第41話 ケースその3 即席チームで

 ストリア大陸中部にある草原で大嵐が発生。風と風がぶつかり合う大戦と化していた。土も草もそこにいる獣も何もかも吹き飛ばす。神話大戦という表現がふさわしい。あまりにも規模が大きすぎるからだ。未来予知学発祥の国家が事前に察知してくれたおかげで、遊牧民の一般人が巻き込まれていないことだけが幸いである。


「か……帰りてえ。なんで俺1人だけなの? ダンデさん助けてー……」


 小柄で弱気な男性治癒魔術師兼冒険者のシャガが小声で言った。安全圏にいるが、恐怖で固まっている。


「まあまあ。巻き込まれることもないし、よくね?」


 黒づくめの衣装を着ているチャラい男がカラカラと笑う。普通ならこの言葉で不安などが和らぐものだが、余計に助長させることになっている。

 

「それよかシャガちゃん。早めに教えてくれない? ありゃ。何でさっきよりビビってるわけよ?」


 チャラ男はシャガがビビっている様子を見て、ちょっとだけ傾げている。それを見た精悍な顔立ちの銀髪の男がため息を吐く。


「……俺達が所属してる団体名は」


「ディジミバの長を支える処刑人だね。そんで僕はスリー部隊の隊長と。ああ。にゃーるほど。そゆことか」


 シャガと共にいる男たちは全員ディジミバの長を支える処刑人だ。前線でガッツリ戦っている上半身裸の屈強な男は戦闘特化のゼロ部隊に所属している。銀髪の男はツー部隊の長。悪名をよく聞く団体なので、仮にビビリなシャガじゃなくとも、怯えるに決まっている。


「だからだ。誰でも怖がるだろ。不運だったな。シャガとやら。だが俺達も手を貸さねばいけないほど、今のノーボーダーズに人手は足りていない。ストリア大陸全土に災害が連鎖しているようだから、当然といえば当然だが」


 ツー部隊長はさり気なく魔術で支援を行う。


「うん。でも本当に災難だったね君は。たまたまこの地域の近くにいただけで俺達と一緒に行動する羽目になったわけだし」


 本当にシャガは不運だった。ダンデのような固い鉄の心を持ち合わせているわけではない。そして荒くれ者とは無縁の男なのだ。不運なことに災害発生時、偶然会ったが故に組むしかなかった。自分の判断とは言え、怖いことに変わりはない。スリー部隊長が気の毒そうに言うのもその辺りを察しているからだろう。


「ま。終わったら一緒に女遊びしようよ。たまにはいいでしょ。我ながらナイスアイデア」


 どうにか払拭させようとスリー部隊長はお誘いをする。シャガは持ち歩いていた本を取りだし、魔術師であるスリー部隊長に渡す。


「いえ。ご遠慮します。こちらの方を渡しておきます」


「え。断られたんだけど。良い感じだったのに? へーい。真面目に仕事やるって。長丁場になると流石にまずいし」


 シャガが持ち歩いていた本は操られた亜人の対処法だ。事細かく書かれており、ある程度キャリアのある一般魔術師なら理解出来るレベルに落とし込んでいる。ペラペラとページを捲る男を聞きながら、シャガは戦っている様子を見る。


 耳先が尖った白い肌の男は布を纏って戦っている。風を操る魔術で周りを滅茶苦茶にしている。大地を削り、傷を付け、土を混ぜた竜巻を生み出す。普通の人なら即死レベルだろう。実際獣たちが血を流して死んでいる。


 前線で戦っているゼロ部隊所属の男は違っていた。平然と対処している。歩く災厄と言われているわけをシャガは理解した。足で強く踏み込むだけで、クレーターを作り、ただのパンチで山の一部を崩したりしている。これではどちらが災害の原因か分からない。それでもシャガは分かる。全力でやらないと死ぬからこうする他ないことを。そして亜人の件を把握しているからこそ、殺そうとしないことを。だからこそ心配になる。ツー部隊長に尋ねる。


