第42話 イグマ再び 国境の村へ

 災害の連鎖は止まらない。疲弊して、物資不足などが出てきてもおかしくない。そう考えながら、ノーボーダーズは活動を行っていた。リーダーであるエイルはドラグ王国から出て、イグマの隣にある国に滞在している。そこでキャンプ地を作り、情報収集などを行う。これはルーシー達と話し合い、もっとも深刻なのがイグマだという結論を出したためだ。


「なんであなたがそんな恰好に?」


 流石にイグマの王には姿を知られているため、変装をしている。貴族がよく着るような深紅のドレスを着ており、更に顔が見えないようにしている。事情を知らない仲間から何故と思われても仕方がない。


「恐らく殺されるからな。それで現状はどうなってる」


 そばかすがある金髪の男性が紙を見ながら報告する。


「そうですね。災害は何ヶ所も起きてはいます。ハブスプラも例外ではありません。解決方法は以前エイルさんがおっしゃっていたように、亜人を殺して早急に対処しています。また被害を及ばないように、事前に亜人を処分するようにやっているのも事実でしょう」


 エイルの眉が動く。金髪の男は続きを言う。


「とは言え、騎士も人です。精神的にかなりやられてしまっているのも事実です。ブラックローズさんがおっしゃった通り、騎士の精神ケアも始めていくべきではないかと思います」


 ブラックローズと呼ばれる髪も服も真っ黒な女性が静かに現れる。白い肌なので、不気味な人形という印象が強い。


「ええ。ええ。わたくしが。突撃してまいりますぅ。あなたはここで待っていればよろしいのです」


 ヒステリックな喋りが助長させている。エイルは頭を抱えながら返答する。


「いや。ブラックローズはここで待機だ。本職は薬師だしな。ここで薬の製作をしてもらいたい」


「はーい。わっかりましたぁ。あれでも」


 ブラックローズはエイルを見つめる。一気に顔が近くなったので、エイルは後ろに引く。


「あなたはどうするおつもりなんです?」


 エイルは簡潔に答える。


「イグマの国境の村に行く」


 誰もが驚く。殺されるリスクが高いはずなのに、危険性が高い場所に赴くと宣言したようなものだからだ。エイルは全員の顔を見ながら、最後まで言う。


「心配はいらない。派手に動くつもりはない。情報を集めるだけだ。それに腕のある者と共に行くし、逃げられる手立てもある。お前たちは自分の仕事に専念してくれ」


「分かりました」


 エイルは頬に傷がある仲間の男ガザニアと一緒にイグマの国境の村に行く。時間はかからない。歩きで1時間ほどだ。木々を切って開発されたことが分かる。周囲に森に囲まれ、獣が入らない結界を施している。小さい畑で耕す民や家事をしている民など、質素な雰囲気を醸し出している。


「ここがイグマの国境の村か。よいしょっと」


「え。ちょ。うわ」


 仲間の男はエイルを持ち上げた。いきなりの行動なので、エイルはうろたえる。


「予定通り聞けばいいか」


「そうだが……降ろしてもらえると助かるのだが」


 エイルは村人を見る。視線が異様に刺さる。頬を赤くし、笑顔で見ているところから、悪い印象はないみたいだが、男として恥ずかしいところがある。


「特に問題ないだろ。すまないが薬を届けに来た。チェッペとやらはどこに」


 男はブラックローズが作った薬が入っている袋を見せる。村人は笑顔で答える。


「ああ。ブラックローズさんの。それならこっちだ。見ない顔だから分からんかった」


 チェッペと呼ばれる村人に薬を渡す。無言でお辞儀をし、仕事に戻って行った。


「名はなんて言うんだね」


「新しく入って来たガザニアだ。弟子として雑用をしている最中で……まあその師匠から頼まれた。届けるついでに様子を見て来いと」


 これは半分嘘で半分本当だ。ガザニアはブラックローズの新しい護衛だ。弟子ではないが、多少は知識を持つ。いずれは頼まれていたかもしれないが、様子を見て来いとまでは言われていない。


