第13話 空の飛び方、宙の飛び方

「まさか、可能なのか? この星の技術で? 動力のある乗り物も無いのに?」

「おい、どうした? それはどんな意味だ?」

「いや技術……根本から文明が違えば有り得るのか? いやそもそも大昔に侵攻があったが故の進歩……戦争が発展を促す事は必然か……とにかく検証が必要があるな……」

「おーい?」


 火龍を祀る祠の中。

 ぶつぶつと思考が漏れ流れては新たに生まれていく。呼びかけにも応じず、独り言が暴走している。

 ハイトは興奮気味のショトラに付いていけなかった。話に入っていけなかった。

 一歩二歩と引いて、神聖な洞窟の片隅で途方に暮れる。神々しい鎧を眺め、熱心に祈りを捧げた。現実逃避とも言える。


 ただそれに集中していたところ、見ていない内に、気づいたらショトラが近寄ってきていた。


「キミ達の文明は素晴らしいな! そうだ、文明交流とはこうあるべきだ!」

「あ? え?」


 両手を包み込むように握ってくる。間近に寄った顔には幼い子供めいた無邪気な喜びが見えた。

 独り言の結果がこれらしい。

 唐突な変化に、やはり付いていけない。

 戸惑いを隠せないハイトは思わず更に一歩引く。それでもなんとか理解しようと努力はしてみる。


「つまり、結局鎧は使って戦うのか? それなら勝てるのか?」

「確かに、これがあれば対抗……いや、待て。どう使えばいいんだ?」

「んん?」

「そうだ。つい我を忘れてしまったが……宇宙服があったところで、それをどうすればいいんだ!?」


 大声が祠の内部に反響。

 ハイトは耳を抑えて悶絶する。しかしショトラは至って平常通りで、再び喋りの独走を始めてしまった。


「身一つで宇宙船と渡り合うなんて、船外活動の域を遥かに超える。正気の沙汰じゃない。そうだ。宇宙空間での飛行が可能だとしても、すぐに撃墜され……ああいや、それ以前に飛べる訳がないか……」

「あ、なんでだ? 翼竜用の鎧もあるだろ?」


 ある程度は復活し、まだくらくらする頭で話を聞いて、首をかしげるハイト。

 その疑問に少し落ち着いたショトラが説明してくれる。


「……まず、キミが言うところの神々の領域、すなわち宇宙空間へ行くには力が足りない。圧倒的な速度か、あの宇宙船のような反重力機構が無ければこの星からは出られない」

「反、重力? ……お、おう」

「それに、宇宙空間には空気が無い。だからこの空でのように、風や翼を利用して飛ぶ事は不可能なんだ」

「ん? ……いや、確かに風と翼は使ってるけど、翼竜が羽ばたくのは儀式みたいなもんであって、あくまで魔法で飛んでるんだが……」

「……んんん?」


 今度はショトラが首をかしげた。

 だから立場も逆転し、ハイトが説明を始める。


「だから、翼竜は火龍由来の魔法で飛ぶんだよ。そもそも鳥や虫みたいに軽くもない、あの重さで飛ぼうとしたら翼の力だけじゃ無理だからな」

「儀式というのは?」

「人間の魔法使いなら儀式、呪文とかなんかで制御するだろ? 翼竜はその代わりに色んな動作で制御するんだ」


 加えて説明。

 ショトラはまるで理解が出来ないというような間の抜けた顔だった。逆の場合は自分もこんな顔だったのだろうかとハイトは気恥ずかしくなる。


 まず翼竜は魔力を持っている。直接龍の血を引くわけではないが、太古から龍の近くで暮らす内に強い魔力を浴び続た影響だと言われていた。人より長い歴史を龍と共に生きた彼らは、その過程で生物として進化したらしい。

