第26話 神を暴け

翌日朝の参謀本部会議冒頭。

「内密の調査により議事堂爆破・総司令部爆発物両事件において陛下推戴派の関与の疑いが浮上致しました」

 大会議室のテーブルについた参謀本部部長面々を前に福部ふくべ大佐が報告する。

「推戴派が?」

結城ゆうき中将が半信半疑な顔を向けた。


 皇帝推戴派、宮城に座す皇帝が直接政治を行う、親政を是とする一派である。推戴派は軍にも賛同者は少なくない。が、穏健派として認識されていたから彼の怪訝ももっともであった。


「議事堂爆破事件に関与した施工業者と警備員が推戴派の内の急進派『一葉会』と接触してございました」


 急進派は皇帝の絶対親政を求め議会政治はもちろん、軍の国政参与も否定している。必要とあらば武力行使も手段とする生粋のタカ派だ。


 「しかし推戴派内では少数派だったはずではありませんか?彼らにあれだけの規模の事件を起こせる金と人の準備ができるとは考えにくい」

第七部の巌美いわみ大佐は疑問を口にした。

「少数派ではありましたが、今年に入り急に力を増しております」

「黒幕がいるのか?」

腕組みをした総司令が問う。

「断定はできません」

軽く頷いた彼は書記官に命じる。

「長官に知らせろ。供述を引き出す手がかりになろう」

「は、」





 総司令はコーヒーを一口すすってから言った。

「さて、これまでの軍の対応は後手に回っている。こちらも神を騙る奴らを出し抜いておきたいところだ。が、ただ犯人どもを捕えるだけでは事が長引く。一網打尽にする必要がある」

頷く頭が幾つかあった。

「閣下、」

片手を挙げたのは佐渡だ。

「報道各社に爆破事件がテミスの犯行である事と彼らの犯行声明を公表としてはいかがでしょう」

「参謀長は何か企んでおいでか?」

式部少将が口を挟んだ。

「軍が情報を与える事でテミスを悪とする世論を誘導でき彼らに有利な憶測を封じる事が可能となります。軍としても対応が容易となるでしょう」

ふむ、と唸って総司令は顎に手を当てた。

「しかし全てを公表すると更なる混乱を招く恐れがあるのでは?彼らの制裁の対象になる、と怯える者もいるだろう」

式部が懸念を述べた。

「式部少将の仰せはもっともでございます。しかし、怯えは相手を敵と認識した上で抱く感情。敵とみなされた彼らは味方を減らす事となりましょう」

「報道機関が義賊扱いしてもか?」

「今回に関してこちらにやましい所はございません。最近の情勢を鑑みるに議会がいじられるやもしれませんが」

軽口を叩いた佐渡に対し式部は鼻を鳴らす。

「安定のひねくれっぷりだな、参謀長。敵にはしたくない」

 黙って聞いていた総司令が口を開いた。

「憶測を流されてもいちいち訂正に困る。こちらの持つ正確な物を与えてやったほうがいいだろう。もちろん一葉会の関与は白黒はっきりするまで伏せてな」

「捜査より先に関与に気づかれはいたしませんか」

第四部一色大佐の懸念に総司令は確信を含んだ笑みを浮かべた。

「…そう時間はかからないさ」





 

 警察の更なる捜査により議事堂爆破事件実行犯らは一葉会のメンバーであると判明した。

黙秘或いは曖昧な供述をしていた者は会の名を出された途端に自供を始めた。

 議事堂爆破事件から四日後。彼らの供述を元に警察と憲兵部が一斉に会員の聴取、家宅捜索を開始した。


 大規模捜査の開始とほぼ同時に、総司令部広報官は報道各社に議事堂爆破事件並びに東総司令部爆破事件の調査結果、犯行グループの名を『テミス』と公表した。 

 相次ぐ爆破事件の犯行声明とテミスの名は、続報を求めていた報道機関により瞬く間に帝国全土に広がった。

 警察と憲兵部の捜査の結果、一葉会中心メンバーの一人、海防軍団大尉の家からは東総司令部に宛てられた犯行声明文と同じ文字のタイプライターを押収した。別の中心メンバーである機動軍団少佐の家からは議員会館の見取り図と議事堂の設計図、議事堂敷地の詳細な地図が見つかった。

 


 「テミスの正体は一葉会で間違いないようだ」

 総司令は「機密」の印が入った報告書の表紙をぱたんと閉じた。

「こんなものが正義を語るとは、ふっ、笑わせる」

「は…、」

「………」

 書記官が自分と同じ思いを抱いていないらしいことに気づいた総司令は、机を挟んだ相手に渡しかけたファイルをサッと引き戻す。

 ファイルを受け取り損ねた佐渡は左手を伸ばした。黒表紙のファイルを持った右手を後ろに引く総司令。左脚に必要以上の重心が掛かったせいで力が抜け、佐渡はぐらっと体勢を崩した。自然、机に両手をつく。

「っ、…閣下」

前のめりになった佐渡の顔を下から見上げる総司令。互いに互いの顔を覗き込む形になった。

「気になる事でもあるのか、言え」

「…容疑者共が自供を始めたのが妙だと思いまして」

「そうか?」

「調書によればテミスの名を出した途端に皆、罪を認めて供述を始めております。まるで誰かを庇っているような印象を受けます」

「ふむ…」

 一葉会の属する皇帝推戴派は大きく見れば皇帝を尊ぶ保守系の一派だ。

 総司令は書記官兼第三部部長を鋭い目で見上げる。

「―――お前の勘が合っていたら、奴らは誰を庇っている」

「―――帝室におわす御方ではないかと」

 総司令の眼がぎらりと輝いた。

 かのお方が黒幕ならば一葉会が急に力を持った理由も腑に落ちる。

「確証はございません」

「が、そう仮定した場合全ての疑問に説明が付いてしまう」

議事堂爆破に使われた採掘用の火薬にしろ、帝国東西各所で一日の内に爆破事件を起こす計画にしろ、人をその気にさせて動かせる名は帝室くらいだ。

「伊賀に流して反応を見るか」

 仮定が合っていれば容疑者らは狼狽える。違えば怒る。

「御名が挙がった御連枝の身辺調査はどうする」

手足をお使いになるのがよろしいでしょう」

 タブーをタブーと思わないハンゾウの“手足”は見たものを見たまま伝える。皇帝一族の身辺調査も正確な事実を知らせてくれるだろう。


 

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