十一 静止軌道へ

 二〇三四年三月二十日、月曜、午後。

 鮫島が市谷のサイボーグ開発局・CDBから、霞が関の警察庁警察機構局特捜部へ行くと、本間宗太郎警察庁長官が説明した。

「種子島から、静止軌道へ飛んでもらう。と言うのは・・・」

 本間宗太郎警察庁長官は説明した。


 二〇三三年、十一月十四日、月曜、一〇〇〇時過ぎ。

 吉永たち特務コマンド四人が中国の宇宙ステーション・CSSとスパイ衛星を破壊して、その後ISSに留まっている。ISSは戦艦型(battleship1)でBS1だ。ISSはもう一基、ジャイロ型(solid torus2)のST2がある。

 吉永たちが戦艦型(battleship1)BS1に留まっている理由は不明だ。連絡もつかない。



「なぜ、私が派遣されるのだ?専任の宇宙飛行士がいるだろう?

 私は、目覚めた軽部に会いにも行ってない」

 鮫島は軽部平太を気にしていた。軽部が事故に遭った当初は見舞いに行ったが昏睡していた。目覚めてからは見舞いに行っていない。軽部は鮫島の相棒だ。鮫島は、相棒を見捨てたような気分で気がかりだ。


「心配するな。軽部も鮫島と同じように快復する。

 鮫島が昏睡から醒めた軽部に会いに行けなかった理由は説明しておく。

 鮫島と軽部はここにいてもらい、異星体の捕獲と処理を担当してもらう予定だったが、異星体の母船が二つのISSに接近したたために、ISSとの通信が途絶えたと考えられる。従来方法の通信は不可だ。頼りは鮫島のここだけだ」

 本間長官は、自分の頭部を示した。これまで、中国の宇宙ステーション・CSSがステルス状態で存在していると思われていたのは異星体の母船だった。


「ここに何があるんだ?」

 鮫島は自分の頭に触った。短い髪が手に触れた。鮫島はショートカットにした記憶がなかった。


「記憶を変えたから無理はない。

 十一月十四日、鮫島は、マコンダにヤラれた、と言って市谷のCDBに現れた。軽部が事故に遭った後だ。

 頭部に薬物損傷があった。それで緊急手術して脳組織の一部をAIにした。

 そうしないと脳細胞の損傷が進行して脳全体を破壊するからだ。

 腕と脚についで三度目の改造だ」


「頭部の薬物損傷は、マコンダの神経毒か?」

「君は、腐蝕毒だと言ってた。

 記憶を確認してくれ。私との会話は残っているはずだ」

「わかった」

 何を言われているのか理解できなかったが、鮫島は記憶を確認した・・・・。 



 二〇三四年三月二十二日、水曜、午後。

 鮫島は吉永たちとともに、国際宇宙ステーション、戦艦型ISS-BS1(battleship1)のコントロールデッキにあるコントロールポッドにいた。


「何があった?」

 ISS-BS1のブリッジのコントロールデッキで、鮫島がハンス・ボーマン艦長に訊くが艦長は要領を得ない。


「吉永。何があった?」

 鮫島は吉永に訊いた。

 吉永の隣にはクルーと同様に戦闘気密バトルスーツを着てヘルメットを被ったPeJがいて、その横に若い執事姿のPDがいた。

 鮫島はPeJとPDを知っていたが、疑問すら抱かない自分自身に驚いていた。いったい、この記憶は何だ・・・。


「ああ・・・、CSSとスパイ衛星を破壊して戻ったばかりだ。

 フェルミ艦隊の旗艦〈ユウロビア〉という未確認の巨大戦艦が、ステルス状態で、このISS-BS1の近くにいる。今は厳戒態勢だ。

 鮫島はよくISS-BS1に乗船できたな・・・・」

 吉永は自分で話していることが信じられなかった。吉永は記憶を再確認した。


 二〇三二年、十月十一日、月曜、一九〇〇時過ぎ。

 吉永は奥多摩の山荘で初めて鮫島と遭遇した。

 あの時、鮫島は特機甲(中国の特殊部隊、中国人民軍特別機甲部隊)の工作員で、防衛省防衛局対潜入工作員捜査部の東条一等陸尉に連行されていった。

 しかし、今のオレには、鮫島はサイボーグ特務コマンド(Cyborg special command)・CSCだとの記憶がある。何が正しいんだ?

