『因果の蕾』



ドラゴンゾンビが壁に突進した結果。

青空が見えるようになったエントランスには、瓦礫が山になり、風も吹きつけるようになっていた。



そんな有様の別荘で、その主は絶好調な様子だ。

纏った兜で表情こそ見えやしないけれど。


漏れてくるのだ。

笑い声が。


その。

金ピカの高笑いが鼻につく。

ヘレニウムは今とても機嫌が悪かった。

けれどそもそも、何に怒ってここに来たのか、ヘレニウムはそのことを既に見失っていた。


少し前。

どんな用向きで来たのかと問われ、ヘレニウムは答えた。

しかし。

『決まっています――』


その後のセリフを一度言い淀んだ。


その先に続くべき言葉がすぐに浮かばなかったからだ。

しかし確かに、その先に何か言うべき言葉がある気がしていたのだ、あの瞬間、あの時のヘレニウムは。


なぜだろうか?

そこに何があったのだろうか?


剣を叩き壊すために取り返す。

それも間違いではなかったがしっくりこない。


解らない。

解らなくて。

ヘレニウムはずっとイライラしていた。

今だけではない。

冒険者組合を出てからずっとだ。

虫の居所が悪かった。


情報屋に、安易に、一度だけ助力する、などと言ったのもその勢いだった。


少なくともその原因の最大の理由が、ヘレニウムの目の前にいる。


ヘレニウムが対峙する相手。


アッシュは、まるでアンデッド……のようにみえる黒い甲冑に全身を包まれている。

暗黒騎士と呼べそうな見た目だ。


そしてその手には、大剣が握られていた。

あの、古戦場でテッドが拾って逃げたやつだ。


その事を含めても。


「――もはや手加減する理由はありません」


古戦場の一件で、ヘレニウムはハンマーに『天恵』を宿らせるという荒業を編み出した。

理屈さえわかれば、ヘレニウムにとっては簡単な技術。


今。

その真っ赤なハンマーに、神聖なる『天恵』――能天使級ポテスタス聖光波ルクスラディウム――が宿る。


付与されたエネルギーの密度に、ハンマーが揺らめき、ハンマーを形作る粒子が暴れて崩壊しそうな状態になる。


以前より、『天恵』のランクを落としたのにハンマーは既に限界だ。

アッシュと初めて戦った時に、雷を払うため一瞬だけ使用した付与でハンマーの耐久が少し削れていたのかもしれない。



結局、ストックのハンマーはヘレニウムの『聖槌技』に一撃しか耐えられないらしい。


そしてアッシュは目敏かった。

ヘレニウムのハンマーが今にも壊れそうなことをすぐに看破する。


フハハハ、とバカにしたような高笑いと共に。

「――そのような安物では、貴様の能力についてこれんようだな。見たところ一品物オーダーメイドのようだが、駆け出しの鍛冶師にでも作らせた習作か何かか? とんだ失敗作ガラクタを売りつけられたものだな?」


とんだ失敗作ガラクタ……?


その言葉に、ヘレニウムは眉を顰め、口元をぎゅっと硬く噛み締めた。


なぜだろうか。

自分のことを言われたわけでもないのに。

否。

自分のことを言われたとき以上に、ヘレニウムは苛立った。


自分がガラクタと言う分には良いが、アッシュにガラクタだと言われると腹が立つ。

そして、毎日懸命にウガヤ銀を鍛え続けていた、鍛冶師ストックの背中がヘレニウムの脳裏に浮かぶ。


ストックがどれだけの試行錯誤を続けて来たのか、ヘレニウムはそれを毎日見てきたのだから。


その上。

「あのテッドとかいう男もそうだ。貴様の周囲には身の程が解らんやつばかりのようだな」


きっとそれは、テッドが伝説級の武具を持っていたことに対してだろう。

それを、腕を切断してまで持ち去った相手だ。


ハンマーを握る拳に力が入る。


もはや、ヘレニウムは一言も言葉を発したくなかった。


すぅ、はぁ。

心を落ち着かせようと、深呼吸の吐く息が、灼熱のように感じられる。


さらにもう一度深呼吸をして、ヘレニウムは冷静さを取り戻そうとした。

全ての苛立ちと、心の熱を、ハンマーに封じ込めるかのように。



「それに……」


まだ何かを話そうとするアッシュに、


「うるさい」


一言だけ言い放ち、ヘレニウムは走った。

盾を構え、真っ直ぐアッシュに向けて。


一歩、二歩――。


筋力の高さは腕だけではない。

全力の強靭な脚力で、床板をヒビ割りながら、


その三歩目で大きく前に出る。


しかしアッシュの反応もすこぶる強靭だった。

アッシュは防御も回避も捨て、大剣を振り上げる。

それは、絶好のカウンターとして機能を果たすことになる――

「バカめ! この骸の甲冑は、打撃に対して強い耐性が――」


だからなんだというのだ。

アッシュの御託にかまわず、身体全体を振り回すようにして、ヘレニウムは全力でハンマーを振り上げた。


同時に、ため込んでいた『天恵』の力を開放する。


名付けて――


「『聖光繚乱波せいこうりょうらんは』!!!」



――筈だった。

「――有……」


アッシュの言葉が途切れ。


ハンマーが砕け散る。

紅い金属が、粉々になって光の中に溶けていく。


されど――。


眩い輝きと衝撃が、幾つもの柱となって周囲を駆け巡る。

アッシュの周囲の建造物が軒並み砕けて崩壊していった。


聖属性魔法と衝撃、そしてハンマーの打撃力。


そのすべてを同時に受けたアッシュの身体は、弾丸のように放たれ、既に穴だらけの倉庫の壁をさらに突き破って、外へと吹き飛んで行った。



ヘレニウムは盾を背中に背負い。

アッシュを追って外に出る。



外では、コムギがドラゴンゾンビの相手をしていた。

そのドラゴンゾンビは、今アッシュの身体の横やりを受けてもろとも吹き飛んで行ったが……。







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