32. 僕らの浪漫鈍行列車旅行

 それから一週間後。白澤たちは宮ヶ沼駅から電車を乗り継ぎ、締稲しめいな鉄道明甚みょうじん線の終点・卯妻うづま駅へと降り立った。ボタンを押してドアを開閉するという慣れない降車方法に東京生まれ東京育ちの沿島が戸惑う一幕もありつつ、今は駅の待合室でみことが迎えにくるのを待っている。閉めきった窓の向こうから蝉の鳴く声がしみ込んできていた。背中に汗がにじむ。

「僕、改札ない駅って初めてですよ」

「ほんとに? 沿島くん、やっぱり都会っ子だね。ぼくは地元もこんな感じだったな」

「久保さんってどこの出身なんですか?」

「北海道の真ん中のほうだよ」

 ふたりがベンチに座って話している間、白澤は壁の掲示物を見回っていた。そこかしこに貼られた雑多なポスターのうちの一枚にふと目をとめ、その前で立ち止まる。会話の途切れたひかると沿島が「なんですか、それ」と尋ねると、彼は「『さがしています』だそうだ」とそこに書かれた文言を読みあげた。

 ポスターには髪の長い小柄な人物を写した粗い画質の写真がでかでかと載っており、その下に『キザキナツ』という名前と服装などの外見の特徴が書かれている。交通安全を訴える横のポスターと比べて黄ばみの少ないところを見るに、そう長い間貼られているものでもなさそうだ。

「へえ、家出少女ですかね」

 そのとき待合室の扉が開き、みことが姿を現した。開襟シャツの胸ポケットに煙草の箱とライター、足にはくすんだ色のビーチサンダルという出で立ちだ。彼は白澤に向かって快活な笑顔を見せ、元気よく一礼した。

「ハクタク先生、どうも、お久しぶりです」

「忘れたか? わたしはシラサワだ」

 そんな言葉も意に介さず、続いて「ひかるも久しぶり。仕事楽しいか?」と弟の肩を抱く。

「まあね。先生がかわいがってくださるから」

「先生、あんまり俺の弟をいじめないでくださいよ」

「兄弟揃ってなんなんだ、おまえたちは。人聞きの悪いことを言うな」

 久々の再会に三人は盛り上がっている様子だが、沿島はいまいちその雰囲気に乗りきれない。そんな彼にも、みことは明るく話しかけた。

「君が沿島くんだろ。ひかるから聞いてるよ。今年の学生、君ひとりなんだってね」

 そして「大変だよなあ」としみじみつぶやく。その目元はひかるとよく似通っていた。さすがは兄弟なだけある、と沿島は思う。

 外はひどく太陽が照りつけ、蝉が喚き散らし、いかにも夏といった様相を呈している。一行は緩やかな勾配のある道を十数分ほど歩き、目的地であるみことの家へ向かった。道中には聞きなじみのない名前をしたコンビニエンスストアが一軒あったが、それ以外は過剰なまでにのどかな田園風景が広がっているばかりだ。ところどころの電信柱に、駅で見たものと同じポスターが貼りつけられていた。

 辿り着いたその家は、なかなかに古そうでありながらも、借家にしては大きくしっかりとした造りで住み心地も充分の様子であった。彼らは、太陽がまだ高い間は室内で涼むなどして時間を潰し、夕方ごろになってからみことの案内で近所を散歩しに出かけた。

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