最後のあの日を

aciaクキ

第1話 卒業式

 泣く人がいた。

 微笑む人もいた。

 熱を込めて叫ぶ人もいた。

 楽しむ人もいた。

 周りに流されない人もいた。

 手を取り合う人もいた。

 いろんな感情が入り乱れる体育館に、生徒たち、保護者たち、先生たちが一堂に会していた。

 

 今日は、高校生活最後の行事―――卒業式の日だった。


◇◆◇◆


 卒業式は、予行以上に完璧に、感動的につつがなく進められていた。



「一年生、新たな仲間たちが見慣れぬ教室に集まり、不安と期待に胸を膨らませました!」



 男子生徒、伊江上いのえがみりょうが代表としてその声を大にして叫んだ。

 あの日は、春とは思えないほどカンカンに照った太陽の日差しが、肌を痛めつけていた。



 夏ほどではないにしろ、カラッとした暑さに汗をじわりと滲ませる。

 アニメとか漫画ではよく見る桜並木も、他の学校ではまず見られない。それはこの学校の一番の見所と言っても差し支えない。



「おはよ!」

「奈美、おはよ」



 新たな風は、中学からの友達の奈美なみとの、再び歩み始める新たな一歩を後押ししてくれているように思えた。




「当時は自分たちとはかけ離れた大人だと思っていた、初めて多くの先輩方との交流を、クラス内交流を通じて行いました!」



 思い出にふけっていると、少し近くから女子生徒――瀬川せかわ愛実あいみちゃんの大きな声が体育館に響き渡った。

 うちの学校には、一年生の教室に二年生が来て話をしてくれる行事がある。しかも一対一で自由に会話してくれるのだ。

 歳が一つ違うだけなのに、なんとなく大人の貫禄がついた二年の先輩方を、わたしは憧れに思った。堂々とした先輩に自分もなりたいと思った。




「はじめまして、真矢です」



 女子のわたしでも思わず見とれてしまうほどの笑顔に、口が開いたまま思考が停止してしまっていた。それほどまでに、ふわふわして、可愛かった、可愛らしかった。



「お人形さんみたい……」


「えっ?」



 思わずそんなことを口走ってしまった。正直名前もよく聞いてなくて、本当に申し訳ないと思っている。



「えっあっ、す、すいません!」



 我に返って自分が言ったことを頭の中で反芻し、すぐに頭を下げた。



「いいよいいよ〜」



 口に手を当てて控えめに笑う姿は、上品でお嬢様と言ってしまいたくなるような感じさえした。

 その後は、互いに簡単に挨拶を交わし合い、高校のこと、真矢先輩のこと、わたしのこと、いろいろなことを話した。

 一番最初にできた、心から信頼し、慕うことができる先輩がこの日初めてできた。


 あの日、初めて交流をした先輩が真矢先輩で良かったと今でも本当に思っている。




「体育祭は、先輩方の力強さに圧倒され、その格好良さに敬意を懐きました!」



 また別の男子――政門庄司まさかどしょうじ君が手を後ろに叫んでいた。




 只今行われている競技はクラス対抗リレー、戦況はわたしが所属するクラスの七組が二組の選手、西東さいとう礼二れいじ君と一位争いをしている状況です。



「うおおおお!いけええええっ!」


「抜かせ抜かせええ!」


「あとちょっとあとちょっと!」



 クラス中が熱狂し、各々の方法で声援を投げかける。若干二組にリードを許している状態で、ほんの数センチの距離が詰められないでいた。



『これは大接戦!ラスト一周に差し掛かりましたが、七組と二組、両者ともその位置は変わりません!』



