第17話 ダッシュ斬りの進化と、恐れる兄

 危なかった。本当に死ぬかと思った。


 命からがら転がりまくる岩達を斬り続けた俺は、半ば放心状態で突っ立っている。勿論無傷だったわけではないが平気だ。それはなぜか。


 実はファニーには、選んだ対象を継続回復させるというスキル【女神の加護】を持っていた。俺にスキルを使用してくれていたらしく、いくらか傷んだ体もすっかり元通りになり、息はすぐに整っていた。


 殺人未遂と判断されてもおかしくない行為をしても、平然と笑いながらこっちに寄ってくるジリアーナさん。凄く怖い。


「いやー。ごめんごめん。ちょっとやりすぎちゃったね」

「ちょっとどころじゃないですよ。人殺しの所業です」

「ホントごめん。アタシってば熱くなりすぎちゃってさ。ところでエクス。アンタ魔法は使えないんだったよね?」


 どうして今更になってそんなことを尋ねるのだろうか。


「え? はい……そうですけど」

「魔力はとーっても高いんですけどね。勿体無いです。私と神の道に進むべきですよ。そうすればエクス君は、素晴らしいプリーストになれるはずです」


 ファニーからの勧誘はこれで何回目だろう。しかし一方でジリアーナさんは、なぜか神妙な面持ちだった。


「おかしいね……あの岩、見てごらんよ」


 そう促されて振り返る。両断した沢山の岩があらゆるところにひっくり返っているようだった。どの岩なんだろうと目を凝らしていると、奇妙な現象を起こしているものが一枚だけあったんだ。


 断面を上にして止まった岩から煙が出ている。よく見えれば、ちょっとだけ火がついていることが分かる。俺は驚いて岩の側に駆け寄った。


「少しだが、燃えてる?」


 摩擦で生じたとか、そういったものではなく、不自然に火がついていた。それは既に消えかかっていたけれど、この発見は俺に衝撃をもたらした。いったい何があったんだ。


「あ! ねえねえ、あの岩なんか凍ってますよぉ」


 ファニーが呆気に取られている視線の先には、両断した面が軽く凍りついている岩があった。


「本当だ! 一体どうしてなんだろう」

「ううーん。エクス。アンタのダッシュ斬り、磨けばもっと面白くなりそうだよ。これは鍛え甲斐がある。よし! もう一回岩を探してくる」

「ジリアーナさん、岩はもういいです」


 俺はふと持っていた鉄の剣を眺めた。そろそろ買い換え時と言わんばかりにヒビが入っているが、他には特に変化はない。


 ただ、この時から急に自分のスキルにワクワクするようになっていた。まだまだ弱い俺だけど、鍛えていけばいつかは強くなれるかもしれない。

 そう思いジリアーナさんの元で修行を続けていった。


 ◆


 ドレインは屋敷の庭で瞑想を続けていた。隠れて楽しんでいた女遊びすら最近はしていない。


 彼にはどうしてもやり遂げなければならないことがある。ルーク国王より貸与された神魔のガントレットを使いこなし、演舞を行えるまでに習熟しなくてはいけない。


 魔力の鍛錬にはいくつも方法があるが、基本は精神を研ぎ澄まし、瞑想を続けることで力を高めることが可能であると言われる。

 ドレインは務めて何も考えないように、無の境地に到達するべく努力していた。


 しかし、いくつも積み上がってきた不安が、今日も頭を掠める。ガーレンから周到なエクス殺害計画を記載した手紙を受け取ったのは三ヶ月も前のことだ。

 すぐにドレインは彼が練り上げた作戦に同意し、火急的速やかに実行せよと返事を出した。


 その後、一切の連絡が途絶えた。二ヶ月ほど過ぎた頃、痺れを切らした彼はガーレンの住むボロ小屋に自ら出向いたが、部屋は生活感を残したまま、主人だけがいない状態だった。


 ドレインはガーレンの居場所を突き止めようと、近隣を探して周り、人々に特徴を伝えて聞いてみたりもした。だが、青い髪をした男の足取りを知る者はいない。一体どうなっているのか。


