第37話 潮時

 俺は膝を曲げて軽く力をため、とんっとその場で跳躍した。


 次の瞬間、俺はクイーンアラクネの上半身のすぐ目の前にいた。


 剣を持つ右腕を背中の後ろまで引いて、静止。


「ふっ」


 わずかに息を吐き、剣を右から左へと横に振った。


 クイーンアラクネは潰れた片腕で防御しようとした。だが俺の剣は、そのガードごとクイーンアラクネの頭部を切り飛ばした。


 勢いよく噴き出す体液。


 バックステップでそれをかわすも、少し被ってしまった。最悪だ。


 頭部を失った人型部分は力をなくし、だらりと蜘蛛の背中に体を預けた。


 これで魔法攻撃はない。遠距離は糸だけになった。


 ――さて。


 三人が戦っているもう一体のクイーンアラクネを見据え、再度跳躍。


 大きく開いていた距離は一気にゼロへ。


 注意をレナたちに向けていたクイーンアラクネは、こちらも剣の一振りであえなく頭部を失った。


 ふむ。やはりこの姿だと余裕だな。個体差はなしっと。


 すたっと三人の近くに着地する。


「なっ!?」

「……一撃」

「はあんっ! 素敵ですわ!」


 なんだか変な奴が混ざっていないか。


「今度は蜘蛛の方を観察するから、またしばらく相手を頼む。下だけならまだいけるだろ。次は攻撃もしていいぞ」


 三人に指示を出し、元の方の蜘蛛の所へと戻る。


 上半身を倒されたクイーンアラクネは怒り狂っていて、前の二本の脚を振り上げて猛進してきた。


 俺は横に走ってよけたが、クイーンアラクネは残り六本の脚で素早く横移動に切り替える。


 串刺しにせんとばかりにとがった脚が頭上から振り下ろされた。


 それを剣で防ぐ。


 刃を立てて当てたのだが、刃は甲殻を滑り、ガギャッと嫌な音を立てた。


 硬いな。


 オーラをまとわせてても傷もつかないか。


 後ろに跳んで距離を稼ぐ。


 が、それは一瞬で詰められた。


 二本の前脚の同時攻撃を剣で弾いてやり過ごす。


 すぐ目の前でかぱりと口が開き、糸が飛び出してきた。


 さすがにこの距離ではよけられない。


 べとりと体に巻き付く糸。身動きがとれなくなる。


 クイーンアラクネの開いた口が頭に迫る。


 その顔を、逆に俺は縦に切りつけた――糸を力技で振り切って。


 あいつらには無理でも、身体強化をした今の俺には余裕だ。


 しかし、やはり刃は通らない。ガキンと防がれてしまうだけだった。


 人型部分同様、蜘蛛部分の物理防御力も上がっているようだ。


 横に走りながら試しにいくつかファイア・ボールをぶつけてみたが、その程度ではなんのダメージも与えることができなかった。


 横目で、シェスが地獄の業火ヘル・フレアで甲殻をわずかに破壊しているのを見る。


 シェスでもやっとか――。


 一応効いてはいるが、地獄の業火ヘル・フレアを放つたびに魔力ポーションを摂取していた。魔力消費量が多すぎる。倒すまでにポーションの方が尽きるだろう。


 床に並べてあったポーションは、いつの間にかほとんどなくなっていた。


 補充に行っているのは一番素早いティアだ。頃合いを見て二人に渡していた。特性を活かしたいい動きだ。


 だが、並んでいるポーションの中に、全然減っていない物があった。


 毒消しのポーションだ。


 こいつら、まだ毒攻撃をしてきていない……?


 そう思ったとき、レナとシェスの悲鳴が響いた。


「ティアっ!」

「ティアさんっ!」


 ティアが床にバタリと倒れていた。頭から紫色の液体をべったりとかぶっている。クイーンアラクネの毒液だった。


 レナがポーチに入れてあった毒消しをティアにかける。


 ティアのしびれはすぐにとれ、よろよろと起き上がった。


 だが、それを合図にしたかのように、二体のクイーンアラクネが口を上に向け、毒液をばら撒き始めた。


「うおっ」


 さすがの俺の身体強化も、頭から被るだけの量の毒液の無効化まではできない。


 なんとか避けはするも、床からびちゃびちゃと跳ね返ってきた飛沫が体に付着して、動きがにぶくなる。


 走れば毒液の水たまりを踏みつけることになり、さらに毒液を浴びることとなった。


「ティア、シェス……」


 呟きを拾って視線を三人の方に向けると、先に倒れた二人をかばう様に、レナがその上に倒れた所だった。


 手持ちの毒消しのポーションを使い切り、ティアの補充が間に合わなかったのだ。


 即死するような毒ではないし、時間がたてば回復するが、この状況では回復する前にクイーンアラクネに食われて死ぬ。


 俺も最速では動けなくなっていて、毒消しのポーションを使ったとしても、いずれは三人と同様に倒れることになると思われた。


 俺の剣の腕じゃこの蜘蛛には刃が通らない。


 三人の中で一番魔法が得意なシェスでも太刀打ちできなかった。


 びしゃっと毒液が降ってきて、まともに頭から食らった。


 潮時か――。


 俺はレナたちの横に着地して三人に毒消しをかけると、剣をさやに戻した。


 体にまとっている黒いオーラを消す。


「あんた……何を……」


 三人の絶望した目が俺を見上げてきた。


 諦めたと思ったのだろう。


 しびれが全身に回る前に、自分にも毒消しを使う。


 俺は二体のクイーンアラクネをにらみつけ、魔法を使うために魔力をり始めた。


 制御を外れた魔力が体からあふれ出す。


 それは炎のように、体の周りを螺旋らせん状に渦巻き立ち上った。


 クイーンアラクネたちの毒液と糸が俺を襲うが、赤い魔力の奔流ほんりゅうに弾かれて俺には届かない。


 下からあおられた髪の毛が暴れ、ぱたぱたと上着がはためく。


 俺は、開いた両手をクイーンアラクネに向かって伸ばした。


炎の葬送メソレム・フレマ


 ぐっと両のこぶしを握りしめると、二体のクイーンアラクネの体が内側から弾け飛び、立ち上った巨大な炎の柱が高い天井を焦がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る