1-7.Annunciazione



《さぁて、役者も出揃ったところで前座はここまでだ。レオ、分からせたきゃレースで分からせな》


《……ああ》


《今から主役はレーサーに譲るぜ。レーサー4名はマシンへ!》



ジジがマイクを切って観客からの声援を浴びているのを横目に、レオは先頭を切ってステージを降りた。


愛車への足取りは軽いようで、重い。


今夜の主役は自分であるつもりだった。


それなのに、自分の背後を歩くあの金髪の女が全部を持っていきやがった。


自分と同じくバンドメンバーに扮していたのは、まあ賛辞してもいい。


だが何より気に入らないのはあの女は最初からステージの上にいて、レオがそこそこの歓声を嬉々として受け入れている様を全て後ろから見ていたことだ。


どんな気持ちだった。


自分より下のストリーマーが自分よりも小さな歓声を浴びているその様は、どれだけ愉快だった。


レースで分からせるなどジジのその場凌ぎの台詞でしかない。


なぜなら彼女はレーサーではないから、勝利などそもそも狙っていないからだ。


勝負にならない、悪い意味で。


……だが、ステージ上でレオに向けたあの眼差しだけは、不思議とそんな捉え方はできなかった。


心当たりはある。


このヒューガという女が人気を博したのはその見た目だけではなく、マキシマの才とは一味も二味も違う才。


あの女は、ギター、歌、料理、そしてシューティングからエクストリームスポーツまで、僅かな期間でプロをも凌ぐ腕前まで上り詰めるという奇跡のビデオログ配信を幾度にも渡って行っていることを、レオは微かに知っている。


いわば“持っている人間”なのだ。


レオとは違う。


フェラーリF40のドアを開け、キーを捻ると、品のある咆哮を上げて二本出しのマフラーが火を吹いた。


レオは努力した。


血の滲む努力を経て、今レーサーの頂点にいる。


見た目と才能だけで上り詰めたヤツとは、違う。


あのクソ女は、努力などしていない。


レオの目線は前方へ。


レーサーの愛車のブース。


ヒューガは自らの愛車に被せられたベールに手をかけている。


会場の目線は全て、彼女の愛車へと向けられた。


メディオ、いや、ヨーロッパ最強のインフルエンサーの愛車が、世界に晒される瞬間を。













歓声が上がった。


ランボルギーニ・ムルシエラゴ。


漆黒のボディー、エアロキットで更にワイドに武装された前後フェンダー、巨大なリアウイング、そしてボディー全体のエッジを縁取って闇に浮かび上がる、真紅のモール。


F40のヒーローチックな体裁と対を成すようなその禍々しいオーラは、会場をカオスに叩き落とした。


オッズが、揺れる。


レオの思考が軋む。


まさかあの女、本気で勝ちに来ているとでも言うのだろうか───。



 

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