第二話 『戦槌の神官と、三人の剣士』

『受難の始まり』




――冒険者が身に着ける装備というものは。

ある意味、その者の実力を表すバロメーターともいえる。


なぜなら、その装備が、高額なものでも、伝説級の装備品でも。

入手のためには、少なからず、確かな実力が必要だからだ。



時に。

難解な迷宮に挑み、強敵を退け、希少な宝物を手にする。

そんな冒険の試行回数と、培った経験が、装備品の一つ一つを最適化し、その者の能力の一端として機能する。


性格は顔に出ると言うが。

冒険者の経験も、装備外見に出るのだ。




そして。


今。


首都グラッセから遠く離れた辺境の地。

エスカロープの、冒険者組合のカフェテリア。


そのど真ん中のテーブルに。


キンキラキンの伝説級の武具で固めた冒険者が居た。

脚と腕を組んで偉そうに座っている。

けれど、その者は、エスカロープに馴染みの冒険者ではない。


他所から来た、男性アウトローだった。


それも、見た目通り。

自分の実力に自信がありすぎる手合いだ。


例えば。

ウェイトレスが運んでいる料理を、勝手に横取ったり。


「あ、あの……それはあちらのお客様の……」

「そうか、じゃあもう一品作り直せ。これはもうオレ様のものだ」


例えば。

他の冒険者がちょっと肩をぶつけようものなら。


即、鉄拳で吹き飛ばされる。

「ぐぉ!? いきなりなにしやがる……!」

「……分からんのか戯け。今貴様は、オレ様の装備を汚しただろう? こいつが貴様の報酬の何年分の価値があると思っている。死んで詫びろと言わんだけマシと思え」


そんな感じで、寄り付く冒険者は一人も居なくなった。

ウェイトレスとてビクビクし、関わりたくなさそうにしている。

しかも、そいつは、ウェイトレスを声で呼んだりはしない。


受付に対してもそうだ。

声で呼ばず、目配せで呼ぶ。

本来受け付けは動かず、冒険者が赴くものだというのにだ。


これで、実力が無いのならば良かったが。

まなじ、この者の実力は確かだった。


だから、腹が立ってケンカを売った冒険者は。

あっというまにコテンパンにされる。

それがたとえ、エスカロープで上位の冒険者であろうともだ。


極めつけに、お金もあるらしく、宿も、街で一番の高級宿ホテルを使っているという。




そんな、他所モノ冒険者の名は、アッシュと言う。



そして、ある日の事。




アッシュが組合の外へ出ようと、エントランスに差し掛かった時。

丁度その前方から、真っ赤なカソックを身に着けた神官が入ってきた。



白金色の長い髪に、上級神官アークビショップの帽子。

真っ赤なカソックの上に白い甲冑を纏い、

背に赤い盾を背負った、幼い顔立ちの小柄な少女だ。


対する男性アッシュは。

金色の短髪に、長身で金銀の煌びやかな鎧。

腰にこれまた豪奢な剣を差した戦士姿で。


アッシュは、その少女の目の前に立つ。


身長差はかなりあった。


「おい、邪魔だ。オレ様の進路をふさぐな」

しかし。

少女は微動だにせず、アッシュを上目で睨み返す。

「……」


「聞こえなかったのか、『わっぱ』。オレ様は今、どけと言ったのだぞ」


アッシュの言葉に対し、紅い神官は怖じもせず。

さらに睨み付ける。

「どいてあげても構いませんが、その代わりにあなたはどんな対価を差し出すのです?」


「対価? だと……!?」


「ええ。今あなたは、私の気分を酷く損ねた。その対価をどう支払うのかと聞いているのです」


「ハッ……この神官風情が! このオレ様に対して、良い度胸だ……」


「どうするのです? あなたは私をどうやってどかしますか?」


アッシュは、見るからに怒り心頭で。

「決まっているだろう、戯けが。力づくだ」


腰の鞘から、アッシュは立派な剣を引き抜いた。

見るからに、何かの効果が付与されていそうな、魔法の武器だ。

それを、少女に突き付ける。


「もう一度だけチャンスをやる、今すぐに道を開けろ」


補足すると、少女の横は十分に通行できるだけの空間がある。

実際には開けるまでも無いのだ。

つまり、これは、ただの意地の張り合いだった。


そして、少女は、いつも通り。

アッシュが抜いた剣を一瞥し。

馬鹿にしたように言う。

「……ふん。そのような脆弱な武器で、私を倒すつもりですか? 片腹痛いとはこのことですね」


「脆弱だと? フハハハハ、見識が無いにもほどがあろう、貴様? これはなぁ、ラグゥの迷宮の奥深くで、地底竜ブリオニアを倒して得た、伝説級の武器だぞ。その辺のナマクラと一緒と思うな」


「しかし、剣は剣です。剣である以上、この出来損ないのハンマーより劣るのは明白です」


「貴様……! どうやら頭がおかしいようだな。表へ出ろ、貴様の言葉がどれほどの物か、試してやる!」


少女は溜息を吐き。

表へ出るなら、その一歩で避けて行けば済むだろうに。

と思うのだが。


事態の収拾にはそうするしかないだろう、と思い。


「良いでしょう。そのかわり、どのような結果になっても、私は責任を持ちませんけど、よろしいですか?」


「無論だ」



そうして、二人は冒険者組合建物の目の前の。

大通りに出た。



二人の問答は、当然ながら周囲の冒険者にも聞かれており。

あっというまに、大通りはギャラリーが詰めかけ。即席の闘技場のような状態になった。

なんなら賭けまで始める連中も出始める始末だ。



その中央に立つ二人。

アッシュは、剣を構え。

少女は、ハンマーと盾を構える。


アッシュが剣を突きつけ。

「始める前に、ひとつだけ聞いておく。貴様、名は?」


それに、億劫そうに少女は答えた。

「ヘレニウム」



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