『ガラティーンの真価』





「聞いたか骨の剣よ。ヤツは貴様を救いに来たのではないらしいぞ。それどころか、貴様を破壊するとのたまった。これは当てが外れたか?」


「うぐぅ!」

それは悲鳴のようで。

嘘ぉ?

という言葉に似ていて。

少し涙交じりに濁った声だった。


さも愉快そうなアッシュに対して、

ガラティーンは悔しく、悲しく、信じられないというような声色だ。


「さぁ、オレ様と契約を交わせ。今わかっただろう? 貴様が助かる道はそれしかないと」


「契約? そ、それだけは……それだけは絶対に嫌ですっ! もうワタシには『契約けっこん』を約束した殿方が!」


補足すると、殿方はテッドのことで、約束はしていない。


「そうか残念だ。まぁ貴様の意思がどうであろうと、オレ様の予定は変わりはせん。ただ、受け入れたほうが気が楽だと言うだけの話でな」


そう言いながら、アッシュは腰の裏から何かを取り出す。

黒と金で彩られ、文様が描かれた金属のカードだ。

アッシュの腰裏の小さなカバンには同様のカードがいくつも入れられている。

そしてそのカードは、アイテムを閉じ込めて、コンパクトに携帯するためのもの。


アッシュは取り出した2枚のカードから、2つのアイテムを開放する。

一つは、黒い粉の入った小瓶。

もう一つは、1枚の札だ。


その札を見たコムギは、

「あれは……!」

と何か心当たりのある声を上げる。


「ほう。解るか。東の民よ――そう。これは東の国アペチリフの一部族が好んで使う魔符だ。そして、この『秘操の魔符』はこのように使用する」


アッシュは魔符の対象をガラティーンに指定して、その効果を実行する。

すると、魔符から放たれる禍々しい魔の気配が腕輪を包み込み、

「あう……うぅぅ!?」

ガラティーンが苦しみだした。


「さぁ、剣よ、オレ様を主と認めよ!」


「イ、イヤ、ァァァ……」


ガラティーンの苦痛に満ちた声とは逆に、

腕輪が黒く染まり、宝玉だけが禍々しく、真っ赤に輝きだす。

そして、宝玉から生まれ出る黒い影が、蔦のようにアッシュの腕に絡みついていき、腕輪が身体と融合していく。


「フハハハ……」

アッシュの高笑いが響き、ついに、あのやかましいガラティーンの声も聞こえなくなった。

さらに、アッシュの

外装展開ケイオス・イグナイト

の呪文により、その全身は、黒い装甲と、銀色の骸骨のようなフレームを纏い、魔人のような鎧に包まれていく。


完成されたその姿は、まるで暗黒騎士、あるいは骸の王ダークロードと呼ぶべき姿だった。

そうして、大剣が一本、アッシュの周囲に浮き上がり、漂い出す。



「……ヘレ様、あれは本人の意思とは関係なく、その能力ちからを無理やり引き出す魔符なのです! ああなってしまったらもう……」


コムギの慌てた声に、

「そうですか」

とヘレニウムは一言答えた。


アッシュが好き勝手している間に。

ヘレニウムは治癒の『天恵』で回復を終えた。

罠で負った傷が治り、零れていた血も何もかもが、すでに元通りだ。

唯一は、いつもと違って甲冑を身に着けていないこと。


そして。


「腕輪をどうやって取り返そうか悩んでいましたが……これで選択肢が一つしかなくなりました。おかげで悩まずに済みます」


コムギが、どうする気なのかと、ヘレニウムを見つめるが。

答えは簡単な事だった。


「……ええ。あの腕輪を引きはがすには、まずアッシュに死んでもらわなければならない。穏便に済ませられる選択肢の方が、消えてなくなったという事です」


「フハハハ、オレ様を殺すだと……果たしてできるかな。いつぞやの時とは、準備も覚悟も、オレ様にはそろっているぞ。それに……」

アッシュは二つ目のアイテム――黒い粉の入った小瓶を、

「この剣の真価はまだあるのだからな!」

地面に叩きつけて割った。


「……この剣は、ただの剣ではない。アンデッドを生み出し、使役することができる、そのような伝説級の武具なのだ、そしてその粉は……」


ずずず、と粉が渦巻き、形を作り上げる。

剣の効果によるネクロマンスによって。


アッシュが持ち出した黒い粉、地底竜ブリオニアの骨粉は――。


「――『竜の骸ドラゴンゾンビ』として蘇る!」



ドラゴンゾンビ、その大きさは、倉庫の天井を突き破り。

ばらばらとその残骸が降り注ぐ。


コムギは震えた。

それが恐怖か、武者震いかは本人にも分からないが。

とにかく、目の前に聳え立ったのは、コムギの記憶にも経験にもない生物だった。

いや、死体ではあるのだが。


「……なっ、このような巨大な怪物……あたしのお師匠様の剣術では、想定してないですよ」



「そうですか。では、折角ですから、そちらの相手は頼みます」


「ゑッ!?」

 コムギから世にも奇妙な声が漏れた。


「フハハハ……! オレ様とブリオニア、はたして貴様ら二人で、相手が務まるかな?」


調子に乗るアッシュと、ドラゴンゾンビ。


そして、ヘレニウムとコムギ。



今、戦いの1秒前――。

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