 ハイト達が体の熱を操作する時に呪文などを用いないのは、火龍の血の強さ故であった。必要なものは、炎の想像力、祖先への信仰心、そして気合い。そう父親から教わった。


「待て。キミは自身の熱を操作出来るのか?」

「ん? 言わなかったか? 最初の落ちた時にも使ってたんだが」

「……いや、今はいい。それより、魔法による飛行……つまり空気のない宇宙空間でも飛べると?」

「それは知らん。行った事ないんだからな」

「…………ああ、その通りだな。検証しない事には信用すべきでない」


 強い語気。それで空気が引き締まった。

 間抜け面はもういない。冷静になった戦士は重々しく言葉を連ねる。


「これは無謀だ。だが、無謀は元々。検証すべき価値はあるのかもしれない」


 しばし黙考。

 そして真っ直ぐに問いかけてくる。真剣に、真摯に、ハイトを対等な相手と認めた態度で。


「……キミなら、宇宙船の艦隊を相手にどう戦う?」

「アレが数え切れないぐらいいるんだよな? ……じゃあ、隠れて逃げて、隙を狙って頭に仕掛けるのが常套手段じゃないか?」

「宇宙に隠れる場所など無いぞ」

「だからまた偽装とかしてもらってだな、それか速さを極めて飛んでいくとか」

「偽装は難しい。速度だけで挑む事も難しい。……そもそも、狙うべき母艦は要塞だ。潜り込めたとして、そこからも難題だぞ」

「中に入れたなら親父とかいるだろ」

「助けた者をそのまま戦力にするのか? 位置も不明なんだ。当てにするのは危険だが、確かに可能なら頼もしいな」

「だろ? なら」

「だがそれには素早い展開と、その為に正確な情報が必要だ」


 長い議論が白熱する。

 有益か実用的か、意味があるかどうかはともかく。ハイトはとにかく思い付く限りの案を出していった。それにショトラが応答し、広げる。

 彼らなりの方法で議論を成立させていた。


 そんな中、ショトラがふと頭の端末を触る。すると、みるみる内に顔付きが険しくなった。


「丁度いい。奴らの戦力を見ながら検討しよう」


 話は中断。先に立って足早に祠を出ていく。

 慌ててハイトは付いていき、外で待たせていたローズの隣で立ち止まり撫でる。そしてショトラに倣って上空を見上げた。


 遠く、空の高い所に飛行する人工物があった。既に見慣れてしまった敵、銀の円盤である。

 それ自体は空中に留まり、底に開いた穴から小型の円盤群を放出している。距離の関係で小さく見えるそれらは、虫が巣穴から出てくる様子に似ていた。嫌悪感は虫より遥かに大きいのだが。


「例えるならあの大きい物が隊長で、小さく数が多い物が部下だ。遠目では分からないだろうからこちらで……」

「いや見えるぞ。海で目も鍛えてるからな」

「……そうか。見えるのか……」

「そっちこそどうなんだ?」

「ワタシは画像を拡大しているんだ。肉眼ではとても見えない」


 妙な沈黙が流れた。

 まだまだ二人に違いはあり、相互理解には程遠い。議論を更に有益にする為にも、情報交換の必要性を再確認した。


 それから話を本筋に戻す。

 視界の先では、部下と表現された小型の物が地面近くにまで降り、光線を木々や動物に向けて発射していた。


「人の次は動植物の確保らしいな。有用かどうか調査するんだろう」

「有用かどうか?」

「奴らの略奪は商売だ。売れない使えない物は収容するだけ経費の無駄。最初から置いていくか、調査した後で捨てていくんだ。それは、浚った人も同じ事だがな」

「……胸糞悪いな」

「ああ、全くだ」


 短い言葉で共有される怒り、憎しみ。

 会話の途切れた間に、戦意が強く激しく燃える。


 しかし、いつまでも意識してはいられない。冷静に進める為に、ハイトは自分なりの案を出す。違う視点を与えるという役割を自覚して。


「……アレなら俺達だけでもなんとか獲れそうだな」

「キミはまたそれか……いや、待てよ」


 呆れた様子のショトラだったが、またも一人で思案。

 そうして出した結論に納得したらしく、深く頷いた。


「そうだ。必要なものは情報だ。だから……獲って、喰らおう」


 ハイトの方を向き、挑戦的な、あるいは悪どい顔で笑った。ように見えた。

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