『神官少女と、刀剣の鍛冶師』



とある山奥。


そこにぽつんと立つ、石造りの家屋。


その煙突が、黙々と煙を吐き出している。


今日も今日とて、今朝もその姿は変わらない。


その家の扉を。

そっと開けるのは、真っ赤なカソックに真っ白な甲冑を身に着けた、小柄な少女だった。

少し開いた扉に滑り込む背中を、白金色の長い髪が、スルリと追いかける。



一歩入れば。



室内は、まるで地獄の熱気だ。




かきん、かきん、



と甲高い金属を打ち鳴らす音が、周囲の石壁に反響して響く。

そしてなにより、その部屋に充満する熱気は、尋常な物ではない。


なぜなら、そこに住む低身長のオヤジの職業は、鍛冶師だからだ。


真っ黒なヒゲに、禿げた頭のオヤジは、良くドワーフに間違われるが、れっきとした人間だ。


耳は長くも尖ってもいない。


なのに、耳は良かった。


カキン、カキン、ジュウウゥゥ。


仕事中の騒音の中でも、少女の足音に気づくのだから。


かつん、と石の床を踏み鳴らす、足音に――。


「……どうだった? 手に入ったか?」


背を向けたままのオヤジは、そんなイキナリな質問をする。

傍に着た少女に対して。

しかも仕事をしながら。


けれど少女も、いつもの通りと言った感じに受け応える。


「いいえ。次の分は別のところで調達します」


「そうか」


 玉箸たまばしで挟んだ赤熱する刀身を、冷水に着ける作業をするオヤジ。

それを見る、少女の眼が細められ、蔑むような形になる。


「また、ツルギを作っているのですか」


 それに、ハッ、と嘲笑を含む言葉で、オヤジは返す。

「当然だろう? 俺は刀剣鍛冶だぜ? 他に何造るって言うんだ?」

 

 ふたたび、トンカンやりだすオヤジの背中を少女は見つめながら。


「私には、そんなものを求める者の気持ちがわからないです」


「気持ち、っつうか、一般論だな。ま、とりあえず武器っつったら、『ツルギ』を選ぶもんだろ? なんせ冒険者が買う武器っつったら、『ツルギ』ってのが相場だぜ? おめえは知らないだろうがな」


 皮肉すらどこ吹く風で少女は言う。

「つまり、考えなしが使う、頭の悪い者の武器ということですね」

  

 あまりの物言いに、オヤジは思わず笑ってしまう。

 が、作る側にはどうでもいい話で。

「いいじゃねえか、なんでも。とにかく、一番儲かるブツなんだよ、こいつが。鍛冶師にとってはな」


 そして少女は周囲を見渡し。

「ところで、私のハンマーは?」


 少女のその質問に、オヤジは目を少し泳がせる。

「ああ、一応、また作ってはみたが……な」


 泳ぐオヤジの視線の先に、壁に立てかかっている一本のハンマー。

 それもまた真っ赤な色彩で、形状は、現在少女が使っているモノにとても似ている。


 だが……、少女がそのハンマーに近づき、手に取れば解る。

 試しに振ってみればさらにわかる。

 

 重心やらなにやらが、少しづつ違っていて、全体的に完成度が低いと感じさせる出来だった。つまり、ガラクタの部類だ。 

 ――ちなみにこれは、神官少女の感性の話であり、一般的には『普通』と言う出来栄えだ。

 だが、少女にとっての『普通』は、『ガラクタ』に分類される。

 

「これも、使い物になりませんね」

 

 ぐっ、とオヤジは悔しそうな顔をする。

 それに、ハァ、とわざとらしく少女は溜息を吐く。


「――腕利きだと聞いたのに、やはりポンコツですね。何度材料を無駄にするのですか?」


「うるせぇ! 刀剣鍛冶に、ハンマー作れっていう方がどうかしてんだよ!」


「やるといったのはそっちです」


「……そりゃそうだがよ」


「次の分の材料はあるのですか?」


「あと1回分くらいはな……。いざとなりゃ、今までのガラクタを溶かし直すさ」

 

