3-5 Ginevra de' Benci



スタート地点は西端、コースは右回り。


西側の半円の頂から走り出し、北方向へ90度の弧を描いていく。


やはりこのインプレッサとアレクのカマロでは馬力が違いすぎる。


緩い右コーナーを駆け抜けながら、マキシマはアレクに先導を譲った。


四つ目のテールランプが眩い。


しかしこの緩いオーバルコーナーを抜けた次点には複合コーナーが迫るはずだ。


90度左、すぐに45度右、短い直線のあと90度右。


再び短い直線のあと45度右、すぐに90度左で元のオーバルに戻る。


センピオーネ公園北端に突き出たセンピオーネ競技場を、角張った複数のコーナーで回り込むコース設定だ。


カマロには勝ったこともあるが、いまだパワーで劣っているのに変わりない。


ここで差を詰め、抜く。


叶うなら差を広げ、後半のスピードセクションを逃げ切る。


鼓動が早まる。


ここからが自らの見せ場であり、そして正念場でもある。


バットを握ってバッターボックスに入るのによく似た緊張が走る。


緩いコーナーを抜ける。


すぐに正面に現れる突き当たり。


車内に響くのはエンジン音。


そしてこの瞬間、二つの鈍い音がさらに重なる。


クラッチを蹴る音。


シフトノブをセカンドに入れる音。


タコメーターがレッドゾーンまで駆け上がり、次の瞬間にはエンジンが悲鳴のような咆哮のような雄叫びのような音を上げレブまで昂まる。


そして1拍を測って踏み込むブレーキ。


背中から感じる重力、ホイールの中で燃え上がるディスクブレーキと沈み込むフロントサンペンション。


その減速は研ぎ澄まされたカタナのように鋭い。


バネの柔いカマロは瞬き一つ分早くブレーキを踏んでいたらしく、一つ目の左コーナーでインプレッサはカマロのテールランプを捉えた。


次の右コーナー前に光るテールランプがインプレッサのフロントバンパーを紅色に染める。


ここだ。


カマロは車体が重い。


一度アウトに膨らまねばコーナーを曲がり切れない。


マキシマはその隙を見逃さなかった。


針の穴を広げる勢いで鋼のワイヤーを捻じ込むように、インプレッサは一瞬だけ空いたインに鼻先から突っ込んだ。


並ぶ。


会場とライブ中継のコメント欄が湧き上がる。


なぜなら、確定しているからだ。


一周目のコーナーセクションを制した者が。


次のコーナーも右、そのインにいるのは、インプレッサ。


コーナーセクションの折り返しとなる直角の右を抜けたその瞬間、マキシマのインプレッサはカマロの前に居た。


2台が再びオーバルセクションに戻った時、マキシマの思い描いていたセオリーのシナリオと、寸分違わぬ光景が広がっていた。



 

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