 そう激しく声を荒げたのは実況を担っていた放送部だった。放送部がする実況にどの競技も、時間が経てどもその熱が冷めることがなかった。



『あと少し、あと少し、しかしその少しを許さない二組ぃ!ぎりぎりまで迫っているがそれでも逃げる!ゴールはもう直前!半周を切ったああ!』



「ラストスパートだ!いけいけ!」


「あとほんの少し!」



 その声援虚しく徐々にその差は開いているように見えた。



「い、いっけええ!」



 わたしは決して大きくない声を上げて精一杯の声援を送った。



『おお!こ、これは!』



 一瞬、世界に静寂が訪れたように見えた。その瞬間だけ、その一瞬の出来事だけ、学校から音が消えた。そして―――



「「「「おおおおおお!」」」」



 爆発的な声援が、雄叫びが耐えきれなくなった風船のように破裂した。耳をつんざくほどの声が、空気を揺らした。


 二組の選手が少しバランスを崩し、少し減速してしまったのだ。普通に走っている分には何も問題がないほどの減速でも、今この接戦の状況ではその少しが命取りになる。

 その一瞬を逃すまいと七組の選手――桂山かやま斗真とうまがゴールテープを切った。


 体育祭一の熱狂が花開いていた。



 二年、三年と体育祭はあったが、今思い返してもあのときのリレーが一番盛り上がっていたと思う。斗真くんが輝き始めたのは、きっとあの時からだろう。

 あの日から二年になっても三年になっても何か言い寄ってきた女子が多かったから、大変だったっていったらありゃしない。




「中学から憧れを抱いていた、人生で初めて企画した文化祭!」



 少し遠く離れたほうで、別の男子が、中村なかむらなぎ君が叫んでいた。

 文化祭。その単語は中学の頃から知っていたし、奈美と高校調査という体で文化祭に参加したこともある。もちろんこの学校にも。



 一番思い出深かったのはやっぱりこの学校で人生初めての文化祭に参加したときだ。



「わあぁ」


「すごーい!」



 人生で初めて見る光景は特別にキラキラと輝いているように見えて、目に映る全てのことが胸を踊らせていた。



「早く入ろ!」


「わわ!」



 奈美に手を引っ張られ、綺羅びやかに装飾された門を、いろんな先輩方に歓迎されながら潜っていった。


 学校とは思えないほど飾り付けされた廊下や教室に目を奪われながら、わたし達はいろんな場所を周った。

 屋台、カフェ、縁日、展覧会、劇、演奏、ゲーム、イベント。多種多様な娯楽を、その日一日全てを使って遊び尽くした。

 今でも、最高の思い出になったって、奈美にはとても感謝している。


 あの日から二年が経って、今度はわたし達が文化祭を主催する側になったとき、わたしはワクワクが止まらなくて終始顔がにやけていたのは覚えている。

 ニヤけてるよって奈美によく指摘されてたなあ。




「クラスの出し物は、多数決でメイド喫茶になりました!」



 文化委員の倉可愛くらかわ星梨せいなちゃんの言葉に男子は熱狂し、女子はまんざらでもない様子で仕方ないなと言わんばかりに息を漏らしていた。


 もちろんわたしはメイド服なんて着る人間じゃないけど、奈美のメイド姿は凄く可愛かったなあ。

 あれは女子でも見惚れるほどだった。否応なしに接客に回されてたのは笑った。

 わたしは裏方で料理してたけど、意外に盛況だったのはめちゃくちゃ嬉しかった。


