたまったものじゃない。

 全員が寝静まったのは、一体何時だったのか。十二時はゆうに過ぎていただろう。


 次の日は、午前中はスキー場で色々と体験を、午後は自由行動だった。この班で回るのもありだったが、それぞれ別の友だちと回るようだった。



「ま、元々わたしも奈美と回るつもりだったしね」


「誰に言ってるのそれ」



 隣に立っている奈美に何故かジトッとした目で見つめられた。



「独り言」


「独り言ぉ?ま、それよりも」


「それよりも?」


「昨日のこと教えなさい!」


「ええぇ」



 昨日のことといえば一つしかない。斗真くんと付き合うことになったことだろう。けど正直、これといって話すようなことはないのだけれど。



「相手はあの鉄壁の桂山なんでしょ?返事はしたの?」


「え、えっとそれは……」


「おーい!」



 ふとそんな呼び声が聴こえてきた。二人でその声の方を向くと、ちょうど話題に出していた斗真くんだった。

 斗真くんはそのままわたしたちの方へ走ってきた。



「あ、あのさ。これから一緒にまわりたいなって……どう、かな?」


「え、ええと」



 すぐ隣には奈美がいる。斗真くんと一緒にいたい気持ちもあるけど、奈美との約束を反故にするすることもできない。

 どうすればいいかわからずに悩んでいると、



「あら、隣にいる私に何も言わずに連れて行こうっていうの?」


「ああ、それはすまない。けど決めるのは彼女だろ?」


「そうかもね。けど見てわからないかな?私たちこれから二人で出かけるの」


「そうだろうね。けどどっちを選ぼうとも彼女の意見を尊重するよ」


「ちょ、ちょっと」



 二人の間で見えない火花が散っているのが見えた。少しでも刺激を与えたら爆発しそうだ。

 早く決めないといけない。



「私、あなた嫌いだわ」


「へえ、言い返せなくなったからって相手が嫌いなんて言うのかい?」


「いいえ、違うわ。この子にだけにしか意識が行ってなくて、周りを見てないところにイライラするの」


「周り?」


「わからない?あなた、ここに一人で来たの?」


「ああ、そうだ。それがどうした」


「そう。あなた今日この日までいろんな人から一緒に回らないかと誘われなかったの?」


「……誘われた」


「でしょ?あなたは――」

「ふ、二人共!」



 ここで止めないと永遠にこの口論が終わらないように思えて慌てて会話に割り込んだ。



「さ、三人で回るのはどう、かな?」



 この状態で一緒に回るなんて気まずいにも程があるが、一応案として提案してみる。



「申し訳ないけど、却下ね」


「ごめんけど、俺は君と二人で回りたいんだ」


「だ、だよね」



 当然とも言える結果に肩を落とす。三人で回るのが一番の理想だったがやはりそううまくはいかないらしい。

 残念な気持ちを抑えて自分の意見を言おうと口を開こうとすると、



「別に良いよやっぱり、三人で回っても」


「そう、だな。これからは三人で行動する機会も増えるだろうしな」


「二人共……」



 急な心境の変化はよくわからないが、三人で回れるという嬉しさに自然と顔がほころんだ。

 今日はきっと楽しい日になる。



「じゃあ、行こっか!」



 そう言ってわたしは歩みを始めた。

 その後ろで奈美と斗真が睨み合いながら意思確認をしていた。



「私はまだあんたを認めたわけじゃない。さっきはああ言ったけど、嫌いなのは変わらない」


「わかってる。それに俺もあまり君のことは良いとは思ってない」


「けど、共通の意思があることは認めてあげる」


「ああ、お互いに彼女の悲しむ顔を見ることは望まない。そこに違いはないな」


「当然ね。少しでもあの子を悲しませてみなさい。私があなたの首を刈り取るわ」


「それはこっちのセリフだ」



 そして二人は前を歩くお互いの大切な人を柔らかい目で見つめる。

 その視線を軽く感じながらわたしは何を話していたのか聞けなかったが、二人は仲良くなったのだと思い、静かに微笑んだ。



「何処行くか決まったの?」


「うん!ここはどうかな?」



 後ろから飛びついてきた奈美に目的地を指差す。



「いいんじゃない?さ、すぐ行こ!」


「うん!斗真くんもここで良い?」


「ああ、行こう」


「その男なんて置いていけばいいのに」


「もう、そんな事言って。本当は二人が仲良しなのは知ってるからね」


「なんでそうなるのよ!」


「それに関しちゃ同意見だな」


「ほら、仲良し」



 三人が横並びになり、美しい小樽の街が三人の笑顔を更に美しいものへと引き上げた。この三人の光景は、それから先もずっと続くことを、誰もが望んでいた。


 誰もが望んでいたことだった。

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