第18話 金髪美少女との初デートです。

 結局、私達はエアさんに丸め込まれる形で、近場のショッピングモールに足を運ぶ流れとなった。エア、というのは憑依させた霊魂の呼び名だ。勿論、本名ではない。名前を訊ねてみたところ、「え? 私の名前? いいよ、そんなの知らなくて。二人の世界に干渉してるみたいで解釈違いだし。私のことは単なる空気だとでも思っとけばいいから」と主張したので、本人の希望通りエアさんと呼ばせてもらうことにした。空気さんよりかは据わりがいいだろう。


 さて。そんなわけで私とカナは例のバイクに二人乗りして、炎天下の屋外へと繰り出した。季節はすっかり初夏から真夏へと移ろっていて、道中、私はドライヤーの風を全身に叩きつけられてるみたいな蒸し暑さと、髪の毛をジリジリと焦がす強烈な日差しの洗礼に見舞われた。相変わらずのゴスロリファッションな上に、今日はいつもより凝った服装をしていたため、暑苦しいことこの上ない。汗でメイクが落ちてしまわないか非常に心配だったけど、近場を選んだこともあってどうにか免れた。


 エアさんの提案とは言え、これは一応、デートという名目なのだ。私がカナと二人きりで休みの日に出かけるのだってこれが初めてだし、あまり無様なところは見せたくないのが人情というもの。カナにはちゃんと、可愛い私を見ていて欲しかった。


 というかそもそもの話、多少は肩肘張らないと、見目麗しいカナの隣に並び立つことなんてできやしない。日焼けとは無縁のカナの肌はミルクみたいな乳白色で、腕も脚も薔薇の茎のように細くって、肩幅も狭くて小柄で、クールな相貌は言うまでもなく端麗で。まさに絵本の中から飛び出してきたみたいな金髪碧眼の美少女と二人きりでデートするわけだから、いつも以上に服装やメイクに気合が入るのは当然だった。ゴスロリ着て着飾ってるくせして、カナに見劣りするなんてことになれば、ちょっと癪だし。ド田舎出身者の意地を見せてやる、といったところだった。


 平日とはいえ、夏休み真っ最中のモールの人の入りはそこそこだった。人混みが苦手な私はちょっとだけ辟易としてしまう。すると唐突に、あ、と声を出してカナが足を止めた。視線の向く先を見てみると、そこには大型のスクリーンが設置されていた。丁度、全国のニュースが垂れ流されているところで、報じられているのは例のタタリ事件についてだった。


 タタリ事件とは、今年の三月に帝都大学附属病院で原因不明の停電事故の俗称で、回収者や鴉場グループに対する批判を加熱させる要因となった事件だ。病院内に設置された霊素計の値が停電発生時に上限を振り切っていたため、荒御魂の仕業なのではないかと世間では噂されている。病院には比較的強力な霊魂が留まっていることが多く、その手の霊魂は外界への認識能力も高度だ。不法侵入した回収者が霊魂を刺激して荒御魂化させてしまったのではないか、という憶測が多くの人に信じ込まれていた。大病院には、生命維持装置によって命を繋ぎ止めているような重症の患者たちも多く入院している。予備電源のおかげで事なきを得たとは言え、この事件は人命に関わる深刻なものだ。回収者へのバッシングが高まるのも、無理はなかった。


 正規の回収者ではないといはいえ、曲がりなりにも霊魂回収を行っているカナはこの報道に思うところがあるのだろう。ニュースの一部始終を、カナは真剣な眼差しで見つめていた。


「あ、ごめん、こんなところで足止めちゃって。行こっか」


 カナが歩き始めたので私もその横に並ぶ。さり気なく窺ったカナの横顔には、少しだけ影がさしていたような。


「ところでカナ。これ、どこに向かってるの?」


「え? 適当に歩いてただけなんだけど」


「あ、そう……」私も漫然とカナの横を歩いていただけだったので、文句は言えない。


「まあ、取り敢えずは一通り回ってみようか。私も、高校に入って引っ越してきたばかりだから、ちゃんと回ったことはなかったんだよね」


 そんなわけで、特に目的もなくエアコンの効いたモール内をブラブラする私達。結構な人数の人達が私とカナのことをすれ違いざまに二度目してきて、落ち着かない気分になった。ゴスロリに金髪だし、それも仕方がないのだけれど。


「そういえばさ。気になってたんだけど、カナって洋服とかどこで買ってるの?」


「え? 私は普通に――」カナは某ユから始まる有名ファストファッションの名前を上げた。


 ……むぅ。それでここまで様になるのだから、やっぱり美人ってずるい。シンプルなパンツとTシャツオンリーなのに、さながら夏の美少女のイデアみたいな雰囲気を醸してやがる。


