『コムギの実力』



まったく冗談ではない。


とコムギは心底思っていた。




そして。

目の前に迫る巨大な鍵爪。

高速で叩き下ろされるそれを、コムギは横っ飛びに躱す。


腰紐から抜いた鞘を手に持ったまま。

左手は剣の鞘に。右手は剣の柄に。


その姿勢を崩さぬまま、コムギは間合いを測る。

暴れまわる巨体を、避け。

相手の力量を測ろうと様子を見る。


とはいえ、その力量は計り知れなかった。

ドラゴンゾンビの膂力はすさまじい。

それもブリオニアという名前を持つ竜の骸だ。


容赦なく振るわれるその爪は。

豪快な音を響かせ、地面をえぐり、岩盤を弾き飛ばす。


コムギは回避しながら、自分に命中する軌道の瓦礫を、蹴り返したり、鞘を盾にして防ぎながら、相手をしていた。


コムギとドラゴンゾンビは既に、アッシュの倉庫から出て、近くの礫地に出ている。

身体が大きいせいで、倉庫のエントランスは瞬く間に崩壊した上、ヘレニウムたちの戦いの邪魔になりそうだったから、コムギが外に誘導する算段をとったのもある。


そんな大地はすでに穴だらけだった。

ドラゴンゾンビの攻撃の度に、地形がえぐられるせいだ。


足場がどんどん悪くなっていく。


しかし。

そんななかでも、コムギは身軽に爪やドラゴンブレスの攻撃をかわし続ける。


コムギは攻めあぐねていた。


通常の魔物ならばいざ知らず。


このような巨大な相手は、コムギの知る型に想定されていなかった。

コムギの習得している流派は、元々対人戦や戦争での戦を想定したものだ。


東の国からエスカロープまで、魔物の相手もしてきたけれど。


この大きさ。

しかもドラゴンを相手に。


想定外にもほどがある。


それに。

ゾンビとなっているとはいえ、竜の鱗の防御力はまだ健在で、見ただけで頑丈そうだと解る。


ガキリッ!


「くっ!?」


ほれみたことか。

試しに刃を突き立ててみても、壮健な鱗の上からでは傷一つ付けられない。

弾かれた刃を、また鞘に納め、コムギは巨体を見上げるように観察する。




――どこかに剣を突き立てる隙はないか、と。


見たことも無い敵を相手に、コムギは目を凝らす。

そして、結論は一つ。

「……やはり狙うは、関節しかない!」


通じるのかどうか。


一か八か。

意を決し。

コムギは、瞬間的に動きを変えた。

ドラゴンゾンビが腕を振り上げた一瞬、それまで円を描く様に外へ逃げていた動作を、内側へ変え、懐に入った。


一足。

地を蹴り、跳躍で数メートルの相手と距離を詰めつつ。


親指で剣の鍔を弾く。


狙うは、右腕の付け根だ。


コムギの握る鞘には、いくつもの紙が、リボンのように結ばれている。

それは、お札だった。


そして、コムギの師匠はサムライであると同時に、符を介した『攻魔忍術』に長けたシノビだった。

故に、それは忍術と抜刀術の合わせ技。





「火遁・――


抜刀――!!


鞘走りの音と同時に、コムギが剣を奔らせる。

と同時に、鞘に結ばれたお札――火の術符を介し、火炎の忍術が、刃を包み込んだ。



――逆さ弧月!!!」


その一刀がとる軌道は、下から上に斬り上げる一閃。

炎を纏い、赤熱した刀身が、ドラゴンゾンビの右脇下にひるがえる。



瞬く間に業熱に竜の骨が溶断され、今、コムギにたたきつけられようとしていたドラゴンゾンビの右腕がズレて落ちていく。


通じた!

手ごたえはあった。


剣は再び鞘に納まり。


腕が地面に落ちてズン、と音を響かせるのと同じタイミングで、コムギも着地を決める。


しかし。

不死アンデッドというのは概念のようなものだ。

死んでなお動くというのは不条理に過ぎる。


そんな不条理を撃ち砕ける物は、間違いに気づいていない生命に、正しさを説き伏せることができる概念でなければならない。


所謂、神聖なもの。

祓魔や浄化の神術がそれに当たる。

奇しくも攻魔忍術には無いカテゴリーだった。


「……やはり、あたしに神仏様の真似事は出来かねますよ」


ヘレニウムに任せると言われたけれど、こちらを神官様が相手したほうが良いのではないかと、コムギは思っていた。



なぜなら、やはり無駄だったからだ。

ドラゴンゾンビの落ちた腕は一度砂のように消えうせたけれど。

その散々になった粒子が再びドラゴンゾンビの腕を形成し始めていた。

所謂『自己再生能力』というやつだ。

多くの上位アンデッドが有する、概念による補修能力だった。

生きていると勘違いしている死体は、腕が切られた事すら勘違いで済ませようとしているわけだ。


しかも痛覚も何もないのだから、腕が無くなろうと相手は怯むことも無い。


正面からくるドラゴンブレスを、


「――風迅・正眼弧月!!!」


コムギは、風を纏う抜刀術で両断して、防衛する。


そして納刀。


剣技の余波で、顔面を切り裂かれたドラゴンゾンビだが、やはり意味はない。

すぐに戻る。


コムギは知らないけれど。

これは古戦場の時と同じだ。


ドラゴンゾンビを作り出している大本を何とかしなければ、倒しようがない事例だった。



コムギは終わりのない戦いに少し辟易していた。

間合いを取り、思わずため息を吐いた。


その時。


轟音と共に。


ドラゴンゾンビの真横から、弾丸のように何かが飛んできて、その巨体を大きく拉げさせた。

さらに樽のような大きさの物体がぶち当たったその勢いのまま、竜の巨体が吹き飛ばされる。



とんだ横槍に、コムギは目を見張った。




そして――。


もはや見る影もない倉庫のエントランスだったところから、歩いてくる人影がコムギに見えた。


それは、鎧も付けず。

真っ赤なカソックと長い白金色の髪を揺らして近づいてくる、ヘレニウムの姿だった。

そして、手には何も持っていなかった。

あの赤いハンマーすらも。


つまり、徒手空拳だった。


今、何が起こったのか、コムギはまだいまいち理解できなかった。


「……ヘレ様?」


あなたの仕業ですかと、聞くまでも無いのだけれども。


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