「珍しいこともあるもんだね。ブラックローズがここまで言うとは」


「まあ情報も物騒だからな」


「ええ。弟子に頼むでしょうね。お嬢さんもお疲れ様。この緊急事態だから、大したものは出せないのだけど、お茶でもいかが?」


 村人はガザニアの言葉を信じ、更にお茶らしきお誘いが出てきた。情報収集として良いチャンスだとエイルはアイコンタクトを取る。ガザニアは静かに頷く。


「ありがたくいただきましょう」


「そうだな」


 老人夫婦の木の家にお邪魔する。まだ被害が出ていない場所のため、中が綺麗なままで、普通に生活が出来ていることが分かる。


「最近は良い話を聞かないわねー。災害災害ばかりで、ここもいつどうなるのか分からんねえ。ブラックローズさんのとこは大丈夫かね?」


「ああ。今のところは大丈夫だ。今後に備え、薬を大量に作るとお聞きしている。何か足りないものがあれば、この紙に書いて欲しいと言っていた」


 ガザニアは真っ白い紙を老人夫婦に渡す。


「あらーすまないね。みんなに渡した方が良いかしら?」


「そうだな。みんなにも確認しておいた方がいいだろう。その方が先生も助かるだろう」


 優しそうな老婆が立ち上がる。


「そうね。聞いてみるわ。行ってくるわ」


「ああ。気を付けろよー」


 仲睦まじい夫婦を見たエイルは穏やかな笑みをする。老婆は外に出た。爺さんはどや顔になる。


「どうだ。羨ましかろ。俺の自慢の妻だからな」


 爺さんは愛妻家らしい。エイルは貴族の娘らしく振舞う。具体的に言うと、権力争いとかそういったドロドロと無縁の家庭に憧れるようなものだ。


「ええ。実に微笑ましい光景を見させてもらいました」


「ああ。ここはええとこだからな。ハブスプラも悪くはないんだけどね。騎士がいるから治安はいいし。でも亜人にとっちゃ居心地の悪いんだよね。イグマにとっちゃ、亜人は悪しき者だ。若いお嬢ちゃんにとっちゃ、何も分からんだろ。それが当たり前だしな。まあ知ったところでかなり複雑だから、解決にはだいぶかかるだろうよ。その身なりだとお嬢ちゃんは王都から来た感じがするな。情報は知らぬのか?」