「で、逆に澪はどうなの?」


「ネットだよ。私の実家ってド田舎なんだけど、アマゾンとかゾゾはちゃんと届くから。それ使って買ってたの」


「へぇ、そうなんだ。てっきり、その手の洋服って実店舗に行って買うものなのかと」


「んー、まあ、そういう人も多いけどね。こだわり強い人が多いし。私は、ほら。店員が話しかけてくるのが、ちょっと怖いから。それに、売ってるお店の数自体も多くないし」


「ああ、それはそうだね。私も今、初めて見かけた」


「……へ?」私が小首を傾げると、カナがひょいひょい、と進行方向右手のブティックを指差した。その店のウィンドウには一般にロリータファッションと形容されるような、華美で、清楚で、ファンシーで、それでいてシックで、上質で、気品にあふれる、少女たちの夢と希望をそのまま具現化したような、可愛らしい洋服が並んでいる。


 私は息を呑むと同時に驚いた。前にちょっと足を運んだときには、こんなお店なかったのに。


「入ってみる? どうせ、特に目的地があるわけでもな……って、もう行ってるし」


 少しだけ呆れたようなカナの声を背中に受ける。でも一度動き出した私の足は止まらなくって、早歩きでそのショップのウィンドウの前まで赴く。そうして改めて、マネキンの着せられている可憐と精緻を極めたような凝った意匠の服たちに、目を奪われる。


 クリームやピンクを基調としたひたすらに甘いものもあれば、今まさに私が着ているような、黒を基調として差し色に鮮やかな赤をあしらった、少女的な愛らしさと妖艶さと怪奇性が絶妙な割合で配合されたものもあって、要するに、どれもこれもとっても可愛い。


 私がショーウィンドウの中の服をじっと凝視していると、ねえ、とカナが私の横顔を覗き込んできた。私はそれで我に返って、勢いよくウィンドウから顔を離した。


「眺めてばかりいないで、中入ったら? 子供みたいにガラスにおでこ貼り付けなくても」


「え? ……い、いやいや、いいって! だって私がゴスロリ着てるのって、単に眼帯目立たなくさせたいだけだし――」


「それ絶対嘘だよね」涼やかな青い瞳を細めつつ、ずい、と顔を近づけてくるカナ。


「好きでもない人間が、そこまでファッションに手間暇掛けられるわけないでしょ。メイクだって、今日はいつも以上に念入りにしてたし。髪型だって凝ってるじゃん。見え透いた嘘つくなって」


「で、でも……」私は胸元で手を組みながら、目を伏せる。


「私なんて、カナみたいに可愛くないし、背だってどっちかっていうと高いほうだし、そもそも本質的には、田舎で首にタオル巻きながら田植えしてるのがお似合いな人間だし……。こういうの、おこがましいかなって」


 心臓がキュッと締め付けられていくのを感じる。その痛みを誤魔化したくて、私はお得意の苦笑いを浮かべそうになる。でも、次の瞬間。


「はぁ? 澪、そんな理由で私に嘘吐いてたわけ? あのさ、そんなところで引け目感じなくたっていいんだよ。うだつの上がらない田舎娘だろうがなんだろうが、着たい服があるなら堂々と着ればいい。大丈夫だよ、ちゃんと似合ってるし、可愛いから。ほら、行くよ……!」


「え、ちょ、ちょっと……⁉」


 カナは素早く私の手を取ると、強引にお店の中へと私のことを引きずっていく。相変わらず、小柄なくせして力が強い。いや、身体の使い方が上手いのだろうか。私は抵抗することもできず、ズルズルと中に引きずりこまれる。すると、今まで宣言通り空気役に徹して一言も言葉を発していなかったエアさんが、「おお、リアル百合だ……!」「うるさいですよ。外野はちょっと黙っててください」「いやごめん。流石に今の流れは完璧すぎて感動した」「別にあんたのためじゃないです。澪さんのためにやったんです。私達のやり取りを奪わないでください」「あ、今の台詞めっちゃいい。ワンモアプリーズ」「喧嘩売ってます?」軽快な皮肉を交わしあうカナとエアさん。ちなみにエアさんの手鏡は、ポシェットに突っ込んで私が持ち運んでいる。


 私は二人の口喧嘩を宥めることも忘れて、心の準備もなしに初めて足を踏み入れるロリータファッションの専門店に緊張し、ゴクリ、と唾を飲み下したのだった。

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