2-21.Madonna of the Carnation



「───レオさん」


「あぁ?」


「睨むお顔もかっこいいですね」



ホテルXYZ前。


このメディオでは世界と共に音も死んでいる。


彼と彼女が声を発している他は、街灯のコンデンサーの音すら聞こえるほど静かだ。



「このあと食事でもどうですか?」


「誰が行くか」


「判断が早くて素敵です。では、一つ頼みたい事があります」


「なんだ?」


「乗せて行ってください」


「は? 車ならあるだろ」


「このサリーンは身体に合わないです。このままワイルドウイングにお返しします」



拳の中指でS7のルーフをコンコンと叩くヒューガ。


その車はレーサーであれば誰もが欲しがる車だ。


それを、「身体に合わない」?


素人がふざけたことを言うなと、レオは言葉なくして表情だけでそれを言い放った。



「夜道が怖いので守っていただけると」


「分かったようるせえな」


「照れ隠しがかわいいです」



この金髪の女が浮かべる穏やかな笑顔は、レアドライブ上では欧州の天使とも讃えられるほどに美しい。


レオはその笑顔に見向きもせずに愛車のF40へと向かった。


助手席のドアを開けるようなこともしない。


ヒューガなど存在していないかのように左側の運転席のドアを開けて乗り込む。


それでもヒューガは少し嬉しそうに、F40の助手席へ腰を下ろす。


ホワイトムスクの車内香料に、ヒューガのシトラスの香水の香りが混じる。



「この車は検便ですか?」


「禁煙だ」


「そうですか」



金管楽器のように品のあるエンジン始動音。


それはレオには似合わないようにも思えたが、助手席の距離から見るレオにも清潔感がある。


汚れのないコートに皺のないTシャツ、質の良いデニムとブーツ。


ジジからこの男は完璧主義だと聞いているが、F40はそれに似合う愛車だとすら思えた。


いいや逆に、F40に似合う男へと成長したのはレオだという過去も想像できるのだが。


レースとは全く異なる穏やかな半クラッチで、F40は足を踏み出す。



「ガレリアまでお願いします」


「あ? すぐそこじゃねえか。歩けよ」


「私の健康にまで気を遣ってくれるなんて優しすぎます」


「そんなわけあるか。それでもこの車に乗るなら、テメエは無理矢理にでも俺と話す目的があるはずだ」


「うるさいですね」


「俺の真似か?」


「レオさんが図星を突かれた時に言う台詞です」


「うるせえよ」



背だけはレオよりも低かったはずだが、その長い脚はフェラーリの助手席であろうと窮屈そうに見える。


窓枠に頬杖をつき、ひとけのない景色を見ながら笑顔を浮かべるその美しい女に、レオは一瞥もくれなかった。



「懺悔をさせてほしいんです」


「俺は神じゃない」


「それは確かに」



 

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