僕はイケメンになる

 くちゃっと変な音がした。


 朝一番早く席につく。まだ誰もいない教室の静けさに浸るのが日課である。

しかし今朝は.....異変が。

腰掛けた椅子には何か付着物か。僕としたことが、確認すべきだった。


一度立ち上がり、恐る恐るズボン後ろを確認。

うわ

これは......絵の具か 異臭はしないな......。

グレーチェックのブレザーに、茶色い絵の具がたんまりついた.....。ああ 着替えよう。

ジャージをロッカーに取りに行く、取り出しひらっとさせたら......短い......。

ジャージはトランクスくらいにカット済だ。


 どうする。


 とりあえず短くなったジャージを履き、ズボンを洗った。

洗った制服ズボンを椅子の後ろにぺろんとかける。

僕のカモシカのような足があらわとなった。


 机には何も仕掛けがないか?

ゴソゴソチェックしていたら、誰かが前に立つ。

見上げた先には、美しい顔が。要くんだ。


「おはよ〜うわ 大変だね〜」

他人事、いや、爽やか.....だね そのお顔。


「助けてほしい?太陽くん」

「いえ あなたの助けはいりません」


「そ?じゃ、ひとつアドバイス。これ以上こんなのが続いてほしくなかったら、愛から離れることだね〜」


 ん?君が犯人?いやまさか。

彩花の彼氏ではあるが、みんな要くんは良い子だって言う。実際かなり爽やかイケメンである。

彩花の隣にいる時より、別人みたいに堂々としているのがちょっとひっかかるけど。

いつもは彩花に脅されてるのだろうか。


「おはよう......山本くん!そ、その、パ いやジャージどうされましたかっ」


「おはようございます。木下君」


「あっ、これ良かったら」


 木下君は学校指定ではないが自前のジャージを貸してくれた。


「ありがとうございます。助かります。」


 マーサが毎日彩花食堂に来いと誘いにきたが僕は行かなかった。


 その後も毎日何かしらの物が破壊、汚される。


 上靴にはご丁寧に『愛の奴隷』やら様々な落書きを施してあったり、ロッカーにミミズが居たり。

でも全部特に大したダメージではなかった。

こういういたずらにはある意味慣れていたのかもしれない。それに失う地位だってない。


 一度先生に心配された。

「山本、何か困ったらいつでも言いなさい」


 僕は決めた。イケメンになる。





「春斗!方法を伺ってる場合ではない、僕をイケメンにしてくれ。全て君に任せる」


「はい?」


「僕はイケメンになる」


「いやあ、なりたくてなれたら誰も苦労しないんだけどっ ムスコさん」


「では尋ねる。君は何故そこそこのイケメンだ?」


「それは.....天性?かな」


「そうか努力なしのそこそこイケメンだからモテないのか」


「失礼だな!何がしたいんだ?何してほしい?」


 こうして僕は春斗監修の元、イケメン化改造計画を実行する。

アイツらと同じ土俵に降臨してやる。


「よしっまずはブリーチだな」


「いや、僕のポリシーは黒髪だ」


「ああ、そう。まっいっかな。黒髪もなかなか」


「知ってるかい。如何にブリーチが髪のみならず地肌も破壊するか?あれは漂白剤だ。そのうち毛の根の息を止められる」


「はいはい。んじゃワックスつけてみろ。」


 ワックス?ベタつくやつだろ。僕の嫌いなやつだ。

美容室へ行くとかならず、『仕上げのアレンジはお断りします』と前もって言っておくも、軽い足取りで小刻みにステップをふみ、僕のヘアカットを終え満足げにワックスとやらをあっという間に揉みこまれる。


 しかし、洗いざらしのサラサラヘアでは中学生みたいだ。ワックスを人差し指にとり、つけてみた。


「おまえーっ!ムスコ!それ、のりじゃ無いから。前髪デコにピタッとくっついてるぞ......ただの油ギッシュなおっさんみたいだぞ」


 ああ これは鍛錬が必須のようだ。なんて無駄な時間。いや仕方がないこれはすべて彩花軍に立ち向かう為の必要不可欠な装備だ。


「あとは、筋トレだな」


 ま、まさかこの僕に汗を流せと?

もうあんな日々は勘弁だ。うちの母は元バレリーナ、かつこの学園のミス百合。

僕はバレエをやっていたが、中学の途中で辞めた。発表会のもっこり白タイツが嫌で.....。

仕方ない。また母のレッスンルームを借りるしかないな。


「分かった。バレエを再開する」


「は?バレー?バレーボール部?」


「部とかいう活動は苦手だ。ナイスファイトなんて言われたら明日が見えなくなるだろう」


「はあ、やっぱりムスコ変だわ。まあ、訳分かんないけど頑張れよ〜」





帰宅した僕は母を探す。

リビングの床で開脚しテレビを見ていた。


「ママ、ちょっといいかな」


「お帰りなさい。どーしたの?何か嫌なことでもあったのね。まあ可愛そうな太陽。ママがハグしてあげるわ。さあ」

「ほら、ママの元へ あら高校になるとシャイなのかしら」


一言声をかけるとこうなってしまう。

ここは、簡潔に言おう。


「ママ、僕は筋肉をつける必要がある。だから少しレッスンルームを借りていいかな。毎晩」


「太陽!ついにバレエにカムバックするのね」

「いや バレエはしないよ。基礎だけあくまでトレーニングだから」

「分かったわっ。」

「あ、独りでするから」

「やだ!ママはプロよ 手伝うわっ」


母の個別レッスンが始まった。クラシックのCDをセットする。

僕の前でバーを持ち


「はーい 一番〜セミプリエ〜プリエ〜グランプリエっはい右手を上から〜お月様見上げるように〜」


一時間バレエを舞いヘトヘトの僕。しかし、ここから栄養を摂取しなければ。


ご飯は2杯、タンパク質は納豆、バナナも食べようか。

鳥のささみやらも必要だ。

そうだうちは母がバレエ狂だから基本は高タンパク低カロリーの食生活。

量を増やし、もう少し脂質を増やせばいいかな。


夜、アドレス帳数件しか入っていないピッチが鳴った。

PPメールだ。春斗か。


『カラオケ行くぞ。イケメン必須科目』


明日の休み、僕は生まれて初めてカラオケに行く。

ビジュアル系の歌をついに披露する日がやってくるのか。

毎朝電車で僕のウォークマンのイヤホンから流れているのがまさかビジュアル系やパンク系だなんて、きっと知る者はいない。

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