第5話 出会い

それは真冬の寒い日の事だった。

一部では雪が降っていると、天気予報が伝えている。

ゆう気はその時、場末のクラブで働いていた。

そこにお客さんとして、飲みに来たのが山田大介だった。

彼はいつも疲れた顔をしていた。

簡単に料金の説明をしていると、ゆう気に聞いた。

「ーー指名なんてあるの?」

「はい。ありますよ」

「じゃ君でいいよ。指名するからおいで」

「ありがとうございます」

一目見た瞬間から、変わっている。

仕事じゃなければ関わりたくない人だ。それがゆう気の中で、彼の第一印象だった。


「こんばんは」

物珍しいものを見るようにして、彼の顔を見上げた。

「よかったら何か飲み物持っておいでよ」

「ありがとうございます」

席を離れ、ゆう気はドリンクをオーダーする。

当たり障りのないところから、共通する会話を探していく。

彼は疲れきった顔をしているだけで、話してみると、意外にも普通の人のようだった。

会話も普通に繋がるし、イヤなお客様ではない事がその日のうちにわかった。

「彼女はいるんですか?」

なんて興味もないクセに聞いているのは、ゆう気の方だった。

「彼女なんてそんなーー忙しくて、それどころじゃなくて、、」

彼はうつむいている。

相当忙しいのだろう。座っているそのシルエットがとても淋しそうに見えた。

その姿が妙にゆう気の記憶に刻まれている。それはいつもの事だった。ゆう気は一度席に着いて会話をしたら、人の顔は忘れないーー。

それが二人の出逢いだ。

店で大介と一緒に飲む事が増えていく。

大介と知り合って、3ヶ月ほど経った頃。ゆう気はアフターをするようになった。

そんな時だった。真夜中の飲み屋をはしごして、その帰り道に元恋人の山崎拓海に会ったのはーー。

拓海は泥酔している。

「ーーどうゆう事だ?これは?」

喧嘩口調で拓海が言う。

「ーーどうもこうもないでしょ?あなたとはもう終わったんだから?」

「終わった?よく終わったって言えるな!!俺がまだ納得してないのに?」

ゆう気の右の頬に、鋭い痛みが走った。

痛みが走った方の頬を撫でる。

ーー血だ、、。

突然の事だった。

一体、何が起きたのか?ーー理解するまでに時間がかかったが、私はどうやら切りつけられたようだ。

頬に赤い血が滴り落ちている。

「あんた誰だ?」

突然、ゆう気を切りつけられた事で、普段は温厚な大介が感情を露にしている。

「ーーこいつの彼氏だよ」

チラッとゆう気を見ながら、拓海が言う。

「ーーへぇ。彼氏ねぇ、、」

まったく興味なさそうな表情。

大介は続けて言った。

「彼氏ってのは好きな女をどこまで護れるか?ーーだろ?好きな女を傷つける男に、彼氏を語る資格はねー」

そう言って、拓海の胸ぐらを掴み馬乗りになって大介は思い切り殴り続けた。

拓海の手からナイフが転がり落ちる。

すかさずそれを拾った大介は、拓海の首筋にそれを押し付けると言った。

「ーーいいか、もう二度と彼女に近づくな。次はお前を殺す」

大介のその表情は冷静で、残酷に見えた。

「覚えてろよ」

捨て台詞を残して、拓海は弱々しく走り去っていく。

「ーーごめんね。それとありがとう」

ゆう気は小さく頭を下げる。

「気にしなくていい。ゆう気は悪くない。俺の方こそ感情的になって、怖い思いをさせてしまってすまない、、」

そう言って、大介は優しくゆう気を抱き寄せた。

「こんなタイミングで言うのもなんだけど、、俺はゆう気の事が好きだ。もし、特定の人がいないのなら、俺と付き合ってほしい」

「ありがとう」


それから半年後。

早くも二人は男女の関係へと発展していた。

大介は拓海とは正反対の男だ。

拓海といると息苦しい毎日だったが、大介は毎日のように傷ついた心を癒してくれる。

ゆう気には大介との生活が幸せに思える。