 吉永は困惑した。


 PeJが言った。

「ぼくが教えた記憶が正しいんだよ。

 吉永は、京香が特機甲(中国の特殊部隊、中国人民軍特別機甲部隊)に潜入した任務を知らなかっただけだよ。京香は、東条一等陸尉の部下で、防衛省防衛局対潜入工作員捜査部の捜査官だよ」


「鮫島京香・・・。京香は何のためにここにいるんだ?」と吉永。

「京香も特務コマンド・CSCだよ」とPeJ。

「東条一等陸尉の部下が、どうして特務コマンド・CSCなんだ?」

「理由はかんたんだよ。吉永たちと同じだよ。京香は身体の一部が機械だよ」


 PeJの答えに鮫島は驚かなかった。

「東条一等陸尉の部下がなんで特務コマンド・CSCなんだ?」

 吉永の問いにPeJが答えた。

「記憶を確かめてね。理由がわかるよ」


 吉永たちが自分たち、つまり、PeJとSAS〈M1〉の意識記憶管理システムから得たPDの記憶を探ると、鮫島京香は東条一等陸尉の部下で防衛省防衛局対潜入工作員捜査部の捜査官で、鮫島の四肢と脳の一部はサイボーグ化していた。特務コマンド・CSCだ。

 吉永悟郎(警視)は、防衛省極秘武器開発局、通称サイボーグ開発局・CDB(Cyborg Development Bureau)に出向している、警察庁警察機構局特捜部の特別捜査官の特務コマンドCSCだ。立場はともに同じだ。


「もう一度訊く。京香はどうやってISS-BS1に乗船した?」

 吉永の問いに、京香は感じたままを答えた。

「わからん。誘導ビームでダイアフラムから格納庫へ入っただけだ。

 私から質問だ。

 ハンス・ボーマン艦長とクルーの態度がおかしいのはなぜだ?」


 京香の疑問にPeJが答えた。

「ぼくが、皆の意識内の時空間を変えたよ。

 フェルミ艦隊の旗艦〈ユウロビア〉と、耐久戦なんだよ。

〈ユウロビア〉は、国際宇宙ステーション・ISS-BS1とISS-ST2を探ってるよ。

 だけど、ほくたちの国際宇宙ステーションの多重位相反転シールド(素粒子多重位相反転防御エネルギーフィールドによる防御遮蔽)は破れないし、ステルス状態だから気づかれてないよ」


「もしかして、多重位相反転シールド内の時空間を次元変換したのか?」と吉永。


「そうだよ。シールド内の時空間を0次元に変換したよ。

 CSSとスバイ衛星を破壊したあと、流星群の攻撃を考えてたら、誰かがぼくたちを探ってたから、探査波を追尾して逆探査したよ。そしたら、探査してたのはフェルミ艦隊の旗艦〈ユウロビア〉だったよ・・・」


 PeJに代って、PeJの横にいる若い執事姿のPDが説明した。

「次元変換しなくても、多重位相反転シールドでステルス状態ですから、こちらの4D座標(平行時空間を表示する平行座標と直交している亜空間曲線座標)は気づかれませんが、念のために次元変換しました」


 京香はPDとPeJを知っていた。その事を当然だ、と思う自身と、なぜそれを知っているのだ、と思うもう一人の自分がいた。その状況は吉永たち特務コマンド・CSC も同じだった。

 吉永や京香たちの心境は意識記憶管理システムを介してPDへ伝わった。


 PDはさらに説明した。

「皆さんの記憶が変化したのは、私がシステムを介して、皆さんのサイボーグ化した新たな電動高分子の有機組織や特殊金属組織に、私のエネルギーを送り、生命を吹き込んだからです。