「あの人、どれぐらい維持出来るんですか」


 ツー部隊長がすぐに答える。


「魔力維持のことか。かなり持つぞ。持久戦だと1位2位を争うほどのタフさがウリだからな」


「うし! 読み終わった! とりあえず君は俺達のサポートさえしてくれればオールオッケーだよ」


 さっさと読み終えていた。渡してから数分しか経っていない。シャガは疑ったような目でスリー部隊長を見る。


「ちゃんと理解出来てるんですか? 分からなかったら俺がやりますが」


 スリー部隊長は慌てて言う。


「分かってるから! 解呪は俺に任せてよ!? これでも魔術師としての腕は一流なんだからさ。他にもこういったところは何ヶ所もある。専門家に任せて、さっさと終わらせて次の現場に行くのが良いでしょ?」


「それもそうですね」


 シャガは自分に言い聞かせるように深呼吸を行う。


「やりましょう。魔力回復薬ありますし、魔力の受け渡しも出来ますので、バンバンやってください」


「了解した」


 ツー部隊長が無詠唱で何かやった。シャガは広範囲の結界が貼られたことに気付く。これ以上周囲に影響を与えないためであると理解した。


「流石ゼロ部隊と言ったところか。支援を受けずとも無傷とはな」


 ツー部隊長の言った通り、ゼロ部隊所属の男は支援をひとつも受けていない。拮抗どころか、圧倒している。完全に押し切っているのだ。


「とは言え、魔力量の勝負では勝てません。早めに決着を付けておかないと」


 それでも持久戦は操られている亜人の方が上回っている。


「ああ。だからこその彼奴だ。スピードの点においてはあの赤毛の令嬢より上だろう。そして解析を得意とし、理解にも長けている。じきに終わる」


 亜人は糸が切れたように倒れる。それと同時にゼロ部隊の男は己の武器の刃でどこかを斬る。


「終わったね。術者も死んでるよ。間違いなく」


 スリー部隊長が背伸びをする。シャガは信じられないというような顔になる。


「え。いつの間に」


 ツー部隊長は慣れたように言う。


「そういう奴だ。術の痕跡を僅かに感じ取っただけで分かるからな。シャガ。容態を見ておけ」


「あっはい!」


 ゼロ部隊の男から白い肌の男を受け取る。顔が青ざめていたり、過呼吸気味だったり、通常の健康体ではない。魔力の回路に傷がないだけマシなのかもとシャガは思いながら、治癒魔術をかけていく。


「凄いですね。こんなに完璧な解呪は滅多に見かけませんよ」


「どーだ。これでも魔術師のプロだからね。負けてられないよ。と言っても治すとかは専門じゃないけどね。どんな感じ?」


 シャガはスリー部隊長の質問に答える。


「そうですね。予想されていたこともありますし、早めに終わったので、思ったよりは軽いと思います」


「だってさ。これからどうする?」


 スリー部隊長はツー部隊長に聞いた。


「此奴を近くの町に置いてくしかないだろうな。ここからだとツェッペが安全だ。そこまで時間はかからないはずだ。それとシャガ、しばらくは俺達と行動を共にしておけ」


 その答えにシャガは困惑する。


「え?」


「この周辺にもいくつか似たような案件がある。今後のことを考えると、いっそのこと、ノーボーダーズの協力者ということにしておけば、俺達が動きやすくなる。リーダーをシャガにしておけば問題はないだろ」


 シャガの戸惑いに気にすることなく、ツー部隊長は淡々と言った。それが理由かは定かではないが、スリー部隊長のテンションが上がり始める。


「ナイスアイディーア! さっすが分かってるぅ!」


「ひぃー……俺じゃ絶対無理だってぇ。リーダーなんて一度もやったことないのにぃ」


 シャガは弱音を吐いた。何か思うところがあったのか、ゼロ部隊の男は静かに大きい手でそっとシャガの頭を撫でた。


 このように一部は即席チームで対応したケースもあった。成功したケースもあれば、既に間に合わず、亜人が死ぬケースもある。あまりにも範囲が広く、各地で災害が起きている状態ということもあり、人材が足りていなかった。それでも救助活動をしたことで、良い影響をもたらしたことに変わりはないだろう。

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