「そうですか。次は、期待しておきます」


冷たい語調で。

そう言って、少女は鍛冶小屋の奥に向かう。

なぜなら、鍛冶小屋の奥に続く廊下を抜け、外に出れば、別の家屋があり、そこが住居になっているからだ。

その二階に少女の自室がある。


つまり、少女は、この鍛冶屋に住んでいるのだ。


「ったく……相変わらず頓珍漢なやつだぜ」


作業を続けながら。

オヤジは、神官の少女がやってきた時のことを思い出す。





――――



ふたりが出会ったのは、4か月ほど前の事だった。


ある日、いつものように鍛冶仕事をしていたオヤジ……ストックの所に、神官少女ヘレニウムがやってきた。


聞けば、街の武器屋に卸している武具を見て、訪ねてきたという。

そして、ヘレニウムは、ストックに『壊れたハンマーの修理を依頼したい』と言った。


だが、使い込まれたその武器は、すでに摩耗が酷く、ストックは買い替えたほうが良いと勧めたのだ。


そしてその流れで、ストックがハンマーを一本作ることになった。


ストックは刀剣専門の鍛冶師だが、ハンマーはもちろん、ある程度の防具や服も作成できる。


なので。

ストックは、ハンマー一本くらい、朝飯前だと思って軽く引き受けたのだが。


出来上がった新品のハンマーを受け取ったヘレニウムの開口一番はこうだった。




「――なんですかこれ? ゴミですか?」




その一言に、仮にもプロであるストックがショックを受けたのは言うまでもない。



実際。

ハンマ―は刀剣とはまるでちがう。

形状も使い方も違う武器だ。

刀剣を作るのとは根本が違う。



だが、刀剣専門を名乗るストックは、他の武器だってそれなりに自信を持っていた。

しかし、ヘレニウムの言葉は、ストックをさらに打ちのめす。



「ガッカリです。街で腕利きの鍛冶師だというから来たのですが。――こんなガラクタを自信満々に渡してくるとは思いませんでした」



一応。

ストックの作ったハンマーは十全にハンマーとしての働きが可能な出来栄えだった。

一般の武器屋に並べても見劣りはしないクオリティがあった。


しかし問題はそうではない。

料理に例えるなら、一般大衆なら美味しいと言うであろう品だったが、舌の肥えたグルメを唸らせるほどの、味ではなかった。

そういうことなのだ。


そして、ストックは職人だ。

プロだ。

グルメを唸らせる料理を出すべき、専門職なのだ。


元々刀剣鍛冶のストックにとって、ハンマーは畑違いだとしても。


失望しました、と立ち去ろうとする少女を、思わず呼び止めたのはストックだった。


「――まちな。もう一度作り直す、明日またこい」


「……解りました」



――そんな感じで、再びストックはハンマーを作るのだが。


「……以前とどこが違うのです? ゴキブリとコオロギほどの差ですか?」


「ぐぬぬ!」



このやり取りが、かれこれ4か月続いているという事だ。


その中で、ヘレニウムは資金と材料を調達する。

ストックはハンマーを作る。


という流れが出来上がり。


一か月ほど前に。

いちいち足を運ぶのが面倒だからもう『ここに住む』といって、ヘレニウムは鍛冶屋に転がり込んできたのだった。




――ちなみに、今ヘレニウムが使っているハンマーは、ストックが作ったハンマーの中でも、『まだマシ』というレベルのモノを仕方なく使っている。


そして、ハンマーの色が赤いのは、ヘレニウムが入手してくる最高級素材『ウガヤ銀』という緋色の銀を使用しているせいだった。



ヘレニウムが住み着いてからそろそろ一か月ほどになる。



最初は厄介者とおもっていたストックだったが。

ヘレニウムは意外にも家事ができる子だった。

しかも、その辺の森で、自分で獲物を狩ってくるほどに強い。



――――



作業を続けるストックが、言葉を零す。


「……さぁて、確か今日はボタン鍋だっつってたかな……」



今ではストックも、毎晩のヘレニウムの料理を楽しみにしている。

毎度毎度、渾身の出来と思うハンマーをコテンパンに言われる以外は、もう慣れた物だった。












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