 担当の仕事が終わった後、どこをまわったとかは、正直よく覚えてない。

 けど楽しかったことだけは覚えている。




「三学期に入り、一年生で最後の行事が、合唱コンクールが行われましたわ」



 声の方を見てみると、合唱コンクールで金賞をとったクラスの伴奏をしていた女の子、初瀬山はせやま乙音おとねちゃんだった。


 身体は少し小さめなのに、凄く声が通るし大きい声を出せるのには純粋に尊敬する。


 わたしのクラスって意外と凄い人が多かったんだよね。

 音楽に関しては、うちのクラスは伊波いなみ響香きょうかちゃんがまとめてくれてたから凄く助かった。



 廊下を歩く最中、ふとその音は聞こえてきた。



「きれい…」



 思わずそう声を漏らしてしまうほど綺麗なピアノの音色が、静かな廊下に微かに響いていた。

 音を辿るように歩き、たどり着いた場所は、やはり音楽室だった。


 そこから綺麗な伴奏が滑らかに聴こえてきていた。



「…あ」



 夢中でその音に耳を傾けていたら、知らぬ間に終わりを迎えていたらしい。



「あら?こんにちは――」



 ピアノの前で立ち尽くしていたわたしの存在に気がついた彼女から話しかけられた。



「こんにちは、響香ちゃん……だよね?」


「ええ、そうですわ。――さんもピアノの練習を?」



 響香ちゃんと知り合ったのは、伴走者同士で集まったときが初めてだった。この一年でいろいろな人と知り合ったけど、響香ちゃんを見たのはその日が初めてだった。



「うんん。廊下を歩いてたら綺麗な音が聞こえてきたからつい」


「あら、言葉がお上手なことで」


「そんなことないよ」



 正真正銘のお嬢様の趣味がピアノなのは、身も心もお似合いなのは言うまでもないだろう。

 彼女は柔らかく微笑むと微かに目を細めた。



「弾いていかれますか?」


「うん、そうする」



 せっかくここまで来たのだ。課題曲ぐらいは弾いて帰ろう。

 わたしがピアノに近づくと、響香ちゃんはゆっくりとした動作でピアノから離れた。椅子に座って初めて、彼女が楽譜を見ずに曲を弾いていたことに気がついた。



「それじゃあ、失礼して」



 わたしは一言そう言うと、いつも通り楽譜も広げずに課題曲を弾き始めた。

 理由はわからない。わたしの指は、これまで練習してきた中で一番動きが滑らかで、気持ちよかったように感じた。

 この空間が良いのか、それとも響香ちゃんが近くで見守ってくれているからなのか――。


 最後のフレーズを弾き終え、わたしはゆっくりと手を膝の上に置いた。


パチパチパチパチ


 ふとすぐ隣からそんな音が聞こえてきた。見てみると、響香ちゃんが微笑みながら手を叩いていた。



「いい演奏でしたわ。流石です」


「え、えへへ」



 なんとなく響香ちゃんから褒められると、他の人に褒められるより名誉な気がして気恥ずかしくなって彼女の顔を見れなかった。



「一つお願いしてもよろしいですか?」


「う、うん!いいよ!何?」



 合わせた手を口元にやり、少し上目遣いで、まるで恋する乙女のような仕草でこちらを見つめる。その姿に思わずドキッとしてしまう。



「あ、あの……」


「…うん」



 告白されるんじゃないかという謎の緊張に心臓が激しく波打つ。黙り込む時間が長ければ長いほど心臓の鼓動は徐々に激しくなる。

 わたしは言葉を待っていると、ついにその口が開いた。



わたくしと…」



