私、ロボだけどこんな所にいられません!

 突然憤怒の咆哮を放ったのは、うさ耳型給仕ロボ5号機イツキちゃんだ。

 彼女はその場で汚染防護服を脱ぎ捨て、頭から煙をモクモクと沸き立たせながら、大股でノシノシと、こちらに歩いてきた。


『ナナちゃん! 私、実家に帰らせて貰いますですの!』

『イツキ、やっぱどこかにダメージ入ってたにゃ? ムツキが戻ってきたら、先にメンテ入るにゃ?』

『私は正常ですの!』


 うーん! 正常じゃなさそう!


「イツキちゃん、落ち着いて。どうしてそんなに怒ってるの?」

『怒るっつーか! こんな状況でむしろ冷静なのが異常なんですの! 隕石ですの! 隕石ですのよ!? こんなことあり得ないですの! なんで気づいたら全部ぶっ壊れていて、その瓦礫を片付けてるんですの!?』

『イツキ、私も自動運転車に轢かれた時にそう思ったけどにゃ、この理不尽が人生ってやつなんにゃ』

『人生なんてチープな言葉で誤魔化すな! そもそも私はロボなんですの! 人生なんて関係ねーんですの!』


 それは確かにそう。


『私、私の目標が…! 人気ランキング一位の夢が…!』


 あ、これ、かつてのナナちゃんと同じ症状だな?

 僕がナナちゃんを見ると、ナナちゃんも僕を見ていた。お互い苦笑して目を反らす。


『いや、ボディが再起不能になるよりは絶対人気へのダメージは少ないにゃ? イツキの場合、店が直れば元通り、何の問題もないにゃ。だからほら、無駄話してないで瓦礫片付けるにゃ。お前が頑張れば頑張るほど、店の復帰は早くなって、人気を守れるにゃ』

『それがやってられねーってんですよ! 私は給仕ロボなんですの! 瓦礫片付けるのが仕事じゃねーんですの! さっさと業者呼ぶですの!』


 そう言われてみれば確かにそう。


『んー、じゃあ、イツキ。今から本店の方へ行くかにゃ? 店長は消防署やら区役所に面倒な書類出しに行ってるから、代わりに私が希望を伝えとくにゃ。あ、ついでだからこいつに道案内してやれにゃ』


 こいつとは僕のことだ。いや、まぁ、本店には行く気だったけれども…。


『それも断るですのッ!』

『はぁ?』

「えぇ?」

『私、この仕事辞めるですの!』


 僕とナナちゃんは互いに顔を見合わせた。またぞろ面倒な事態になりつつある。


『イツキ、お前はロボなんだにゃ。お前はこの店の備品で――』

『うるせーですのッ! 私、ロボだけどこんな所にいられませんの! 帰らせてもらいますですの!』


 イツキちゃんはそう叫び、のしのしとファミレスの敷地から出ていってしまう。

 ある業界では完全に死亡フラグというものを建てきるセリフだったので少々心配を感じるが―――


「…どうする、ナナちゃん」

『どうすると言われても、今は隕石落下騒ぎで一杯一杯にゃ。イツキの暴走に付き合ってる暇はないにゃ…』


 ナナちゃんは大変鬱陶しそうに言った。まぁ、確かに状況的に考えればお店の片付けの方が優先のように感じられる。


『ま、放っておけばそのうち戻ってくるにゃ。戻ってこねぇなら警察に捜索願を出すだけにゃ』

「そっか」


 まぁ、その辺りは店長にも判断して貰い、ナナちゃんに対応してもらおう。部外者の僕が口を出すところではない。


「それじゃナナちゃん、片付け頑張って。無理しないでね。機能停止しそうだったら、迷わず工場へ行ってね」

『へいへい』


 疲れた様子のナナちゃんは、もうさっさと行けにゃとでも言うように、僕から視線を外して手を振って僕を送り出した。

 僕はそのまま大通りへ出る。


 そういえば、本店の位置はどこだったかと、ARデバイスのマップ機能を展開してルートを検索する。

 ふーむ、電車に乗って10分か。割りと近い。

 実は、本店の方へは行ったことないのだ。1号機、2号機、3号機の給仕ロボ達がどんな子達なのか大変興味深い。フォーちゃんにも誘われているし、今日は偵察の意味を兼ねてコーヒーでも―――…


「イツキちゃん?」


 僕は、雑居ビルが並ぶ路地の暗がりで、膝を抱いて座ってるイツキちゃんを見つけた。


『…な、何か御用ですの?』


 僕が呼びかけると、イツキちゃんはバツ悪そうに口を開いた。


『こんな野良ロボットに声をかけるなんて、お客様も変わった人ですの』

「そうなんだよね…。よく変人だって言われるんだ」


 それは大変不服なことなのだけれど、世間における僕への評価である。


「それにしても、隕石が落ちてくるなんてね。運が悪いというよりも、事実は小説よりも奇なり、ってやつだね」

『…』

「でも、仕事を辞めちゃうのは、勢いつけすぎじゃない?」

『……うるせーですの』

「行くアテあるの?」

『………ほっとけですの』


 やはり、何の考えもなしに飛び出してきたようだ。

 このまま放っておくことはできない。ここは、僕が一肌脱ぐほかあるまい。

 仮にこれが人間の少女に対する行動であったのなら、場合によっては僕の世間的名声と今後の人生全部を賭けて行う超高リスクの行為ではあるのだけれど、幸いイツキちゃんはロボであるし、ファミレスを辞めて野良であるわけであるし、ギリギリセーフだろう。きっとセーフだ。


「ねぇ、イツキちゃん。もし暇だったらさ―――」

『なんですの?』


 イツキちゃんはゆっくりと顔を上げた。


「ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけれど」

『え?』

「イツキちゃんって、掃除とか得意?」

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