第3話 子猫

「子猫ちゃんに、おばちゃんたちの自己紹介をしなくっちゃ」

孝子はそう言って、自分の胸を指さした。

「私は孝子っていうのよ。ここの常連客兼店員って感じなの。お給料は出ないけど、まかないの夕食が出るの。幸恵ママが作ってくれるんだけど、これが美味しいのよ。幸恵ママって料理上手なのよね。あと、私は幸恵ママとは同い年なんだけど、出身地は違うの。私は北国生まれでね、あ、そうそう、このあたりって本当に暑いわよね! 今って9月でしょ? どうしてこんなに暑いのかしらね? 温暖化っていうの? 困るわあ。9月ってのはもっと爽やかで気持ちがよくて素敵なものでしょう? それが汗だくだなんてせっかくの9月が台無しよ。えっと、何の話だったかしら」

女の子は言葉の濁流にのまれて、目を白黒させていた。見かねて琉宇那が話に割って入った。

「えーと、次は私の番ね。琉宇那るうなって言います。私も常連兼店員です。28歳、出身地は、まあ、それはいいか。9月はもっと涼しくあるべきってのは私も同意ですね」

女の子は、琉宇那のことを上目遣いでじっと見つめている。

「あなたは?」

「……私、鈴菜っていいます」

鈴菜はそれ以上語ろうとしなかった。

ママはテレビ画面をちらちら見ながら、鈴菜のほうに向き直った。

「私は幸恵。このスナックのママよ。幸恵ママって呼んでね。最近暑いわね~。でも私って人より1枚余分に肉襦袢を着てるから、正直年中暑いのよね、9月に限らず」

それだけ言うと、再びテレビ鑑賞に戻ってしまった。


鈴菜は目の前のオレンジジュースを睨み付け、どこかふてくされるような顔で、

「このお店って、愚痴と弱音を言ってもいいんですよね」と言った。

「もちろんよ」

と孝子。

「なんでですか?」

「えっ?」

「なんで愚痴と弱音を言ってもいいんですか」

すると、幸恵ママが鈴菜の顔をしっかり見つめて、

「それがこのお店の存在意義だからよ」ときっぱり言った。

「お客さんの愚痴や弱音を受けとめる場所として、私はこのスナックを始めたのよ。大人には、いいえ、子供でも同じだけれど、抱え込んだつらい気持ちを人に聞いてもらえる場所が必要なの」

鈴菜は眉間に皺を寄せた。

「そんなの気持ち悪いと思います。弱音とか愚痴とか言う人って、みっともないし迷惑だし恥ずかしいです」

「……確かにそういう意見もありますよね」

と琉宇那は共感を示したが、幸恵ママは首を横に振った。

「愚痴を言わない人は立派よ。でも、言う人がみっともないってのは違うわ」

「……もういいです」

鈴菜は黙り込んでしまった。

気まずい沈黙が流れた。


鈴菜はおもむろにオレンジジュースを一気のみすると、

「ごちそうさまでした。それじゃ」

と言って、振り返らずに店から出て行った。

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