『ガランティン古戦場 ⑥』

「グ……ウガ……」


テッドの身体が、骸で紡がれた漆黒の鎧に、包まれていく。


それを――。


大天使級アルチェンジェロス呪詛治療フランジ・マリディクショネ


アプリコットの『天恵』が治療する。



それとほぼ同時に。


「『下位天使級アンゲルス守護法壁プライシディウム』!!」


振り回される黒い両手剣を、低位の障壁でギリギリで防ぎきる。


テッドの身体は殆どいうことを聞かず、

「ぐ……ぐぐ……! ダ、ダメ、だ……! また……!」

すぐに意識を刈り取られたテッドが、再び剣を振り回す。


次の障壁は到底間に合わない――。



一度はそれを杖で受けて、杖を叩き落とされた。

その時のピンチは計り知れず。


だからアプリコットは、自分の身で受けるという事を学んだ。

アプリコットの運動神経では、巧みに躱すという事は難しく。


例え、運よく1回は躱せても、次の攻撃で同じ結果になる。


最良の手段は、急所だけは避け、腕やわき腹で受ける他はない。


「ひうっ!?」


アプリコットから血潮が迸り、腕が肩口から切断されかける――。


幸いなのは、ヘレニウムがかけた『熾天使級セラフィム楽将示現リジェネラティオ』だ。

そのおかげで、たとえ腕が千切れても、30秒あれば完治される。

それと複合し、たとえ死にかけても、即死さえしなければ、自前の治療で何とか耐えることができる。


そして不幸なのは、テッドにも『強化の示現天恵』が、かかったままという事だ。

そのおかげで、テッドは超人的なまでに強く、アプリコットの強化と相殺する形で、いつまでも有利を取ることができない。



もう一度。

大天使級アルチェンジェロス呪詛治療フランジ・マリディクショネ


呪い治療の『天恵』で一時的にテッドは、呪いから解放される。


が、大剣が手放せない以上、またそれは繰り返される。


こんなことが、延々と繰り返されるのだ。



過酷だった。



はぁ、はぁ、と肩で息をする。


そんなアプリコットは精神的にも、肉体的にも疲弊していく。



呪いを治療し、ツルギを防ぎ。

「『下位天使級アンゲルス守護法壁プライシディウム』!!」


長期戦になる以上、テッドの振るう両手剣の防御に、余分な天力は使えない。


故に。

アプリコットは、権天使級アルケスや、大天使級アルチェンジェロスではなく、天使級アンゲルスの守護障壁ばかりを使う。


できるだけ、防御の天力消費を抑えて、呪い治療に備えるためだ。

呪い治療が行えなくなったら、テッドはもう終わりだ。



アプリコットは。



そしてまた、その両手剣に、身体を切り裂かれる――。






ヘレニウム様のように、縦横無尽に戦えたなら……。

ヘレニウム様のように、もっと強力な『天恵』が使えたなら……。


今すぐ助けてほしい。

あのどこまでも強い、大主教様に。


でも――あの方は今、忙しすぎる。


度重なる激痛でオカシクなったのか、アプリコットの口から笑いが漏れる。


「ふふ、わたくし……こんな、骨身に染みる修行は、初めてです」



傷だらけのアプリコットを、テッドは虚ろな目で見つめていた。



――不死者けものとヒト。

その狭間に、青年テッドの意識が、再び溶けていく――。







―――。

一方。


轟音が響き渡り、土砂が舞い、巨体が舞う。


攻撃を試みた四脚六腕の巨躯ウォーデッドグラージの上半身が吹き飛ばされ、その余波で、四肢も微塵となり、後方の骨の軍勢も、衝撃で巻き込んで消し飛ばす。


それでも、『核』が傷つかぬ限り、瞬時に復元されていく。




ヘレニウムは。

すぐに復活すると解っていながら、その巨躯の意識を、自分自身に向けさせるため、全力でハンマーを振るっていた。


音の壁をさらなる超音速ハンマー強打ノックし、伝達する圧力の波が、周囲を破壊する。


骨の軍勢が、衝撃で砕け散る。


しかしそれも、すぐに蘇るだろう――。


全くキリの無い話だ。

さすがに、テッドたちの面倒まで見るには手が回らない。





ヘレニウムは、ちらりと、アプリコット達を見た。

その過酷な様子が目に映る。


あまり時間はかけられそうにない。




一見、ヘレニウムが、テッドの呪い解除を引き受ければ、一発で解決するかのように思うのだが。


事はそう簡単ではなく。


ほんたい』が滅ばない限り、あの呪いは解けない仕組みだ。

いや、解けたとしても、瞬時に再発するというべきだろう。


そして、本体コアは、この世とあの世の境界にある。


物理ハンマーだけでは、届かない。

浄化や祓魔の天恵ココロでなければ届かない。



「――……やはり本業てんけいで戦うしかありませんか」



しかし、ふと脳裏をよぎる。


いや。


そうだ。


実体の無いものにも……ハンマーを届かせる方法はある。




今、ヘレニウムが握るハンマーは、普通の金属で出来た武器ではない。


ウガヤ銀は、言わばミスリルの上位品種――。

魔法伝導率が良く、魔法付与士エンチャンターに必須と言われるミスリルの、その上を行く素材だ。


普通の武器なら、耐えられずに溶けるかもしれないが――。


「あのポンコツ鍛冶師が作ったナマクラでも、1発くらいなら耐えれるかもしれません……試してみますか ――『力天使級ディーナミス夜明けの太陽ソル・アプリティタス』!!」


本来は、アンデッドに夜明けの太陽光を照射して浄化するための『天恵』だが。

ヘレニウムはそれを自分に放った。


光の柱がヘレニウムの身体に降り、その身を輝きで包み込む。


そして、その陽光をハンマーにかき集めた。


しかし、真っ赤なハンマーは、ガランティンでの激闘の結果もありずいぶんと摩耗している。

その上で、示現強化のかかった『天恵』を帯び、ハンマーはグツグツと沸騰したかのような不安定さを醸し出していた。


「――……やはり、もって一撃という所ですね」


光り輝く戦槌を手に、ヘレニウムは、四脚六腕の巨躯ウォーデッドグラージを見上げ、睨み付ける。




……ヘレニウムの視線の先。


そこに、何度も槌を叩きつけようとした『核』がある。


そしてその魂の形……それは『手紙』だった。

巨大な骸が抱きかかえていたのは、一通の『手紙』だったのだ――。



そこから漏れだしているのは、怨念と言えば怨念だが。

ひとえに純粋な願望ともいえるものだ。


ヘレニウムにその詳細はまでは読み取れないけれど。

戦没者が想う言葉は多くない。


それにずいぶん永い月日が流れている筈。


眼を閉じ、想う――。



――もう十分でしょう。




あなたは、そろそろ愛する人の元へ、行くべきです。



ひと時の黙祷が終わり。



そして。



ヘレニウムが跳ぶ。

その巨躯の、上半身に向けて。

強化された強靭な脚力でもって。



振りかぶり、叩き込むのは。


今しがたの思い付き。


『天恵』と『戦槌』の合わせ技――。


名付けて。


「『天意真明打』!!」










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