第36話 正体
俺はクイーンアラクネの力を測りながら、もう一体を任せた三人の方も横目で確認していた。
すると、急にレナの動きが悪くなった。
それはそうだ。
ポーションで傷は治り、多少体力も回復するとはいえ、休みなく剣を振っていればどうしても疲れはたまっていく。
レナの実力だと、クイーンアラクネ相手ではじっと防御に集中していたってキツいはずだ。なのに攻撃までするのは無茶だ。
次第に攻撃が
あーあ、言わんこっちゃない。
クイーンアラクネの目が、だんだんとティアやシェスへと向かい始める。
それに気づいたレナは
しかしついにレナの足はいう事を聞かなくなり、クイーンアラクネがシェスに向かって吐いた糸を防ぐことができなかった。
シェスはその糸を間一髪、自分の防御魔法で防ぐ。
が、続けてウォーター・ボールがシェスに向かって放たれようとしていた。
クイーンアラクネのウォーター・ボールが五個も直撃すれば、さすがにシェスの命が危ない。
レナが防ごうとしたが、その剣は届かない。
ティアも走り寄ってきてはいるが間に合わないし、間に合ったとしても、犠牲者がシェスからティアに変わるだけだ。
仕方ない。
俺は身体強化のレベルを上げ、シェスを助けに行った。
――その結果が、これだ。
レナはぽかんとした顔になり、ティアは目をぱちくりさせた後に何だか納得したような表情をして、床に下ろしたシェスはキラキラした目で俺を見上げている。
ボス部屋にいるってことを忘れてるんじゃないか、こいつら。
まあ、あの夜の話に出た大厄災の生き残りが、まさか俺のことだとは思ってもいなかっただろうから、当然の反応っちゃそうなんだが。
やっぱここまでオーラ出すとバレるよなぁ。できたらこの姿にならずに終わらせたかった。
せっかくオーラの色が分からないように身体強化も最小限にしてたってのに。
いや、まだ誤魔化せる。たぶん。
「いいかげんに戻ってこい」
パンッと手を叩くと、三人がはっと我に返った。
「あああああんた、一体何なのよっ!」
だから人を指差すなっての。
「何って、ただの案内人だが?」
「ただの案内人は、
おっと、しまった。タグが出てたのか。くそ。
「見なかったことにしろ」
「みっ、見なかったことになんてできるわけないでしょ!? 大厄災の英雄なのよ!?」
「……無理」
英雄か……。そんなカッコいいもんじゃない。
「とにかく、俺はまだクイーンアラクネを観察したいから、もう少し引きつけといてくれ。ギルドに報告するために強さと動きを見極めないとならない。できるな?」
俺は案内人であって冒険者ではないんだが、こうなっては仕方がない。やるしかなかった。
三人に言い聞かせるように言いながら、俺は飛んできたクイーンアラクネの糸を斬撃で防ぐ。
さっきから糸だの魔法だの飛ばして来やがって。いい加減
「でっ、できるわよっ!」
いいお返事だな。勢いでだけだとしても、この状況でやれると言えるなら大したもんだ。
「いいか、お前は今度こそ防御に徹しろ。二人に負担をかけるなよ。攻撃なんてしなくていいから、とにかく守れ」
「わかったわ……っ」
レナは悔しそうにしていたが、今度は俺の言葉の通りにするだろう。
「お前らも、身を守るのが最優先な」
「……わかった」
「わかりましたわ、
ティアは普通にうなずいたが、シェスは胸の前で手を組み、きらきらとした目をやめない。
「……その呼び名はやめてくれ」
恥ずかしすぎる。定着した理由が謎だ。誰か突っ込めよ。
名付けた奴を殴ってやりたい。というか実際俺は殴りかかったのだが、避けられた。
「わかりました。
シェスは名前を繰り返した。
全然わかってないな!?
「はぁ……」
俺は諦めた。
四人集まったことで様子見をしていた二体のクイーンアラクネが、そろそろ
本格的に攻撃を加えてくる前に、解散した方がいい。
「じゃあ……戦闘再開」
もう一度手を叩いて三人に開始の合図をする。
そしてクイーンアラクネの片方に照準を定め、跳躍。一息で相手の
横腹を狙った回し蹴りは、しかし腕で防がれる。
それでいい。俺はこいつの意識を自分に向けたかっただけだ。
着地して、三人から離れる方向へとクイーンアラクネを引き寄せる。
もう一体はシェスが魔法で誘い、俺たちは再び二手に分かれる形となった。
巨大な人型部分に蹴りで攻撃を加えつつ、観察を続ける。
動きは通常の
だが、ダメージの通り具合が悪い。
物理防御力の強い蜘蛛部分はおろか、人型部分にもなかなか傷をつけられなかった。
通常なら、ここまでの姿にならなくても、腕の一本や二本簡単に斬り飛ばせたはずなんだが。
そう思いながら、俺は強化した脚の筋力を使って高く跳び上がり、ひゅんっと剣を振り抜いた。
拡張したオーラをまとって黒くなったその刀身は、防御の構えをとったクイーンアラクネの前腕を
ふむ。硬くてもオーラを使えば余裕か。
絶叫し、体液をまき散らすクイーンアラクネ。
俺は体液を避けるために空中で体をひねって着地した。最終的に倒せば霧となって消えるとはいえ、モンスターの体液を被るのは心地いいものじゃない。
ざっと後ろに跳んで距離を稼ぎ、連続して吐き出される糸をかいくぐって走る。
地面に張り付いた糸は、面倒だが
蜘蛛の脚を足場に軽く跳び、今度は頭部に回し蹴りをお見舞いした。
強烈なその一撃は残った片腕でガードされるが、ぐしゃりという骨の潰れた感覚が足に伝わってくる。
と同時に目の前に現れたのは水の球。
超至近距離で放たれた大きなウォーター・ボールを、顔の前に十字に掲げた腕で防御する。
衝撃が俺を襲い大きく吹っ飛ばされるが、ダメージはなかった。こちらの防御力も負けてはいない。
くるりと一回転して着地。
ちらりと三人の方を見れば、その表情こそ厳しいものの、完全な防御型に移行したことで、まだ持ちこたえていた。
レナの動きに余裕が出てきたことで攻撃を浴びずに防げるようになり、二人も自分の役割に集中できている。
とはいえ、無限に耐えられるわけでもない。ポーションにも限りがある。
そろそろいいか。
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