第6話 魔王論異聞

 出身は星空の彼方にある別の星。

 ずっと言葉が通じなかったはずの、青みがかった顔の異質な存在はそう語った。


 ハイトは混乱し、立ち尽くすばかりだ。

 余りに現実味が無く、夜の暗さも相まって、夢の中にいるような感覚に陥ってしまう。

 そんな時。

 急に吹いた風が潮の臭いを運んできて、無意識に動いた手がローズの鱗に触れる。常に傍らにあったそれらがハイトに平常心を取り戻させてくれた。


「……何から、って……」


 少し落ち着いてきたハイトはショトラと名乗った恩人の言葉の意味を考える。

 今日は特殊な事ばかりだった。知りたい事は山程ある。その中で優先すべきは──


 と、そこで気づく。

 自嘲顔で首を横に強く振る。

 まずは違うだろう。問いかけよりも先に、言うべき事があるではないか。


「ありがとう。おかげで親父も皆も助かった」

「……それはこちらこそ、だ。よかったよ。キミが良い人で」


 晴れやかなハイトの礼を聞いたショトラは、大きな目を更に大きく開いて、それから穏やかに応じてくれた。表情は読み取り辛いが、微笑んでくれた気がした。


 大丈夫だ。

 いかに現実味が無くても、目の前の人物は信頼していい。

 このやり取りでそう感じられ、最早ハイトの中から未知への恐れは消え去っていた。


「というか、言葉分かるのか? 半日の間にもう覚えたのか?」


 ハイトは改めて質問する。

 昼間に言葉で苦労したのが演技だったとは思えない。だからこそ出た結論だが、自分でも信じ難いので怪訝な顔になっている。

 そんな問いにショトラは、頭の兜らしき物を指先で叩きながら答えた。


「覚えたのは多機能端末だ。キミ達の言葉を記録し、分析し、自動的に翻訳してくれる機能がある。本来なら情報収集に時間がかかるものだが、あの巨大生物……クラーケンだったか? から回収した偵察機から横取りさせてもらえたから早く済んだんだ」

「んん? ……んー、んー……つまりは、物? 何かの加護が宿った魔法道具マジックアイテム?」

「いや、これは技術、人々の知恵の成果だが……まあ、そうだな。キミの言う通り神秘道具オカルトアイテムだと思ってくれればいい」


 首をかしげて納得出来ないまま聞き返せば、一応の同意が得られた。

 だがそこにハイトは説明が面倒になって適当に誤魔化した時の雰囲気を感じていた。漁や翼竜の乗り方を教わる時に父親がよくしていたし、彼自身にも覚えがある。具体的には今日の事を村人に説明する時だ。

 だからもうこの件は大して気にせず流す事にした。


「で、それとクラーケンに何の関係があるんだ?」


 途中で口にしていたが、その理由が分からなかった。そう言えば偵察がどうのと言っていたが、クラーケンにはどう考えてもそんな知性は持たないからだ。

 そして新たな疑問にもショトラは、淡々と饒舌に説明してくれる。


「あの生物を変異させた原因こそが偵察機だからだ。小型の機器だけを送り込み、着いた先で生物に寄生し支配するんだ。効率化、費用削減、そして偽装の為だな。情報収集に加え、獲物を横取りする可能性がある邪魔な存在を排除する役目もあったんだろう」

