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 大学四年になっても、私は普通に就活する気になれなかった。自分のやりたいことを探したのだが、見つけられなかったのだ。


 いや、本当はとっくに見つかっていたのかもしれない。


 子供の頃に見た、ブルー・インパルスの曲技飛行。あれ以来、私の中には漠然とした空への憧れがあった。パイロットになりたい。でも、その願いが叶う可能性は低いだろう。それも十分分かってる。


 だけど……このまま何もしないでいるのも嫌だ。ダメもとで、やってみるか。


 というわけで、私は航空自衛隊の飛行要員試験を受けた。落ちたら素直にあきらめるつもりだった。


 ところが。


 なんと、私は見事に合格してしまったのだ。そのまま入隊した私は、訓練に次ぐ訓練の日々を過ごすことになった。


 だが、やはりパイロットの道は厳しかった。初期の操縦過程で私には適性がないとして、配置転換エリミネートされてしまった。しかし、パイロットの道が閉ざされた私に、航空救難団の機上無線員ラジオ・オペレータ(RO)を目指さないか、という話が舞い込んできたのだ。


 父親が通信機器メーカーで働いていたので、その影響で私も中学生の頃に4級アマチュア無線の免許を取り、144MHz帯ツーメーター430MHz帯フォーサーティでCQ(※1)を出していた。たまたまEスポ(※2)に出くわした時は本当に興奮したのを今でも覚えている。おかげで学校ではすっかり「オタク女」として気味悪がられたものだ。


 大学入試で航空工学科と電子工学科を受けたのだが、航空工学科に落ちた私は電子工学科に進んだ。しかし、今から考えれば航空工学科は飛行機の設計がメインで、飛行機乗りになるためにはさほど役に立たない分野だったので、これでよかったのかもしれない。


 それはともかく。


 ROという職域は、そんな私にとってまさに打ってつけのように思えた。かくして私はROになるべく、まずは通信員としてのキャリアを身につけ、様々な試験と教育課程をクリアしていった。その努力が実を結び、昨年から私は地元である石川県の小松基地航空救難隊に配置された。そして本日、ようやくTR(Training Readiness:訓練可能状態)からOR(Operation Readiness:実働可能状態)に移行したのだ。ちょっとややこしいけど、これでようやく私もORのRO。目指していたパイロットとは違うけど、飛行機に乗って自分の得意分野を活かせる職につけただけでも、私は十分幸せだった。


 私の乗機は救難捜索機、 U-125A 。元々はイギリスの BAe 社のビジネスジェットだからそんなに大きくないし、かといって戦闘機のような空戦機動ができるわけでもない。だけど、この機体には二つの大きな特徴がある。


 一つは、機体の下腹部にあたる部分の、ぽっこりと膨らんだ半球状のドーム。この中には360度レーダーが格納されていて、機の真下の地形をくまなく探ることができる。


 そしてもう一つ、普段は空気抵抗が増えるので隠れているけど、いざという時に機首の下部から登場する収納式のカメラ、TIE(Thermal Imaging Equipment:感熱画像装置)。熱を持つ物体から放射されている赤外線を捉えて映像化してくれる。


 レスキュー要請が来ると、まず最初に現場に到着するのが私たちの機体だ。状況を把握し、要救助者サバイバーを探す。もちろん乗員クルー全員が目視で探すのだが、肉眼で見つけるのが困難なサバイバーを、先述の機器を駆使して探すのが私の仕事だ。言ってみれば「探しもの」のプロフェッショナルかもしれない。


 そしてサバイバーの位置を特定したら、それを後続の救難ヘリコプターに伝える。ヘリが救助活動している間は、ひたすらその上空を旋回し、周辺の状況の変化を監視、ヘリに伝える。ヘリのクルーと違って、私たちが直接サバイバーを救出することはめったにないのであまりスポットライトが当たることもないが、私たちがサバイバーを探して見つけない限り、救難ヘリは何もできないのだ。非常に重要な任務と言える。だから私はこの仕事にやりがいを感じていた。


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※1 CQ……アマチュア無線で、交信相手を探すために不特定多数の局に向かって呼びかける際に使う符号。

※2 Eスポ……スポラディックE層と呼ばれる、突発的に発生する特殊な電離層のこと。これが発生すると普段は遠距離まで届かない VHF の電波でも、Eスポで反射して届くことがある。

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