『憂鬱の三人目』

テッドは、ガランティン古戦場の時から、

少し装備の雰囲気が変わった。


それまでの革鎧に両手剣を背負うスタイルではなく。


常の革鎧の上に。

全身を包む、真っ黒な外套を羽織っていた。


フード付きで、分厚くて多少の防御力も期待できる一品だ。

やや高価だったが、ガランティンの一件が結構高額報酬だったため、余裕で購入できた。


そして、その外套の内側には、鞘に納まった二十二本の小型剣ダガーを納め。

さらに二本を腰に差してある。

勿論、メイスもまだ腰に吊るされたままだ。






だが問題がある。


「暑っつ!」


超暑いのである。

今の季節は、四季で言う所の2番目に差し掛かった当たり。


ちなみに1番目は風の季節、2番目は火の季節、3番目は土の季節、4番目は水の季節と呼ぶ。


ともかく。

火の季節になろうかというのに。

黒い外套は陽の光を吸収してすこぶる暑い。


それにだ。

暑さを感じる原因は季節だけではない。


「ちょっと、ご主人様しゅじんさまぁ~? この通りもう3度目ですよぉう? いい加減不慣れな路地裏から出ましょうよぉ? ビタミンD合成しに出ましょうよぉ!」


「うるせえ! おまえの声が一番暑苦しいんだよ! 黙っていろといつも言ってるだろに」


「そんなぁ!」


 テッドは、一見すると独り言を言っているような変態あやうさで、日陰で涼しめの路地裏を進んでいた。

 ヘレニウムに見つからないように、というのもあるが、暑いからと言う理由が大半だ。

だが、入り組んだ路地裏はテッドもさほど使ったことが無く、迷いに迷っていたのだ。このままでは組合に着くころには日が暮れるだろう。


「っていうか、なんだよ、ビタミンDって!」


「知らないんですかぁ? 骨が丈夫になるらしいですよぉ?」


「嘘くせぇ。どこで聞いたんだよ。おまえ産まれたてじゃなかったのか」


「えっと、さぁ? どこでしたっけ……」


「ったく、なんで剣なんかに心配されなきゃならないんだ」


「ええ? だって、ご主人様になにかあったら、私も死んじゃうんですよぉ? 心配ですよぉ」


「あーうるせぇ。つーか、ご主人様っていうな! まだ認めたわけじゃないって言ってるだろう」


「だからぁ、ワタシと契約けっこんしてくださいよぉ! 兄妹の契りを結びましょうよぉ!」


「あーもう、うるさい! あと言葉選びがおかしいんだよ、いつも!」



――――


そんなやかましい二人? が、路地裏をさ迷う事さらに小一時間。

路地裏の右の建物と、左の建物の間に。

ようやくテッドの見覚えのある景色が見えてきたころ。


「……やっとか。さすがに、もうろくな依頼は残っちゃいないだろうな」


でもその分、ヘレニウムももう居ないかもしれない。

そんな歩くテッドの。

真横の建物の扉が突然、がちゃ、っと開く。


そこから出てきた人影に、テッドは危うくぶつかりそうになる。


「おっと、すまな……」


「あ、いえ、こちらこそ。よく確認もせずに開けてしまいました」


「……いッ!?」

しかしそのシルエットは。

黒いボブカットに、黒い神官服。

手には長い神官杖を抱えている。

テッドは、その人物に見覚えがあって驚いた。


「あれ、テッドさん?」


それはそのはず。その人物は、アプリコットだった。

そしてアプリコットが出てきた建物は、組合が管理している冒険者用の安宿だったのだから、さもありなんといったところ。

ただ、正面の入り口が清掃中だったため、遠慮したアプリコットが裏口から出てきたのは全くの偶然だった。


「よ、よう……! ヒサシブリダナ」


「どうしたんですか、テッドさん……言葉遣いが変ですよ。それにその、コートに黒い眼鏡……?」


そう。テッドはバレにくくするため、丸縁の色眼鏡をかけていた。

それまでのテッドとファッションの様子が違うのだから、アプリコットが変に思うのは当然だった。


ヘレニウムから逃げるためだ、などとは言えず。

さらにヘレニウムに何と言われているか分からないアプリコットに、テッドはドギマギしながら、苦笑交じりに返事を絞り出した。


「ど、どうだ、似合うか?」

だが。

「いえ、ちっとも! コートはともかく、そのメガネはやめたほうが良いと思います! 」


「そ、そうか……」

いくらかショックを受けながら、テッドは色眼鏡を外した。


そこに。

くすくすとした笑い声が。

剣の声だった。


「あれ? 今笑ったのテッドさん?」


「いや、俺じゃ……」

と言いかけ、

アプリコットに喋る剣のことがバレてはいけない、と取り繕うために。


「……ああ、いや、オレオレ、オレだよオレ、くすくす」

真似て笑うがちっとも似てない。

あと声が低い。テッドは男性だから。


「う~ん?」

怪しむアプリコット。

そんなやりとりがツボなのか、テッドの懐から、さらに笑い声が漏れる。

オイ、笑うんじゃねえよ、と。

ガシガシ、テッドは自分のコートを殴りつけるが全く意味は無い。

さらに怪しさも倍増だ。


「やっぱり!……全然違う人の声がしますよ? それにさっきから怪しい。 何か隠していますか?」


にじり、と寄ってくるアプリコット。

身長155と180だからそれなりに差がある。

見上げるアプリコットと、見下ろすテッド。

相変わらず、アプリコットお胸は爆発している。

思わず視線が釘付けになりながら、テッドは後ろへ1歩下がった。



しかしアプリコットも悪戯に笑って、テッドから1歩さがる。

「なーんて」


「へ?」


「テッドさん、古戦場で、喋る剣を持って逃げたそうですね?」


なんと、最初から全部バレていたらしい。


「……知ってたのか」


テッドはがっくりと項垂れた。


「ええ。ヘレニウム様から聞きましたから。……怒ってましたよ?」


「そうか。だろうな」


そして

「あ、あの、ワタシもう喋っても構いませんよねぇ?」


「……はい、ええっと、剣さんかな? お名前は?」


「名前……?」


そういえば、名前なんてないな、と。

テッドも、剣も思うのだった。



つづく。









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