 ゴクリと喉を鳴らしてつばを飲み込む。わたしの顔が紅潮しているのがわかるぐらい顔も身体も熱かった。



「連弾…してくれませんか?」


「……へ?」



 予想外の言葉にそんな間抜けな声が漏れた。



「えっと……ですので、私と連弾してくれませんか?」



 当の本人はよほど緊張していたのか、その顔は夕日に照らされたように赤められていた。



「―――っぷ、あははは!」



 恥ずかしがっていた自分が馬鹿らしくなり、そんなことで恥ずかしがっていた響香ちゃんが可愛く思えてお腹を抱えて笑ってしまった。



「あはははっ!」


「な、なんで笑うんですの!」


「ごめんごめん…ふふ……い、いや、響香ちゃんが可愛かったからつい…ふふ……ははは」


「なっ!」



 怒って頬を膨らませる響香ちゃんの顔も可愛くてしばらくは笑いが止まらなかった。



「はあ、はあ……ご、ごめん」



 しばらく笑い、とうとう笑いきったときようやく会話できるようになった。



「まったく本当ですわ。失礼ですのよ」



 当の彼女はご立腹のようだ。しかし、可愛らしい顔で頬を膨らませていては怖いはずのものも半減してしまうというもの。

 わたしは溢れ出る涙を拭い彼女の願いを応えることにした。



「やろっか、連弾」


「ええ、そうですわね」



 鏡華ちゃんはその答えに満足したように微笑むとわたしの腕を引っ張って椅子に座らせた。



「これをしましょう!」



 何処からか取り出した楽譜を譜面台に置く。しかも丁寧なことに連弾用の譜面だった。



「じゃあわたしこっち弾くね」


「ええ!では私はこちらを弾きますわ」



 今まで見た中で一番の笑顔を見せた響香ちゃんは、心からうれしく楽しいのだと、わたしはそう思った。




 ザワザワと、何やら騒がしいことに気がついた。周りを見渡してみると、響香ちゃんの周りに人が集まっていた。

 わたしはどうしたんだろうと思い、もっとよく見てみると、泣いているようにも見えた。それを近くにいた友達が慰めているのだ。


 その涙に含まれているのは、悲しみか、嬉しさか、わたしにはわからなかった。




「二年生になり、今度は先輩という立場になって一年生との交流を図りました!」

  


 南條なんじょう志穂しほちゃんが、大きく声を上げた。彼女はこの交流の実行委員長だった。



 わたしが高校で初めてできた後輩は、なかなか大変な子だった。

 すごくツンツンしてて、この子のデレは凄そうだなと思いながら話しかけてたな。




「はじめまして」


「……」



 こんな感じのファーストコンタクトだった。正直第一印象は、ヤンキーだった。

 金髪のうえ悪い目つき、着崩した制服や座っていてもわかる背の高さと体格の良さにひと目見たとき身体を震わせてしまったのは許してほしい。



「お名前は?」


「……」



「中学はどこだったの?」


「……」



「えっと、この学校を選んだ理由とかって…?」


「……」



 ずっとこの調子だ。何を聞いても黙り込んでそっぽを向いてしまう。さすがのわたしでも徐々に言葉が弱くなっていってしまった。


 周りが話している中、わたしたちだけはずっと黙っていて少し気まずい空気が漂っていた。

 周りのわたしのクラスメイトもわたしたちの状況を察したらしく、チラチラと視線を送ってくれていた。その視線たちにわたしは大丈夫と目で伝えながらも、どうしたら話してくれるか考えを巡らせていた。


