第15話 会ってきてあげてください

「あの小さかったさくらちゃんが、こんなに大きくなって……。見違えたわよ。志乃しのちゃんも、きっと喜んだでしょうね……」

 その言葉にさくらが驚く。そして沙羅さらに向けて囁いた。


「沙羅さん? 母のこと話したの?」

「うん、話した。だって、わたしの性格だと、隠し通せないもの……」

「そう思いますけど……、大丈夫ですか?」

「そう思う……って、さくらちゃんも言うわね。まぁ、お母さんも、なんとなく知ってたみたいだから……」

 小声で話すふたりを見て、沙羅の母が、優しく話しかける。


「わたしが志乃ちゃんと知り合った時は、さくらちゃんも、うちの沙羅も、まだこんなに小さい時で……」

「えっ? わたし、さくらちゃんと、小さい頃に会ってるの?」

「そうよ……。覚えていなかったの? ふたりとも仲がよくて……。沙羅も、さくらちゃんを連れてきたっていうから、思い出したのかと思ったわ……」


「さくらちゃんは覚えてた? ごめん、わたし、今、お母さんにこう言われても思い出せない……」

 沙羅はそう言いながら、腕組みまでして考え込んでいる。思い出そうとしているのかもしれない。その様子を見て、さくらも首を横に振る。

「そうだよねぇ。魔桜堂まおうどうで会った時も、初めましてって感じだったし……」

 沙羅はともかく、さくらもこのころのことを覚えていなかった。


 でも、カウンターの奥に飾られていた写真は、若い頃の母と沙羅のお母さんに、間違いないようだったし、写真の背景も、今ではすっかり見慣れた、魔桜堂の店内だったのだ。

「でも……、思い出せない……です」

 さくらが小声で呟いたのを、聞いていた隣に座る沙羅は、さくらの背中を叩きながら笑っている。

「さくらちゃんが思い出せなければ、わたしには、もっとムリ、ムリ……。気にしなくていいよ」

「沙羅さんは気にならないの?」

「気にならなくはないけど、まったく思い出せないもん。そんなこと気にしてたら、今日の感動が薄れちゃうでしょ。だから気にしないの」

 沙羅がさくらの目の前で、立てた人差し指を左右に振っている。


 それを見て、さくらが首を捻る。

「今日の感動って?」

「さくらちゃん、あなたって人は。目の前であんなもの見せられて、何も感じない人なんていないわよ」

「そうですか? あの商店街では、いつものことなので……」

「そうでしょうね。わたしは今日のテストの出来より驚いたわよ。それよりも、お母さん?」


 ふたりの微笑ましいほどのやりとりを、ベッドの背を起こして聞いていた沙羅の母が、突然、話を振られたことに身構えた。

「な……、なにかしら? 沙羅?」

 その姿勢のまま、僅かに後ずさる。

 一方の沙羅は、ベッドに両手をついて、今にも乗り越えていきそうだ。


「お母さんは、志乃さんの秘密を知っていたのよね?」

「志乃ちゃんの秘密? なんのことかしら……」

「惚ける気ね?」

「惚けるだなんて……。ねぇ、さくらちゃん」

「もぉ、お母さんたら、さくらちゃんに助けを求めないの。さくらちゃんだって困るわよねぇ……?」

 ふたりに挟まれた格好のさくらは、ただ力なく笑っていた。


 そんなさくらを見ては、自然に笑みがこぼれる沙羅たち。

「お母さん、今日はよく笑ってるね? 具合もいくらかよさそうだし……」

「あなたたちを見てたらね……。お母さんも早く元気にならないと……って思うのよ」

「そうだよっ、早く元気になってもらわないと。でも、どうして? わたしたちを見て、なの?」

「沙羅ったら、今日初めて会ったって言ってた割には、あなたたちふたりの仲がいいわねって思ってね」

「そぉ……? 女の子どおしだし、すぐ仲良くなれるわよ。ねぇ、さくらちゃん?」

「そうですね……」


 優しく微笑むさくら。その様子を見た沙羅が話を続ける。

「お母さん、聞いてよぉ。さくらちゃんて、わたしと同じ高校だったのよ。それも歳も一緒。それなのにわたし、学校で会ったこともなくて。さくらちゃんたら、こんなにかわいい顔してるのに、わたしのクラスで、騒がれてもいなくて……。魔桜堂で知り合った時はホントに驚いたわよ」

「そぉ……」

「そぉなのよぉ。それからマリさんていって、先輩なのに、とおっても小さくてかわいらしいお姉さんや、しのぶさんていう、綺麗だし、スタイルもいいし……っていう、お姉さんとも知り合って。楽しいところだったわ。魔桜堂って……」


 肩で息をしながら、沙羅はさくら通り商店街の住人のことを、母に話している。

 その話の中にけんのことが出てきていないことには、触れないでおこうとさくらは思うのだった。

「でも、お母さんっ。一番驚いたのはね、この現代社会に、ホントに魔法使いがいたってことよ。お母さんは知ってたんでしょっ」

 つり目がちな大きな瞳で睨まれる格好になった、沙羅の母が、ついに白旗を揚げた。


「志乃ちゃんは、お友だちだったのよ。知らなかった訳がないでしょう」

「お母さん、とうとう白状したわねぇ」

「白状した……って、自分の目で確かめたほうが、衝撃的だったでしょ」

「でもっ、お母さんが教えてくれてなかったから、初めは魔桜堂のお店すら見えなかったのよ」

「でも、見えるようになって帰ってきたんでしょ……。さくらちゃんまで連れてきたっていうことは……」

「あうぅ」

 母親からの思わぬ反撃に、沙羅は頬を膨らませるだけで、返事に詰まっている。


「ほらほら、沙羅ったら……。今日のこと報告に行かなくていいの? 待ってると思うわよ。美亜みあちゃん……」

「うん、そうだね……。行ってくる。あっ、でも、ここにさくらちゃん、ひとりおいていけない……」

 初めて会話の中にでてきた、美亜という名前に、さくらが小さく反応した。


「あの、沙羅さん? 美亜さん……て?」

「うん、わたしの友だちなの。同じクラスの子。五月から入院してて……。わたし、毎日顔を見に行ってるの……」

「そうですか……」

「うん。ごめんね、さくらちゃん。少し時間かかるけど、先に帰ってる?」

 申し訳なさそうに、下からさくらの顔を覗き込む沙羅。自分が口走った言葉と気持ちは反対のようだ。


「沙羅さんが戻るまで待ってますよ。大丈夫ですから、行ってきてください」

「ほら、さくらちゃんも、こう言ってくれてるから、あなたも行ってきなさい」

「うん……、でもぉ……」

「さくらちゃんさえよければ、ここで、お母さんの話し相手になってもらうわ。ねぇ、さくらちゃん」

「あっ、はい。でも、ご迷惑ではないですか?」

「もう……、さくらちゃんは、大きくなっても優しくていい子なのね。という訳だから、沙羅は行ってきなさい。その間、さくらちゃんは借りておくわ……」


 母のその言葉を聴いて、沙羅の大きな瞳がふたりを睨みつける。

「お母さんにだって、あげないわよ。ごめんね、さくらちゃん、少しだけ行ってくるから、待っててくれると嬉しい」

「気にしなくていいですから、いつものとおりに会ってきてあげてください」

 さくらのその言葉に、背中を押されるようにして、沙羅が病室を出て行った。

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