十 ターゲットは私か?

 二〇三四年三月二十日、月曜、午後。

 鮫島京香が部屋を出てエレベーターホールヘ行くと、エレベーターを待っている女がふりむいて、銀色の繋ぎ目のない奇妙な形の銃を鮫島に向けて発射した。

 瞬時に鮫島は足から滑り込んで女の足を払って倒し、女の手から銃を奪った。鮫島は胸のホルスターからベレッタ 92FS VERTECサイレンサー(装弾数17+1発、銃器対策用として刑事に支給されている銃)を引き抜いて女の頭に銃口を向けた。


 女は鮫島を見て微笑んだ。

「お前は私を殺せない。お前には良心がある。私をころ・・・」

 鮫島は、ベレッタ 92FS VERTECサイレンサーの引き金を引いた。鈍い発射音とともに女の後頭部がどす黒い血しぶきとなって吹き飛んだ。


 考えが甘いんだ。従来のヒューマなら、人道的配慮もしただろうさ・・・。

 さて・・・、私を襲うなら、殺し屋はこんなにかんたんにヤラれるはずがない・・・。

 そう思っていると、どこからともなく警官五人が現れた。鮫島に銃を向けて包囲した。


「わかった。この通りだ」

 ここに警官が現れるはずがない。そして、警官は私に銃を向けない・・・。

 そう思いながら鮫島はゆっくり屈んで、ベレッタ 92FS VERTECサイレンサーをフロアに置く振りをして素早く警官たちを撃った。

 警官たちも頭からどす黒い血を流してフロアに倒れた。


 鮫島は周囲を見渡した。フロアのセキュリティーゲートもエレベーターのドアも閉じたままだ。誰もいない。こいつらはどうやってここに現れたのだろう?



 ここ数日間、鮫島は尾行されていた。

 最初は私服警官と思ったが、警護などの目的で警官が尾行するなら、警察庁警察機構局特捜部の特別捜査官・サイボーグ特務コマンドCSCの鮫島に、警察庁警察機構局特捜部から事前連絡があるはずだが、何も報告はなかった。


 ここは、市谷にある防衛省極秘武器開発局のサイボーグ開発局・CDBの四階、警察庁警察機構局特捜部特別捜査官・サイボーグ特務コマンドCSC専用宿泊施設だ。


 コイツラは、なぜこのエレベーターホールに進入できた?

 あの女は仲間に連絡したはずだ。女でなければ警官たちが連絡したはずだ・・・。

 鮫島は周囲を警戒しながら、フロアに隣接したトイレに入った。


 アイツラは私を消すのをしくじった。また、誰かが現れるはずだ。警官が現れるか、それとも他の者が現れるか・・・。

 そう思いながら、鮫島はドアの隙間からフロアを見て、誰が現れるか待った。


 一分もたたないうちにフロアに染みのような七つの影が現われた。影はフロアから立ちあがると、厚みを増して人型になり警官になった。そして、床に倒れている女と五名の警官を抱えると、現れた時のような平面的な影になり、フロアに消えた。

 最後に残った一人はエレベーターホールを見渡して、フロアを隅々まで確認し、その後、平面的な影になってフロアに消えた。

 フロアには女の血しぶきも、警官の流した血も、何一つ残っていなかった。


 いったいどうなってるんだ・・・。

 女と警官から流れた血が黒っぽかった・・・。

 妙なのは影だ。床から現れて女と警官を連れ去り、血も消していった・・・・。


 鮫島は物質転送機を思いだした。

 中国科学技術院は物質転送の研究をしていた。研究成果があの影の出現か?

 あの女と警官は物質転送機を使ってこの施設に侵入したのか?

 何のために?


 鮫島は、女から奪った銃を腰から抜いた。

 この銃は何だ?

 弾丸を発射する造りじゃない。パルスを発射する代物らしい・・・。

 鮫島は記憶している情報を確認したが、銃に関してこれと言った特別な物はない。

 もしかして、私を抹殺するのが目的か?


 鮫島がトイレからフロアに戻ろうとすると、サイボーグ開発局・CDBの警備部員が三

人現れた。だが、フロアのセキュリティーゲートもエレベーターのドアも閉じたままだ。


 さっき現れたアイツラとは違う。

 こいつらの方が、施設の内部事情を把握しているようだ・・・。

 鮫島は現れた三人の警備部員の服装を見てそう思った。


 三人はフロアを隅々まで何か探している。

 何を探してるんだ?これか?

 鮫島はベルトに挟んだあの銀色の繋ぎ目のないのっぺりした奇妙な形の銃に左手を掛けた。右手にはベレッタ 92FS VERTECサイレンサーがある。

 鮫島はベルトからそののっぺりした銃を取って、ドアの隙間からフロアに置き、そっとドアを閉めた。

 そして、音を立てずにトイレの隅へ行き、壁に手を触れて特種フックを引き出して足を乗せ、天井に指先を触れて、天井板を外して天井へ這い上がった。壁の特種フックは足が離れるとすぐさま元の壁に戻った

 鮫島が入った天井は緊急脱出口だ。各部屋各フロアにはこうした個人認証によって開く緊急脱出口が完備されている。


 トイレのドアの外に気配が現れて、喉を鳴らすようなくぐもった音がした。

 一分ほどすると、ドアの外から気配が消えた。


 突然、頭の中に声が響いた。

 何だ? この天井裏の特別通路はファラデーボックス状態だ。周りは電磁遮蔽されてる。通信不可だ!

 鮫島は周囲を見た。何もなかった。


「鮫島。出頭してくれ。場所は警察庁警察機構局特捜部だ」

「お前は誰だ?身分と階級を教えろ」

「本間宗太郎、警察庁長官だ」

「霞が関か」

「そうだ。私を忘れたか?」

「いや忘れてない。頭の中から声がするので戸惑っただけだ」

「その事も説明する。そっちに異星体が現れたと思う。至急来てくれ」

「了解した」

 鮫島は非常通路を移動した。

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