いろいろあった一日

 朝からみんなが廊下に群がっていた。僕も何事かと背伸びをしてみると彩花が要君を前にいきり立っている。


「あなたでしょ!ったく勝手なことを。どうしてよ。私のことなんて好きでも無かったんでしょ。この卑怯者!無礼者っ!別れるわっ。別れてあげるわよっ。こっちから願い下げよ!」


「どうしたの、彩花。俺はなにもしてないよ」


「......二度と私の彼氏ヅラなんてしないでちょうだい」



 ◇要


 あーあ全ておじゃんかよ。アイツのせいだ。

 彩花にチクるとは大した度胸。


 俺はモテるよ、爽やかイケメン。だいたい目が合って微笑んでりゃ『好きです』を言わせる男さ。

 ただ愛だけは無反応。その現実がいつも俺を不機嫌にさせる。

 愛にヤキモチ焼かせようと彩花と付き合ったけどさっそれでも無反応。

 表向きは、彩花に『愛へのいじめやめて欲しけりゃ私と付き合って』と脅されたことになってる。


『哀れな彩花の名ばかり彼氏』上手いことやって来たのになあ。


 彩花は男子からすれば優良物件。美貌、金、地位。

 俺は女子から人気がある。


 彩花の名前使って天下とって、愛がひとりぼっちになって絶望した時にさらっと持っていこうと思ったのにさ。


 絶望の後に触れる優しさは格別だからね。


 あんな高飛車な彩花だってちょっと冷たくして、優しくしたら甘えてきてさ。別にどうでもいいけど、優越感は癖になるよね。


 なんだ、あのモヤシ野郎、化けちゃって邪魔だな。しかもいじめに耐性があるみたいだしさ......気持ち悪い。



 ◇




 何がどうなってこんなド派手なやり取りを廊下でするのだろうか。彩花と要くん.....理解の域を超えた。

 陽キャの行動力はかなりハイレベルである。



 僕の横を通りすがりざまに「チッ」と要くんは舌打ちした......こわい......。

 爽やかイケメンの舌打ちは、鳥肌ものであった。


 彩花誕生会で要君が愛を慰めようとしたから?要くんは愛が僕と帰ったから?

 付き合ったことも別れたこともない僕にはカップルの別れ話なんて理解不能......。

 そもそも彩花はあの犯人は見つけたのか。え?!


「ムスコ なに?どうした あれは?別れたの二人?」

「さぁ」

「え お前のせい?」

「いや 僕は何も......たぶん」



 ☆



 今日は昼休みに愛が見当たらない。さっきまで教室にいたはずが、僕の御小水タイムの間に消えたのだ。


「春斗 愛は?」


「さっき要くんに呼ばれてたみたい」


「え 要くんに」


 僕は厄除けの名にかけて校内を這いずり回る。居ない。中庭にも図工室前にも.....屋上?

 僕は屋上へ上がる。


 居た。

 キラキラした二人が居た。少し強い風に艶のある黒髪が揺れている。遠くで.....僕の手の届かない場所で。

 なんだろう なんか 痛いよ。どっかが痛い。このへん.....。


 いざ見つけても、目視で居ました確認だけして僕は屋上の隅から音を立てずに退散した。

 得に困った様子も無かったし.....。



 ☆




 帰り道僕らはいつもの3人で歩いていた。

 と、「やべっ俺 うんこ 先行ってて学校戻るわッ」

 春斗がへっぴり腰全速力で戻っていった....


「春斗はもはやイケメンキャラ剥奪だね」

「はは そうだね」


 まただ、また会話に困るのだ。どうしてこう愛の前ではナチュラルに振舞えないのだろうか。いや、僕がナチュラルな時なんてほぼないけど。

 しかも屋上の事が気になって気になって。だからといって何も聞けなくて.....。

 そんな事を考えてやっぱり美しい愛に見惚れながら歩いていたら、頭ボサボサ眼鏡の他校の高校生が僕の前に立った。

 そして、おぞましい顔をこちらに向けた......。


「お前が山本太陽か」

「え 誰」


 と、次の瞬間みぞおちと右足に痛みが走った......

 僕は生まれて初めて殴られ蹴られたのだ。


「......いったぁ......愛 走って」


「ひゃひゃひゃ 弱っ やり返さないのか 足りねーか」


 なんだこいつは、エセ陰キャか.....。


「あんた 止めな 警察よんだから」


 と愛が静かに言った。え?警察呼ぶぞじゃなくて、呼んだ?


 ウ――――――ッ すぐにパトカーが来た。

「はいはいー喧嘩はやめようね。学生証だして、君、大丈夫かな?」


「う゛ いきなり俺の女みんじゃねーって殴られたんです.....どこの誰だか知りません。」とそいつはいつの間にか地面で悶苦しんで迫真の演技を見せた。


「いえ、いきなり殴られたのはこっちです」


「あのお 私みてたけどね、その眼鏡した子が殴るけるしてましたよ。こちらのカップルの男の子は手出してませんわ」


 と、ポメラニアンを連れたおばさんの証言で助かった。おばさん、僕らカップルに見えた?......この上なき幸せである。



「わーっわーっムスコ!何あれ なんでパトカー.....え もしかして おまえやられたの?え?!!!」


「クソ野郎 おかえり」


 愛は笑った。

 あの眼鏡男、僕の名前を知っていた......だれかの刺客だ。


「ほら 行くよ」と愛が僕と肩を組んだ。


 ぼ 僕の顔の横にすぐ横に愛のお顔が.....。

 腹の痛みなんて吹っ飛んだ。足の痛みなんてあったっけ。これなら歩いてどこまでも行けそうだ。殴られ得である。

 屋上の痛みのほうが痛かったし......。




「ムスコ......日曜日までに治る?それ ボクシング」

「あ.....見学でも行く。護身術は必須だ」


 雲一つない青空だった。やられただけの弱い自分なのになんだろうこの清々しさは。

 愛のおかげで一発と一蹴りで済んだのは助かったのかもしれない。

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