第3話 見習い漁師と光線銃

 目の前で繰り広げられる戦いは神話の再来か。はたまた悪夢か怪奇譚か。


 未知の何者かは、絶え間無く光線を放って敵を焼き貫く。神官や魔術師の術とは全く違う。簡単な作業で生まれるその光線には神秘を感じなかった。

 クラーケンはどうやら使えなくなったらしい水流の代わりに足を強引に振り下ろす。こちらは原始的な恐怖を呼び起こす単純な暴力だ。


 向かってくる攻撃を見た何者かは素早く再び鋼の鳥の中に引っ込んだ。かと思えば船のように動き出し、大空からの猛威から逃げおおせる。

 帆もなく漕ぎ手や引き手もいないのに進むそれは、まさしく天を由来とする乗り物だった。

 しかしもう恐れは感じない。漁師達がいない方向に向かった後、不規則な航路で付かず離れずを保つその姿はどう見ても囮。数々の恐ろしい攻撃を全て引き受けてくれているのだから。

 それは勇ましい戦士の姿だ。


「すまん、任せたっ!」


 己の感じた印象を信じ、ハイトは戦いに背を向けて負傷者の救助に向かう。

 ローズの背に乗って行き先を指示。脚と翼を使っての器用な泳ぎは存外に速い。あっという間に目的地へ辿り着く。


「親父っ!」

「……悪いな。下手打っちまった」


 自身の翼竜に掴まって浮く父親に呼びかけ、手を貸して背中へ上らせる。そして怪我の具合を見れば、出血は多いが命に別状はないようだった。自分で龍の熱を生み出して海の冷たさから身を守る力も残っていた。

 ひとまず安堵し、他の仲間の安否確認に移ろうとして、そこで息を呑む。


「……っ!」


 海が赤く染まっていた。

 ハイト以外──翼竜も含めて──の全員が程度の差こそあれ負傷し、血を流している。見慣れた海が地獄の様相だった。

 唯一無事だったハイトは、あの時海に落ちていたので狙いから外されたのか。なにんせよ動ける彼が働かなければならない。

 しかし現状では応急処置もままならなかった。比較的無事な翼竜に乗せ、この海域から離脱してもらうのが最善か。


 しかし、それでいいのか。

 ハイトは不安と恐怖で背筋が凍る。

 もしあの巨体が追いかけてきた場合、故郷の島が、その人々が被害を受けるのではないか。


「畜生なんなんだよっ!?」


 葛藤の中、理不尽な現実への憤りが口を飛び出した。

 普通クラーケンは空を飛ばないし、水流を発射する事もない。正しく漁が進んでいれば誰も傷つかなかった。

 あんな禍々しい、世の理に外れた姿など悪い冗談でしかなかった。


 しかし、その理不尽の全てを、今も引き受けてくれている人物がいるのだ。


「……アイツは」


 船から上半身を乗り出し、的確に標的を撃ち抜いているが、巨体は怯みもせず攻勢を続けている。体表は既に熱による焦げと穴だらけ。それでも執拗に攻撃を繰り返す様は、まるで不死身の怪物になってしまったかのよう。


 傷だらけなのは鋼の船の方もだ。段々と凹みが目立つようになり、進航も安定しない。いずれこちらのほうが先に限界を迎えるだろう。そうなれば、終わりだ。


「気になるか」


 父親が弱い声で聞いてきた。


「ならねえ奴は恩知らずだろうが」

「なら行け。俺達は自分でなんとかする」

「……んな事言ったって」

「はんっ。半人前が俺らの心配なんざしてんじゃねえ」


 荒い息で血を流す父親が、破いた服を包帯代わりに締めながら言った。平然と、健全な体調であるかのように。

 明らかに無理をしている。だが、だからこそこの思いを無駄にしたくはない。


 ハイトはすぐには決断出来なかった。

 クラーケンへの恐怖があり、仲間への心配がある。

 クラーケンへの怒りがあり、謎の何者かには恩がある。

 どの感情も確かにある中、どれが一番強いのか。

 それを自分で一番理解しているからこそ情けなくて歯噛みする。


 そんな沈黙に対し、父親は嘲るように鼻を鳴らす。そして鋼の船に向かい、ハイトを指差しながら大声を放った。


「おいアンタ! ウチの馬鹿息子は必要か!?」

「Nnd?」


 相手からはすぐに反応が返ってきた。クラーケンと生死のやり取りをしつつ、チラリと見てくる。

 そして指差しの意味に気づいたのか、行動が変わった。

 足元の船とクラーケン、それからハイトの間で視線を行ったり来たりさせたのだ。揺れる大きな瞳から窺えるのは、迷い。

 しかしそれは、ほんの僅かな時間でしかなかった。


「Twkstkr!」


 めいっぱい手を伸ばし、叫ぶ戦士から感じるのは切実な思い。助けを求める声。


 自分が助けを求められている。あの、理不尽な化け物と渡り合う英雄に。

 そう、頭で理解するが早いか、ハイトは叫んでいた。


「ロォーズッ!」


 愛竜はすぐに応えてくれた。荒れる海面を脚と翼で泳ぎ、十分な速度がついたら羽ばたいて空へ。

 潮風を肌で感じ、見極め、活かすために乗る。更に多少の無理をさせ、急加速で戦士の下へ。

 速度を落とさぬまま限界まで腕を伸ばし、戦い抜いた小さな手を掴む。感触は意外と柔らかい。本来こんな荒事には似つかわしくないような手だった。

 力と尊敬の念を込め、引き上げて鞍の後ろに座らせる。


「悪かったな、一人に任せて。こっからは俺も手伝うぜ」

「……riwiu」

「おうよ!」


 呟くような声に熱く勢い込んで返答。やはり言葉は分からないが、なんとなく悪くはない気がした。

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