 時間が限られている中、わたしは必死に頭をフル回転させ会話を組み立てていた。そしてわたしは意を決してその口を開いた。



「ねえ、黒奈くろなしおさん」



 わたしがそう呼びかけると、視線だけをこちらに向けてくれた。



「わたしね、中学のときからずっと続けてることがあるんだ」



 視線は逸らされたものの、耳だけは傾けてくれているような気がした。わたしはそう信じて言葉を続けた。



「それはね、入学式があるときに、その入学した子たちの名簿を見て覚えることなの」


「……は?」



 何を言っているのかわからないと言わんばかりの反応をされたが、このとき初めて彼女が声を出してくれた。わたしはその嬉しさでニヤけそうな顔を必死に抑えた。



「だから、わたしは同じ学年の人達の名前って全員覚えてるの。それで今は一年生のみんなを覚えてる途中なの」



 黒奈さんからは反応はもらえないが視線だけは逸らさずに聞いてくれている。



「わたしね、目標があるの。この学校の人たちみんなと友達になること!ね、黒奈さん、わたしと友達になってくれない?」


「くだらない」



 黒奈さんはそう言うとまたそっぽを向いてしまった。



「どうして?わたしね、黒奈さんと友達になれる気がするの」


「……」


「わたし黒奈さんともっとおしゃべりしないなあ」


「……さい」


「ね、黒奈さんの抱えてる悩み、教えてくれない?」


「――っ!うるさい!」



 机を殴る音が教室に響く。その一瞬で教室中の視線がわたしたちに集まり、そしてやがてヒソヒソと小声で話す音が聞こえてくる。



「ほっといてよ!」


「黒奈さんっ!」



 教室から走って出ていってしまった黒奈さんを追いかけに、わたしも教室を飛び出した。



「ねぇまって!」


「何なの!?」



 黒奈さんは本気で走ってなかったのか、わたしでもすぐにその手を捕まえることができた。



「なんで来るのよ!?」


「黒奈さんと友達になりたいから!」


「子供みたいなこと言わないで。あんたみたいなのが一番嫌いなの!」


「知ってる」


「はぁ?」



 また訳の分からないというような顔をする。当然だ。こんなにも拒絶しているのにしつこく来るなんて普通じゃそんな事しない。

 ただわたしには、彼女が、黒奈さんがちぐはぐな存在に見えるか放っておけないのだ。



「髪染めのムラ」


「は?」


「安定しない口調」


「ちょ、え?」


「捕まえられること前提の逃げ」


「……」



 三つとも、わたしが黒奈さんに抱いた違和感。



「髪染めとか、慣れてないんでしょ?」


「――― ―」


「暴言を吐こうとするけど、ついいつもの自分が出るんじゃないの?」


「………」


「黒奈さんが本気で逃げたらわたしになんて捕まらないんじゃないの?」


「……」



 黒奈さんは眉にシワを寄せながら下を向いていた。その姿にはもう最初に感じた『怖さ』は跡形もなく消え去っていた。



「黒奈さん。あなたは―――、んでしょう?」


「―――っ!」



 それがわたしが感じた違和感。そして弾かれたように顔を上げた彼女の様子もまた、わたしの予想を肯定したも同然だった。



「………中学のとき、あたし――私には凄く仲のいい友達がいたの」



 黒奈さんは視線を横に流しながらポツリと話し始めた、本当の自分を見せながら。



「凄く仲が良かった、本当に。けど、裏切られた」



 苦しそうな、涙を堪えるような表情を浮かべていた。



「詳しくは…言えない。けど―――先輩にならいつか言える気がする――――って、え!?」


「汐ちゃん……」



 ―――先輩。その言葉がここまで心に染みたのは人生で初めてだった。気がつけば、わたしの目からはポロポロと涙がこぼれ落ちていた。



「ちょ、せ、先輩!」


「えへへ、汐ちゃん可愛い」


「は、はあっ!?」



 人生で初めてのことはあって感動はしたが、まだ言い足りないことがあった。



「汐ちゃん、わたしあんなに怒ったの初めてかも」


「え、怒ってたんですか」


「当たり前でしょ?あんだけ無視されてたんじゃ少しは怒りたくなるじゃない」


「す、すみません……」



 そうやって素直に謝るところも不良になりきれてない部分だと、自分では気づいているのだろうか。その状態じゃ不良と言うより――



「不良ちゃんね」


「え、なんですか、それ?」


「なんでもなーい!ねえ、それよりもその髪とか服とかどうするの?そのまま?」


「そうだ―――ですね。多分卒業までこれでいくと思います。けど――」


「けど?」


「態度だけは、改めます…」


「うん!それが良いよ!」


「はい!」



 いい顔をしてくれるようになった。汐ちゃんがいつか自分から自分の過去を話してくれるまでわたしは彼女と友達であり続ける。もちろん、話してくれた後も。


 けどそんな日はやってこなかった。やってきてくれなかった。




 ごめんね、汐ちゃん



 それだけがわたしの心残りだった。心のなかでわたしはそう謝罪をした。もう決して彼女に届きやしないのに。



 それからは、足立あだち健人けんと君による体育祭、小倉おぐら美衣奈みいなちゃんによる文化祭の発表があった。


 どちらの行事も忘れることのない思い出ばかりだった。


 次はいよいよ二年生最大で最高の行事と言っていいものだ。それを発表するのは、わたしの大切な人。

 彼の発表を心待ちにしている――が、いつまで経っても彼の声が聞こえてこなかった。


 周りの人もざわざわと少し騒がしくなり、どうして先に進まないのかと不思議に思っているようだった。



 ―――っ!



 それは突然だった。大きな男子の叫び声が聴こえてきた。突然の出来事に誰しもが口をつぐみ、騒がしかった体育館がその叫び声によって塗り替えられた。



「何泣いてるのよ!まだ泣くときじゃないでしょう!」



 さっきとは違った声が体育館中に響き渡った。聞いたことのある女の子の声が聴こえてきた。

 

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