第12話 伝説の生きる島

「…………そうか」


 空気が重かった。太陽に熱く照らされても、冷えた気分は変わらない。

 浜辺の静寂に火が爆ぜる。魚が焼ける香ばしい匂いが鼻をくすぐる。

 しかし、その魅力的なはずの香りに、食欲はそそられない。味わう楽しみはなく、ハイトはただ体力の為だけに焼き魚を食べた。普段通り元気に食べられるローズが少し羨ましい。


 無人の集落で激昂し、宥められた後。

 ハイトは目覚めた乗り物がある浜にまで戻ってきて、ショトラの身の上話を聞いた。

 正直付いていけてはいなかった。説明されても分からない事ばかりだった。だが、復讐心と、その根本にあった愛情と夢。それらの大きさだけは理解出来た。異なる星の生まれだろうと、心の働きは同じなのだ。


 それだけに、淡々と話すショトラには複雑な感情を覚える。

 無念。屈辱。憤怒。それらを表に出さず、己の内で黒い炎を燃やし続けている。

 己の言葉を実行する姿には頼もしさがあり落ち着かされるが、同時に危うさを見つけて不安にもなるのだ。


「……俺達はこんな所にいて大丈夫なのか? またアレが来て襲ってくるんじゃ」


 無言も落ち着かなくて、逃れるように尋ねる。

 冷えた頭には幾つもの疑問が湧いていた。今すぐ行動を起こさなくては、と猛る激情が削れたせいで。


「当分は大丈夫なはずだが……理由の説明は難しいな。敵の命令系統に細工をして、ワタシ達は確保済み、及び移動は保留。という偽物の指令を流した訳なんだが」

「……細工? ……まあ、理由はいいや。とにかく堂々としてても安全なんだな?」

「ああ。偽装が破られない限りは」


 やはり、不安になる。

 偽装が破られはしないか、ではなく、この状況でのあまりの落ち着き様に。溜め込まれる復讐心の増加を意味していたから。


「それで、これからどうするんだ?」

「理想はこの星全ての力を合わせる事だった。あくまで理想だったがな。略奪が始まってしまった以上、悠長に交渉している時間はない」


 この星全ての力。つまり、人間、巨人、妖精、あらゆる種族の協力。

 理想が叶えば、正に伝説の再来だっただろう。

 だが態度からすると、既にその案を捨てている。捨てて、より勝利の可能性が高い手を打とうとしている。

 それが、どれだけ無謀だとしても。


「じゃあ俺達だけで戦うのか?」

「それが現在打てる唯一の手なんだ」

「いや、でも、無理、なんだろ?」

「ワタシは網で宇宙船を捕らえるなど不可能だと思っていた。だが結果は違っていた。だから、まずはキミ達の事を詳しく教えて欲しい。反撃の糸口にする為に」


 結果が机上の空論を覆し、前例という希望となる事もある。それが例え奇跡だとしても。

 言い出しっぺの、そして逃げ延びた者の責任。ハイトは茨の道へ、更なる奥へと突き進む。


「分かった。なにから知りたいんだ?」

「神話から。例の魔王との戦いについて、この星の持てる戦力を詳しく」


 力強く頷き、ハイトは語る。

 もう一度、詳しく。現在にまで伝わっている戦いを、今度は細かく詳細に。

 火龍の火炎による殲滅を。妖精の魔法による迎撃を。巨人の剛力による破壊を。人間の知恵による奮闘を。選りすぐられた勇者達が力を合わせた、天上への反転攻勢を。

 そして戦後各地に残された来るべき時への備えも。


「……それで、今日が追悼の祭の日だったんだよな。祠(ほこら)で祖龍を悼む儀式があって、聖遺物の鎧も人前に出されるんだ」

「鎧?」

「ああ。祖龍の死後、遺言に従ってその亡骸を用いて造ったっていう、神話の遺産だ」

「よし、まずはそれを確保しよう」

「はあ!?」


 ハイトの絶叫。岸壁と船に反響して自身の耳すら強烈に叩く。

 目を剥いての強烈な抗議だったが、ショトラは相変わらずの冷淡な態度で返してくる。


「何が不満なんだ。この時の為に用意されていた物なんだろう?」

「それは、いや、まあそうか……」


 正論に勢いを削がれて口ごもる。拒絶の勢いは呆気なく砕けた。


 来るべき時に備えよ。

 再び星空の向こうから攻めてきて、ハイト以外の島民全員が拉致された今が、確かに来るべき時である。

 だが、気分としては納得出来ない。この島の住民にとっては易々と触れられない神聖な物なのだ。

 そんな伝統による抵抗感も、結局はショトラの理屈に負けてしまったのだが。




 島の中心部にそびえ立つ険しい火山に空いた、広々とした自然の洞窟。かつての火龍の住み処だったそこに作られた祠の前に、ハイトとショトラは到着した。ローズに二人乗りで、迅速に。

 常ならば憧れと畏怖を抱くこの場所も、今は異なる感慨が満ちる。

 本来のこの日なら神官が儀式を行っているはずだったが、当然誰もいないのだ。散乱した祭具がこの場で起きた出来事を物語っている。今一度心に暗い炎が灯った。


 とはいえ、やはりショトラのようにずかずかと立ち入ってはいけない。どうしてもハイトは躊躇してしまう。


「本当にいいのか……?」

「そんなに気になるならしっかり祖先に祈っておけ。許されるように、心を込めて」

「……その通りだよ、全く」


 不承ながらハイトも納得せざるをえなかった。ぶしつけなようでいて文化への理解がある。

 素直に助言に従い、心中で厳かに祈りながら歩んでいく。

 聖域への立ち入りをお許しください。来るべくした来たこの時に力をお貸しください。


 そして、間もなく見つけた。


 神聖な深紅の鎧を。

 継ぎ目の見当たらない、全身を一分の隙もなく覆う意匠。視界用の穴すら無くす為か顔の部分は透明になっている。

 故に深紅の鱗の力強さが際立っていた。

 その輝かしさに、ハイトは言葉が出ない。呼吸すら無意識に抑えてしまう。

 火龍の亡骸を用い、人間が世界各地からその他の素材を集め、巨人が鍛え、妖精が祝福した鎧だ。戦いに備えてか、一組だけでなく、様々な大きさが幾つもあった。更には翼竜用の物まで。

 空間を支配する覇気に圧倒される。畏敬の念を持って、改めて祈りを捧げた。


 ただ、ショトラの方は、また違った感想を持ったようだった。


「…………この星の鎧は、この形状が一般的なのか?」

「ん? いや、珍しいはずだな。そもそも俺は普通の鎧自体あんまり見た事ないんだが」

「……そうか。ならば、どんな力があると伝わっている?」

「……あーと、確か……一番の目的は、攻撃からじゃなくて、人が生きられない天上の神々の領域で人の身を守る事、だったな。最終局面のこっちから攻めるって時にその事で苦労したから対策を用意した、って話のはずだ」


 そう伝わっているが、ハイトには天上の神々の領域がいまいち想像出来ないので有り難みがよく、分からない。神々しい見た目に反して地味な力だとすら思っていた。

 だがショトラの反応は劇的だった。


「だったらこれは、鎧なんかじゃない」


 冷淡な態度は何処にもない。

 声は甲高く、震え気味。それだけでなく、小さな口が大きく、大きな目がより大きく開いていた。

 驚いているのが、それ以上に興奮しているのがよく分かる。戸惑うハイトの前で、来訪者は宝物を見つけた子供のように叫んだ。


「これは、宇宙服だ!」

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