そんな風に思いながら毎日を過ごせるのは、ゆう気の人生では初めての事だった。

そんな暮らしが始まって、ちょうど一年目の記念日の前日の事だ。

突然、ケータイが震えた。

ディスプレイには名前は出ていない。

「もしもし」

緊張気味な声で対応する。

「もしもし、こちら××病院ですが、土屋ゆう気さんですか!?」

「はい。そうですが何か?」

「山田大介さんの彼女さんですか?」

「ーーはい。大介に何かあったんですか?」

「はい。過労で倒れまして、今意識不明の重体ですーー××病院まで来る事は可能ですか?」

「ーーすぐ行きます」

「お待ちしています」

まだ時刻は夜の八時を回ったばかりだった。

ーー大介が倒れたなんて、、。信じられない、、。

××病院へは、歩いても10分弱で着けるはずだ。急いでゆう気は家を飛び出した。

10分弱の病院までの距離が、すごく遠く感じた。ーー大介が待ってる、、。

病院に到着するとナースセンターに行き、大介の病室を尋ねた。

大介が眠っている病室につくと、ゆう気は何度も大介の名を呼んだ。

涙が溢れてくる、、。

医師が病室内に入ってきた。

「山田大介さんの恋人のゆう気さんですね?」

「はい」

「こちらへどうぞ」

医師に誘導されるまま、カンファレンスルームへと入っていく。

「ーー山田大介さまですが、意識を失って倒れる前に、あなたの名前を呼んでいたそうなので、あなたにご連絡させて頂きました」

「はい。ご連絡ありがとうございます。もー何が何だかよくわからないんですが、、どうしてこうなったんですか?」

「過労ですね、、働きすぎです」

「今はどうゆう状態なんでしょうか?」

「言いにくい事なんですが、、今、大介さまは心肺停止状態になっていまして、全力を尽くしていますが、それでも今日、明日が危険な状態です」

ーーそんな、、。

ふらついてゆう気は倒れた。

看護師がゆう気に駆け寄る。

「土屋さん、、土屋さん、、大丈夫ですか?」

呼び掛けに応答はない。

脈を計り、医師が診察する。

一気に疲れたようだ。

栄養剤を点滴して彼女を横にならせる。精神的な疲れだろう。

「彼女の方は、すぐに目覚めるだろう」と医師が言った。

30分もすると彼女は目覚める。

「ーーここは?」

意識が呆然としている。

「病院です。もう大丈夫ですよ」

「大介、、大介は?」

「山田さんはまだ眠っていますが、大丈夫ですよ」

「さっきの看護師さんは、心肺停止状態で、今日明日が危ないって、、」

まるで口答えする子供のように、ゆう気はボソボソと呟いている。

「ーー大丈夫。あなたが待ってるのは彼も分かってるから、心配しないで」

ゆう気の手を握りながら、看護師は安心させるように言った。

「ーーそう、、ですよね?」

ゆう気は病室を出て、大介の顔を見に言った。

彼は眠っていた。その隣で心電図の音が不気味な音を立てている。

「ーー大介、、目をさましてよ」

ゆう気の大きな目に涙が溢れてきた。

声も発する事もなく、ただ眠り続ける大介の手はまだ温かい気がする。

ーーこのまま消えてしまいそうな程にか細い、大介の命の光が見えた気がした。

「ーーお願い。大介、、戻ってきて」

眠っている大介の横で、彼の顔を見ていると頭がどうにかなってしまいそうだった。

屋上に行って、夜風に吹かれよう。

そう思って、ゆう気は屋上に向かった。

無限大に広がる夜景が、ゆう気を迎えてくれているように思えた。

柔らかい風が吹いてる。

ゆう気はフラッとよろめいた。

足を踏み外し、ゆう気は四階建ての病院の屋上から、地面へ一直線に落ちて行く。

その時、大介の温かい声が聞こえた気がした。

「ーーこっちへおいで」と。


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