『赤い神官の噂』



「ういっす」


入店すると同時。

商品の在庫チェックをしていた武器屋の店主は、

青年の気さくな挨拶に、朗らかな笑みを向ける。


「おお。なんだ、テッドじゃないか。久しいな」


「おやっさんも、元気そうで何よりだ」


「元気なもんかよ、最近は年を感じる一方だぜ」


そう言って笑う、ロマンスグレーにヒゲを生やした武器屋の店主は、青年のなじみだった。



「今日はどうした? メンテナンスはこの前やっただろう? 予備か何か買いに来たのか?」


「いいや」


青年は、暗い表情で、背負っている大剣を鞘ごと下ろすと、そいつを抜いて、店主に見せる。

鞘をがさがさと振ると、奥から折れた刀身も、カウンターの上に零れ落ちた。


がちゃんと。


「ご覧の通りさ」


「うわっ。こいつぁ……ひでえな」


刃こぼれも尋常じゃないが、完全に折れた大剣に、店主はややドンびく。


「ドラゴンとでも戦って来たのか?」

 そんな茶々に、青年はますます気を落とした。


「オレにそんな実力が無いことは良く知っているだろ。――ムカデだよ。シデの森の奥に居るやつ」


「ああ……なるほどな。あいつは、駆け出しの冒険者じゃ、苦労するだろうな。ましてやソロだろう? 皮が高値で売れるっていうんで、狙う輩はそれなりに居るが……」


店主は、折れた大剣を見て、わずかに首を振る。

もう、買った方が早いくらいの壊れっぷりだ。

そして同じものを買おうとすれば、それなりの金額になるだろう。


「……とんだ赤字になったな、テッド」


「まったくだ」


「金はあるのか?」


「無くはないけど……」


 青年の視線が、武器屋の壁にかかる、ピカピカの両手剣に向く。

 そこで。


 なぁ、と青年は声に出す。


 ん? と店主が反応して。


「――次も剣でいいと思うか?」


 え? と店主は生返事を返す。


「剣は、軟弱ものの武器……そう思うか?」


 大丈夫か、青年? おかしなものでも食べたのか?

 今更、中二病なのか? もう20だろう?

 そんな心配の全てを映す店主の表情は、ひどく哀れみを帯びていた。

 

「急にどうした? 水でも飲むか?」


「森で会った女に言われたんだ。『次も、剣を買うのか』、って。『軟弱ものには似合いの武器だ』って」


「へぇ……剣が軟弱、ねえ」


「どう思う? 専門家さん」


俺は売ってるだけで、専門ってわけじゃねえけど。

と店主は苦笑するが。


「……軟弱かどうかは別として。冒険者ってのはだいたい剣を買っていくやつが多いけどよ。乱暴に扱えば曲がるし、刃こぼれや、破損の心配が常に付きまとうだろ? 金がない冒険者が買う武器としちゃ、ハイリスクだとは思うぜ。ま、俺は欲しいと言われたら、売るだけだけどな」


「なるほど」

青年は、まさしく、刃がこぼれて折れてしまった自分の剣を見る。


「――で、どんなやつなんだ、そんなことを言う女ってのは? シデの森で会ったっていうなら、そいつも冒険者なんだろ?」


「う~ん、まあ、冒険者って言うか――」


青年は、その時に出会った少女の出で立ちを、武器屋の店主に説明した。


すると、とたんに、店主は頭に手を当てて、あちゃーって感じのポーズをとる。

紅い聖職者の服に、赤いハンマー、十字架文様の盾、そして、高位神官の帽子。

その特徴に、店主は心当たりがあるらしく。


「そりゃ……間違いない。『赤き鉄槌のヘレ』だな」


「ヘレ? なんだそれ」


「本当の名前はヘレニウムっていうらしいが。知る人ぞ知る変人さ。なんでも、首都グラッセの教会から、こっちの辺境まで修行に来たって話だ。――が……実際には扱いきれずに追い出されたって、噂だ」


「へぇ、それで今は冒険者してるっていうのか? あんな高位の神官なのに?」


「まぁ、ヒトにはいろいろある。そういうことだろう。もっと知りたきゃ、酒場のバーテンにでも訊くんだな」


そう言って、店主はそれ以上、『ヘレ』について話すことは無かった。


「……で? 何を買うんだ?」


そこで青年は思い出した。


「ああ、そうだったな――、どうしよう」

 

――迷った末。


青年はやはり両手剣を買うことにした。

いまさら、積み上げた剣の技術を犠牲には出来ないからだ。


だが……予備として、片手用のメイスも買った。

それで、青年――テッドの所持金は、かなり寂しいことにはなったのだが――。




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