第4話 刃を躱して

 かつてない危機に藁をもすがりたい気持ちになった俺は、欲しくもなかったスキルに命運を駆けてみることにした。


 走って斬る。ただそれだけのシンプルな行為でしかない技だが、初めてやってみるとどうなるか確証はない。しかも持っているのは木の棒だから、今回の場合ダッシュ殴りになってしまっている。


 やるしかないと思ったところで、脳内では最善と最悪のパターンが浮かび上がる。


 最善のパターンは、俺が持つ棒が男に炸裂し、転倒した隙に逃げきるという展開。

 一方最悪のパターンのほうは、男が振り下ろす剣に文字通り真っ二つにされてしまうという展開だ。どちらかといえばこっちのほうが可能性が高い。


 とにかく一縷の望みに賭けるしかない。俺はがむしゃらに突っ走り、フードの男めがけて攻撃を仕掛ける。


 しかし、実際には予想していたものとは異なる結果になった。俺の棒も男の剣も目標に擦りもしなかったのだ。ダッシュが予想以上に速くなってしまったがために、棒をぶち当てる前に体当たりしている自分がいた。


 男の呻き声が耳に入っていた時、視界がぐるっと一回転して俺は地面に体を叩きつけていた。なんてドジなことをしてしまったのか。

 咄嗟の衝撃に息が苦しくなるが、殺されるかどうかの瀬戸際にいる俺はなんとか立ち上がった。


「てめえ! 死ね!」


 すぐ背後から追っ手が剣をぶん回してきた。


「う、うおわ!?」


 とにかく必死になってかわす。すると他の三人も遅れてこちらに向かってきている。一瞬だけ横目でさっき倒したフード男を見ると、既に立ち上がり剣を構えていた。


 俺は棒を持ったまま剣を闇雲に振り回す男へと走る。挟み撃ちになってしまった今、どちらかに突っ込んでいくしかないような気がする。

 気が動転している中、必死に馬鹿の一つ覚えのようにダッシュ斬りを実行する。


 さっきの一発で感覚は掴んでいる。剣を振りきった男の隙を逃さず急接近し、棒で側頭部を殴りつけた。


「ぎゃっ!」


 小さく叫びを上げて男は転倒した。背後を確認する余裕はなかった。俺はすぐに残り三人の密集地帯へと走る。


 それは判断としては完全に誤っていたと思う。普通に考えて、フード男一人のほうに向かっていくのが安全だった。


 三人はもちろん一列で行儀良く並んでいるわけではない。ばらばらの位置でそれぞれ白刃を振おうと必死になっていた。


 一番手前の男が右から水平に斬りつけようとしてくる。だが、これは真っ直ぐに駆け抜ければ問題なく抜けれる。続いて二番目の男が剣を上段から降ろしにかかるが、これは完全にタイミングが遅い。

 三人目にいたっては、なぜか目を丸くして構えたままだった。


 あれ?

 気がつくと殺意の密集地帯を抜けていた。素人にこんなに簡単に抜けられるってことは、彼らもまた俺と大差ない実力の持ち主だったんだろうか。


 希望が心に光を灯した。このまま逃げよう。そうすれば——


「……う!」


 左脚の太腿が熱い。走る事ができず、俺はそのまま体勢を崩して前のめりに倒れる。倒れたまま体を横にして足の裏側を確認すると、黒く細長いナイフが突き刺さり、既に血が地面に滴り落ちていた。


「手間やかせやがって」


 あのフードの男がナイフを投げつけたのか。男達は怒りで顔を真っ赤にしながら迫ってくる。周囲を見渡すが、今度こそ抵抗する術が見つからない。


「なんで俺を殺そうとするんだ?」


 焼けるような脚の痛みを堪えながら問いかける。殺される理由くらいは知りたいという気持ちと、話せばなんとか解決できないかという甘い考えがあった。だが、息を切らしたフードの男は何も答えようとはせず、両手に持った剣を頭上に上げた。


 月明かりと白銀の剣が重なっているように見える。これが人生最後の光景になるのか。さっきまでの恐怖が嘘みたいに引いてくる。観念しているんだろうか、俺は。


「こいつを抑えろ」とフード男が指示をする。


 不意に男達二人が両腕を掴み、完全に身動きを塞がれてしまった。


「お前に消えてもらわなくちゃ困る奴がいるってことさ」


 期待していなかった最後の言葉で、驚きが胸いっぱいに広がった。俺が死ななければ困る奴? まったく心当たりがない。


 そしていよいよ呼吸を整えたフードの男が、勢いよく剣を振り下ろそうと決意を固めて踏み出した矢先に、何かが背後から音を立てる。


「面白いことをしているじゃないか。アンタ達」


 フードの男とその仲間はビクリと震え、声の主を探した。声の主は無人となったボロ家の屋根に立ち、こちらを見下ろしている。


 髪の色ははっきり分からなかった。女性にしては背が高く、タンクトップにズボンにブーツというラフな服装だった。背中に剣を二本背負っているようだ。


「お前は……まさかジリアーナか」


 フードの奥から漏れる声が震えていた。ジリアーナと呼ばれた女性は何の警戒心もなさそうな軽い面持ちのまま屋根から飛び降りた。

 目の前に現れた彼女の背中が逞しく見える。


「何の用かは知らないけど。この町で私刑なんてものは禁止だよ。分かっているよね?」

「……」


 沈黙が流れる。押し黙った男達からは不穏な気配がひしひしと伝わってきた。フードの男以外に手が空いているたった一人の男が、苛立たしげに剣を構える。


「うるせえなあ! てめえには関係ねえだろうが。すっこんでいやがれ」

「この町で悪さをするのは許せないっていったんだよ。バレたらどうなると思う? しばらく牢屋暮らしってことになるだろうよ。それとー」


 男は逆上したのか、彼女が何かを言おうとする前に飛びかかった。俺の両腕を掴んでいた連中も立ち上がり、若干遅れて加勢に入る。


 見ず知らずの女性を巻き込んでしまったか、なんて後悔の念が浮かぶよりも前に、男達が山のように重なって倒れたから俺は驚きで彼女を二度見してしまった。


 どうやら殴って失神させたらしい。二本の剣はまだ背中に収まっている。


「まあ、こういう場合は正当防衛だけどね。さあどうする? アンタだけみたいだけど……」

「……馬鹿どもが」


 フードの男は倒された仲間を心配するわけでもなく立ち去った。この時、妙に視界がぼやけてきたのを覚えている。


「まったく。この町にもあんなゴロツキがいようとはね。なあアンタ……お?」


 彼女が振り返ってそんなことを呟いていたが、記憶にあったのはここまでだ。意識が飛んでしまい、俺はしばらく起きることができなかった。

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