 皆さんにこれまでオリオン渦状腕ので行われた記憶を伝えました。理由は今後の戦略に、これまでのテレス星団惑星ユングにおける、テレス連邦共和国軍警察の記憶とニューロイドの記憶が必要なのです」

 PDが笑顔で、テレス連邦共和国軍警察総司令官マリー・ゴールド大佐が指揮したテレス連邦共和国軍警察重武装戦闘員コンバットの功績と、コンバットに精神共棲していた精神共棲体ニューロイドのJ(ジェニファテレス星団のテレス星団の惑星ユングにスキップ(時空間転移)する前の名は田村燿子)を説明した。



「そして、今回の戦略でも、ニューロイドが皆さんに精神共棲しました。皆さんは皆さん自身でありニューロイドでもあるため、すでに両者の精神と意識記憶を持っています。

 皆さんは身体の有機組織を部分的に電動高分子の有機組織や特殊金属組織に変えています。すでに皆さんはPeJと同じ、私のサブユニットであり、ニューロイドで特務コマンド・CSCなのです」

 PDが説明すると同時に、吉永たちの身体に、PDの記憶と、これまで精神生命体ニオブとニオブのニューロイドが得てきた記憶が染み渡ってきた。



 ニューロイドは、精神生命体ニオブや、ニオブに準ずる存在が意識内進入、あるいは精神共棲したヒューマノイド(ヒューマンを含めた人型生命体)、あるいは精神共棲したヒューマノイドの子孫を言う。

 広義的には、ニューロイドは、精神生命体あるいはそれに準ずる存在が意識内進入、あるいは精神共棲したヒューマノイド(ヒューマンを含めた人型生命体)、あるいは、そのヒューマノイドの子孫を言う。

 精神生命体ニオブがネオテニーに意識内侵入した場合、そのネオテニーはネオロイドになるか、ネオロイドの子孫をセルにして新たなネオロイドになる。

 このような場合も、ネオロイドはニューロイドと言える。

 爬虫類のトカゲが収斂進化したレプティリア(レプティロイド)が精神共棲、あるいは意識内進入したマコンダも、バイオロイドのフェルミも、広義的にニューロイドである。



 あまりにも膨大量の記憶に吉永たちは混乱したが、精神は全ての記憶を受入れていた。

 吉永たち自身の身体と、サイボーグ化した新たな電動高分子の有機組織や特殊金属組織は、それら膨大量の記憶を保存する一方で、PDとの精神波(心の思考である精神思考による意志疎通)による相互通信と、素粒子信号時空間転移伝播通信を可能にした。


 吉永は、Jのアバターが、Jが精神共棲したテレス連邦共和国軍警察総司令官マリー・ゴールド大佐に変化した時、マリーが誰かに似ていると思ったが、PDの記憶から、マリーが鮫島京香に似ているのがわかった。そして、吉永たちに何が起こっているのか理解した。


 吉永たちには、精神生命体ニオブのニューロイドの、Jとカムトが率いるトムソたちの精神と意識、つまり、Jやトムソたちが精神共棲した、テレス連邦共和国軍警察総司令官マリー・ゴールド大佐たちテレス連邦共和国軍警察・重武装戦闘員コンバットの精神と意識が、吉永たちに宿っていた。


 今や、吉永たちと鮫島京香はPeJと同じPDのサブユニットで、テレス連邦共和国軍警察・重武装戦闘員コンバットのニューロイドだった。


 PeJが確認するように言った。

「Jとカムト率いるトムソは、マリーとカール・ヘクターが率いるコンバットへ、そして、京香と悟郎が率いる特務コマンド・CSCへ受け継がれたんだよ。

 それと、みんなはPDのサブユニットだよ。ヘルメットの意識記憶管理システム無しで心を伝えられるよ

 これで、特務コマンド・CSCがここISS-BS1に来た意味を理解したよね」

 PeJは、仲間が増えてうれしそうだ。

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