37. 中年のすべて

 翌日の夕方、一同は斜陽の差す道を辿ってペンションへと向かった。道中ではもっぱらみことが話の種を蒔き、他の三人は適当な返事をするばかりだった。

 到着してみるとペンションの前にはすでに嗣形が待機していて、丁重に四人を出迎えて庭へ案内してくれた。決して広いとはいえない庭ながら、隅々まで手入れが行き届いており、管理人の几帳面さがうかがえる。

 どうぞこちらに、と嗣形から勧められるまま各々ウッドデッキに置かれたベンチへ腰かけ、花火が始まる時刻を待った。みことは嗣形が出してきてくれたビールの缶を開け、一気に飲み干しては「いやあ、花火がなきゃ夏って感じしませんよねえ」などと言っている。それに付き合ってひかるも缶を傾けるが、ひと口ふた口ほどしか進まない。隣に座る沿島ともども『キザキナツ』のことが気にかかってしかたないのだ。そんな彼らの横で、白澤は我関せずとばかりに庭を飾る花々やらを眺めている。

「もう、そろそろですよ」

 嗣形のその言葉とほとんど同時に、一発目の花火が打ち上がった。ふもとで行われている大会というのだから相当な距離があるはずだが、それでも思わず目を奪われる迫力だ。続いて小ぶりの花火が何発も断続的に上がる。

 次々と空へ展開するその光彩にしばらく見とれていたひかるの肩を、沿島がふと揺すった。

「久——ひかるさん、あれ……!」

「えっ?」

 振り向いたひかるの視線の先、沿島が指し示す宿舎二階の窓のひとつに明かりが灯っている。沿島の言っていたとおり、そこには確かに長い髪の人影があった。

「いますよね、あそこ、人……見間違いじゃないですよね」

「うん……いるね」

 そのとき、ひときわ大きな花火が上がった。鮮やかな色に照らし出される中、ひかると沿島はただ顔を見合わせて無言になる。いつのまにかベンチから立ち上がりウッドデッキの手すりにもたれて花火を鑑賞していたみことが、酔いも手伝ってか上機嫌で「たまやー」と叫んでいる。その隣で嗣形は心底嬉しそうに笑っており、白澤もそれなりに楽しげな様子だ。

 途中で嗣形が用意してくれた簡単な夕食をいただきつつ、二時間半ほどそうやって過ごした。最終的に酔いつぶれて眠り込んでしまったみことをひかるたちがどうにか連れ帰ろうと悪戦苦闘するのを見て、嗣形は「よろしかったら泊まっていってください、部屋ならいくらでもありますから」と言う。その言葉に甘え、四人は宿舎の一階にある二十畳ほどの大部屋に泊まることとなった。

 部屋に備えつけの風呂に年功序列で浸かる。ひかると沿島が手分けして布団を敷き、寝こけているみことを苦労してその上に転がしたとき、白澤が風呂場から出てきた。順序でいえば次はみことの番だが、どれだけ声をかけ小突いてみても起きる気配はない。白澤は顔をしかめる。

「こんな酔っぱらい、風呂なんかに入れてみろ。溺れ死ぬぞ」

「ですよね。じゃ、ぼく入ってきます」

 ひかるが風呂場へ消えると室内は静まり返り、みことの寝息ばかりが響き出した。沿島は白澤に尋ねる。

「先生、昨日嗣形さんに会ったときのことって覚えてますか」

「昨日のことも忘れるほど耄碌しているように見えるか?」

「いえ、そういうわけじゃ……あの、それでですね、嗣形さん、独身だって言ってましたよね?」

「ああ」

 白澤の短い返答を聞くなり、沿島は矢継ぎ早に次の質問をした。

「ここにもひとりで住んでるって、先生も聞きましたよね?」

 白澤は怪訝そうな顔をしながらも、再び「ああ」と言う。

「じゃあ、ここに嗣形さん以外の人がいるのはおかしいですよね?」

「ずいぶん回りくどいな。なにが言いたいんだ」

 鋭い目で睨まれ、わずかに躊躇しながらも、沿島はキザキナツとおぼしき人物がこのペンションにいるのだと話した。

「——勘違いじゃないんですよ、何度も見てますし、さっきなんてひかるさんと一緒に見たんです。確かにいるんです。なのに嗣形さんはそれを隠してるんですよ」

「そうか」

 白澤の返答はそっけない。沿島は辺りをはばかるような小声で言う。

「あのポスター、『さがしています』っていうのは、もしかしたら家出なんかじゃなくて、もっと大きな事件……誘拐とか、そういうことなんじゃないかと思うんです」

 そのときちょうどひかるが風呂から上がってきた。彼が襖を開ける音に、沿島は思わず肩を震わせて驚く。白澤がため息をついた。

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