第25話 アンマスク


 朝7時の会議冒頭で部長全員に議事堂爆破実行犯グループ———即ち議員会館工事業者と警備員———の逮捕と指示役の存在が伝えられた。続いてもたらされた第八部の調査結果は彼らを辟易させるものだった。

 安芸あき造船所の労災認定は直近5年で1件。ところが所内での急死は5件。怪我で病院に運び込まれた件数は5年で45件に上った。

「労災隠しを疑わざるを得ませんなこれは」

「改善が見られるまで郁島いくしま財閥の入札を禁じるべきではありませんか?」

 第二部部長結城ゆうき中将の言葉に総司令は無言で頷き、冷めたコーヒーに手を伸ばした。

「というとテミスの主張も一理あるという事でございますか」

「義賊か」

 やれやれ厄介厄介、と波多野中将は大儀そうに首を振る。


 想像より苦いコーヒーの味に、砂糖を入れ忘れたと総司令は気づいた。眠気覚ましと気付けにちょうどいいか、と思い直した瞬間、会議室のドアが開いて上野が現れた。  

 「議中に失礼致します。『本日未明、商都近郊の大地主の邸宅が爆破。住人が巻き込まれた』との報が西総司令部より参りました」

 動揺が席上に波紋のように広がる。総司令は室内に響くほどの舌打ちをし、天井を仰いだ。

 「詳報は?」

「暗号電報により届いております」

 佐渡の問いに上野が電文を紙読み上げる。

「『地主宅離れに仕掛けられた爆薬が爆発。邸宅敷地内の家屋と隣接する邸宅4棟が全壊。周辺家屋が半壊。地主宅の一家と使用人計13名は全員死亡、隣接家屋の住人2名が死亡。周辺家屋の住人47名が重軽傷。離れは無人。住人無し。被害に遭った大地主は西方軍所属防空軍団第2基地の土地の地権者の一人』とのことであります。以上であります」

 「…また軍関連か。奴らは軍嫌いと見える」

 第一部の式部しきぶ少将がぼやいた。

「軍がやられてばかりでは国民に更なる不安を与えかねません。議会連中が報道を通してこちらを貶める可能性もございます」

 第四部一色いっしき大佐の意見に総司令は顎に手をやった。


 犯行は全て爆破。火薬に馴れた人間の関与は確実だった。軍人の関与を疑われてもおかしくないし否定できる証拠も無い。


「有事指定をなされれば報道統制が可能となります」

「………」

 否とも応とも言わず総司令は黙り込む。


 有事指定は軍を戦闘待機状態に置き、権限を強化する措置である。が、軍を標的としているテミスの正体を明らかにできなければ有事指定は常態化するだろう。敵の分からぬ際限無き泥沼の戦いに引きずり込まれ、近い将来国内全体の混乱を招くに違いなかった。

 総司令が渋ったのはそこまで見えていたからでもあった。



 ぱたり、と経過報告書と調書の束をとじた佐渡は口を開く。

「———閣下、」

「何だ」

は公平な御方ではないようでございます」

「根拠があるのか」

「被害は軍と議会に集中しております」

「それは軍が奴らのいう天秤を傾けているからだろう?」

 テーブルの端の下座に控えていた上野がはっとしたのが視界の隅に映った。佐渡はゆっくり頷く。

「仰せの通り。思想、宗教、貧富、権力———世間は争いに溢れてございます。を名乗る者が声明の通り真に”平和”の為に制裁を科すというなら、国民全てが対象となりましょう。軍だけ、議会だけが均衡を崩す存在ではありえません。であるのに被害を受ける、神のなさる行いにしては矛盾してございましょう」

 完全な屁理屈だが一理以上ある、とぼやいて式部は椅子の背に腕を回した。

「とするとなんだ、テミスとやらは我々と議会が嫌いな連中だというのか」

「御意」

 ちっ。

 舌を打つ音が再び会議室に響いた。

「所詮は目隠しされた神の名を借りる連中か」

 テミスの像は目隠しを付けた姿で作られた物が多い。

「上野、憲兵部と警察とに連絡しろ。軍と議会を嫌う連中を洗い出し議事堂と司令部爆破事件に関わる動きがあったかを調べさせろ。福部、同様の目的でハンゾウを動かせ」

「はっ」「かしこまりました」

 猛禽は獲物を見定めつつある。



 





 会議後、自身の執務室に戻った佐渡は湧き上がる感情を抑えることができなかった。

「———ふふっ」

 法と正義の神を名乗り平和と未来の為に力の平衡を取る、か。


ぎし、と拳が固められる。

「はははははっ」

 

 所詮は彼らに都合の良い主張世の中を「正義」「平和」と宣っているに過ぎない。いかに矛盾した行為も正義や未来という明るい言葉で飾れば美しく聞こえるものだ。

 それを泥にまみれさせるのも悪の仕事。軍が悪というのなら薄っぺらい正義より説得力があろう。暴力を振るう者は英雄にも悪人にもなりうるのだ。

「———面白いじゃないか」


 展望の無い理想に殴られるのは腹が立つ。主と決めた人へ拳が振るわれるなら尚の事。

 結果が松河原総司令閣下の利となる場合に限るが―――我が主の敵は誰であろうと叩き潰す。議会かつても今度も。

 

 天秤を名乗るのも相対的なものを語るという点で間違いではない。絶対的なものは量れないという点でも。


 日常、自身の陰口を聞こうが揺らがない佐渡の顔は嗜虐と憤怒に彩られている。

彼は皮肉に唇を歪めた。

「壊してやる」

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