 しかし、結局のところエクスに行っていた数々の悪行は、外の世界には漏れていない。あの臆病な弟は、報復を恐れて告げ口すらできないのだろう。

 ガーレンが失敗していようと、もうドレインは気にしなくても良いと思い始めていた。


 だがある日の夕方、まったく予想もしない新たな不安が湧き上がる。久しぶりにドレインに宛てた手紙が届いた。ガーレンか、もしくはナカヨシの女どもか。裏面を見ても名前はない。これはイタズラだろうか。


 封を開けてみると、相手はガーレンでも女達でもなかった。


『君が弟に何をしたのかを、私は知っている』


 文字を心の中で読み上げた時、後頭部を鈍器で殴られたようなショックが駆け抜けた。そして周囲に誰もいないことを確認すると、転びそうなほど頼りない足取りで自室へと向かう。ドアを閉め、荒い息遣いとともにドレインは吐き気さえ覚えていた。


「誰だ……誰なんだ」


 まるで今の自分が何を恐れているのかを知っているかのような、恐ろしい一言だった。しかし、他には何も書かれてはいない。


 エクスを痛ぶっていた事実を知っている人間は少ないはずだ。ドレインは必死に考える。この事実を知っているのは、他ならぬ弟本人かメイドか、またはガーレンなのか。


 しかし、エクスが誰かに喋った可能性もあるし、メイドやガーレンが口を漏らした線も充分にあり得る。魔導貴族として世間的には高い地位を確立しつつある家柄の長男。ゆする相手としては美味しいに違いないだろう。ドレインは恐怖と怒りで魔力の鍛錬どころではなくなっていた。


「くそ! 絶対に見つけ出してやる。この俺を脅しやがって! 思い知らせてやるぞ」


 言葉とは裏腹に、彼の顔面は蒼白そのものになっていた。

 ドレインは過剰すぎるほどの反応を示している。まだ手紙には脅しやゆすりのような文言はなく、ただ『知っている』と書かれているだけだった。


 以降、彼宛の手紙は定期的に屋敷に届けられるようになる。


 ◆


「おお! ダグラス。よく来てくれたのう」


 城内にある庭で、彼は飼っている犬に餌をあげているところだった。無類の動物好きと知られる国王は、野良猫一匹ですら手厚く扱うことで有名だった。動物だけではない。人たらしでも知られ、滅多なことでは厳罰を与えるようなことはしない。


「は! お招きいただき、光栄でございます」

「んんー? そう硬くならんで良い。今日はまず、ワシとお主にとっての朗報を伝えねばならん」


 ダグラスはギクリとした。城に呼ばれた時から嫌な予感はしていたが、もう間違いない気がした。


「うむ! しばらく先になると話しておったじゃろう。国王達を招いてのパーティのことじゃよ。正式な日程が決まった! しかし……少しばかり謝らなくてはならんことがあってな」


 もはや嫌な予感どころではない。確定した災難が自らに降り掛かろうとしている。ダグラスは目眩がするようだった。まさか、来週になったなどと抜かすつもりではないだろうな、と身震いをしている。


「本当に日程に空きが見つからなくてのう。なんと一年後になってしまったんじゃ」

「い、一年……後」


 一年という響きに、魔導貴族の頭は真っ白になった。しばらくして、大きな安堵の波が彼を包んでいく。


「うむ! ここまで待たせてしまうのは、なんとも酷じゃのう。ワシはなんとか、もっと早めに開催ができないかと、」

「いえいえ! めっそうもございません王様! 一年など、我々にしてみればあっという間でございますから。むしろ、最高の演舞を行う十分な日にちであると、感謝すら抱いております」

「そ、そうか。ならば良いが」


 あまりのダグラスの食いつきっぷりに驚いた国王だったが、この時はさして気にしていない。


「ふむ。ではちょっと飯でも食っていくか? 魔導貴族とは、これからしっかり付き合っていくつもりだからの」

「宜しいのですか! 感謝の言葉もありませぬ!」


 一年もあれば、まさかしくじることはあるまい。次男だったエクスとは違い、ドレインは有能な男だと彼は思う。ダグラスは安堵と喜びが自然と顔に出て、卑しい笑みを振りまいている。


 神は俺を守ってくれている。魔導貴族として成り上がろうとしている男は、自らの野望が叶うことは間違いないと改めて確信した。

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魔法使いの家系なのにスキルが「ダッシュ斬り」なので追放されました〜でもなんか剣に魔法っぽいの纏ってるし、意外といけるんじゃないか?〜意外とどころか最強になったことを彼だけが知らない コータ @asadakota

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