 エイルは横に振る。そして予め決めた設定を口に出す。


「いいえ。あいにく私はダーラという小国からやって来ただけの貴族の娘です。流石にここの情勢は知りません。亜人がどうこうはさきほど知ったばかりですし」


 申し訳なさを顔に出す。それを察した爺さんは優しくエイルの頭を撫でる。


「優しいんだね。お嬢ちゃんは」


「いえ。あなたには負けるかと」


 爺さんは豪快に笑い始める。


「あっはっは! そう言われると照れるものだね!」


 ずっと笑い続けるのかと思いきや、ぴたりと止まった。爺さんは窓を睨みつける。


「王都の騎士が来た」


「王都の騎士か」


「ああ。亜人が来たかどうかの確認をしに来てるんだと。まあ文句は言わないさ。自衛だけじゃ、限界があるしな」


 ノックする音が聞こえてきた。爺さんが開ける。エイルは冷や汗をかく。もしこの場でバレてしまったら非常にマズイからだ。


「ああ。久しいな。ん。特に大丈夫だ。災害もない。ああ。2人は薬師ブラックローズさんの使いだ。気にすることもないだろ。おう。お疲れさん」


 簡単なやり取りをした後、騎士らしき鎧を着た者たちはどこかに行ってしまった。エイルはホッとする。


「やはりああいった騎士とかは苦手かな?」


「ええ。色々とありまして」


 エイルは視線を逸らして言った。


「貴族でも大変そうだ。そうだ。聞きたい事があるのだけど、よいかね?」


 爺さんはエイルに気の毒そうに言った。途中で聞くべきことを思い出し、質問をしてきた。


「ええ。答えられる範囲で……」


「エインゲルベルト・リンナエウスという者を知ってるかね? ドラグ王国の治癒魔術師だという話だが」


 手配が回っていることを察した。エイルは悟られないように、知らないふりをして答える。


「いえ。国交を結んでるわけではありませんし、初めて聞いた名ですね」


「まあそうなるか。新しい弟子さんはどうだね」


 ガザニアは頭をかいて、困った風に見せる。


「そうだな。名だけは聞いたことはある。ブラックローズの元で経験を積ませてもらっている身分なのでな。だが何故その名が騎士から出てきた」


「国王陛下が血眼になって探してるんだと。国境を超えて活動してるという話らしいが、所詮は一介の治癒魔術師だ。やらかしはせんと思うがね。ああ。でもそうか。よそから来てる故か。イグマは亜人と大きい戦争があって、問題も色々と複雑化しておる。良い感情を持つ者と持たない者で差が出て来るもんだろう」


「ああ。軽くしか触れてはいないが、相当溝が深いと聞いている」


「ああ。実際そうだ。300年前の亜人との大戦、暗殺未遂、誘拐事件、反乱、価値観の違い。色々とあって今のイグマの体制だ。亜人に信用できなくなったからこそ、亜人迫害法を出した。時代に逆らっていると周りは思うだろうが、こちらとしてはそれが最適なんだよ。いつだって亜人が火種だったんだからね」


「あなたはどうお考えで」


 ガザニアの問いに爺さんは顎を触りながら考え込む。


「んー……そうだな。いきなり聞かれると困るね。うん。だってここ亜人見かける事無いしね。そういうものだと聞いてるだけで実感はないね」


 この辺りに亜人が住んでいないのか、この爺さんは実感が湧いていないみたいだ。


「ただ住んでる民として、噂の治癒魔術師に忠告はしたいね。もし会ったら伝えておいてくれないか。放置して、他のところに行くべきだと」


 そして体制が当たり前だと感じているからこその忠告である。そう簡単に崩せないから、効率が悪いから、その辺りを含んでいるものだ。エイルとガザニアはすぐに理解した。


「ただいまー。みんなに欲しいもの書いてもらったわ。はい。どーぞ」


 ガザニアが承諾の言葉を伝える前に、爺さんの妻が戻って来た。今にも歌いそうな感じで、機嫌がとても良い。ガザニアは紙を受け取り、目を通し、鞄に入れた。


「ああ。了解した。報せは魔術でやっておく」


「よろしく頼む」


 仕事が済んだため、エイルとガザニアは村から出る。優しい村人に見送られながら、森の中を歩いていく。


「流石に国境の村だと大した情報は得られなかったか」


 村人の目から離れているとは言え、警戒はまだしておくべきだろうとエイルは演じ続ける。


「仕方ありませんよ。災害がここまで来ていないのですから。行きましょう。みなさんが待っています」


「そうだな。少し髪の毛が乱れるかもしれないが、我慢してもらいたい」


「え」


 ガザニアはエイルをお姫様抱っこして、全速力で走り出した。周囲を警戒しての行動であることをエイルは理解しているが、それでも戸惑うものだ。知らない間にエイル達が作った拠点地に到着していた。


「おかえりなさい。その様子だと大した情報は得られなかったようね」


 ブラックローズがお出迎えしてくれた。


「災害に関しては得られなかったのは否定しない。だがエインゲルベルト・リンナエウスが指名手配されている可能性が高いという情報を得られたのは大きいと捉えるべきかもしれない。ブラックローズ、全員を集めてくれ。今後を話し合いたい」


「ええ。ええ。分かったわ。待っててね」


 まだ始めたばかりで不明な部分はかなり多いが、どうにかするしかないだろうとエイルはイグマがある南西を見渡したのだった。

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