「……えー、邪魔を排除、って事は、あれも星空の向こうから来たのに、アンタの敵なのか? じゃあ何処の誰なんだ?」

「単なる略奪者だよ。高度な文明を持ちながら非文明的な行為を好む野蛮人だ。それが、キミ達の星を狙っている」


 声に重苦しい真剣さが加わった。

 ただならぬ気配に、ハイトは思わず息を呑む。これまで夢のようだった話で、今も現実味が薄い内容だが、強引に真実だと理解させられた。


「資源、土地、命。奴らはあらゆる物を奪い尽くす。他の星への尊重など一切無い。キミ達の歴史にも名を残す略奪者はいただろうが、規模がまるで違う」

「……いや、でも、そいつは昼に倒したんだろ?」

「いずれ本隊が来る。あのクラーケンより巨大な艦が無数に、それこそ空を覆う程の数でな。そうなればこの星に住むキミ達の歴史は終わる」


 空気が静まった。

 言葉が出ない。暗い未来を想像したハイトは顔色が沈み、体の底が冷えるのを感じていた。

 警告内容を理解したからではなく、主にショトラの語り口によって。

 底冷えする声には端々から憎悪めいた強烈な敵意を感じ、暗黒めいた大きな瞳には光を呑み込まれてしまう感覚がある。希望を抱かせない、抱いていないようなその姿に、信頼に勝る異質な恐れを覚えていた。


 しかしその一方で引っかかりを感じてもいた。冷静な部分が光明を求め、それに意識を割く事で恐れから目を逸らす。

 そんな表情の変化に対し、ショトラは首を回す。どうやらこの仕草は、首を横に振るのと同じ意味らしかった。


「信じられないのも無理はない。理解には時間が、それこそ数百年数千年もの文明発展の蓄積が必要だろうからな。だが今この時代に危機が迫っている以上、受け入れて貰うしかないんだ」

「……いや、黙ってるのはそうじゃなくて……って、そうだ、聞いた事あると思ったら銀の魔王だ!」

「何の話だ?」

「だから、大昔にその、略奪者? っぽい奴を退治した話があるんだよ!」

「……なんだと?」


 ハイトは興奮気味に伝説を語り始める。

 事の始め、流星を見た時から連想していた物語を。銀の魔王の襲来と立ち向かう人々の神話を。




 聞き終えたショトラはしばし黙っていた。大きな頭を片手で押さえて下を向き、恐らく考えている様子で。

 ややあってから、囁くように静かな声で言った。


「……それは、確かに可能性はある」

「だろ? やっぱそうだよな!」

「しかし、だからと言って何かが変わる訳でも……」

「いや、昔撃退出来たんなら、今回だって護り通せるかもしれないだろ?」


 ハイトはある種能天気な、しかし確信を持った言葉を答える。ただし、その声には覇気が無く、顔はひきつっていた。


 敵は星空の彼方に住む人であり、神々に反旗を翻した魔王の類ではなかった。だが、それに匹敵する力の持ち主だというのならば、とても太刀打ち出来ないだろう。今のこの時代に神に愛された龍はいないのだから。為す術無く滅びを待つばかりである。

 伝説と符合するという事実が、未知への恐怖を増幅させていた。


 それでも敵は人なのだ。いかに優れた文明を誇っていたとしても、それはあくまで人の領域に収まる範囲なのだ。事実、昼間の変異したクラーケンは撃退出来た。

 その一点にすがって恐れを誤魔化した、彼なりの意地。男としての強がりの言葉だった。


 それに相手を知り、対抗する為の力を持つ味方もいる。そういった信頼、あるいは期待を込めて、空から来た恩人を見やる。

 すると、たっぷりの時間を使って見つめ合う形になってしまい、内心を見抜かれないかと不安になる。

 その前でショトラは微笑んだ。気がした。


「……そうだな。可能性はある。大いにある。しかし戦力差は絶望的だぞ?」

「何もかも奪われるって時に大人しくしてられないだろ」

「ああ。だったら遠慮せず、頼りにーー」


 そう言いかけたところで、突然夜空を見上げた。つられてハイトも目を向けるが、あるのはただの見慣れた星空だ。何も見つけられず、首をかしげるばかり。

 しかしショトラは違った。

 わなわなと震え、あからさまな動揺が滲む声で叫ぶ。


「そんな……早過ぎる!」

「どうした?」

「略奪者だ! 今まさに大型の艦が接近してきている!」

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