第9話 取り戻す道



 翌日、俺とノパはダンジョンへと潜(もぐ)った。

 穴を通り中に入ると、オレンジ色の壁が出現する。そして足元は湿っていた。

 見覚えがある。いや、じっさいにこんな場所にいたことがある。つい数日前のことだ。

 ダンジョンはそれぞれ中の雰囲気がちがうんじゃないのか、とノパにきいてみた。

「僕もそう聞いてたけどね。……もしかしたらつながってるのかも」

「つながってる?」


「炭鉱都市と泉のあるアクリル村までけっこう離れてるけど、隣町にある。ちょうどソウの家からこのダンジョンもそう遠くはない。場所がリンクしている可能性があるよ」

「なるほどな……。来たぞ」


 ブラムの群れが出現し、襲い掛かってくる前に先手を取る。

 しかし一体はやったものの二体目には斬撃をかわされ、すぐに反撃をくらう。

 なんとか間一髪で避けたが、かすめたのはこめかみでありまともにくらえばかなり危なかった。


「なにやってんだよソウ! かわされても炎を出せば隙を与えずに済むだろ!」

 ノパに激しく怒鳴られる。

「ああ……わかった」

 剣に炎を宿して威力をあげている状態だと、炎を飛ばすのに切り替えのような手間が発生しなかなかにこれが難しい。

 二度目は成功しなんとかその場はしのげた。

「ノパ、余力はのこってないのか」

「ごめん。やっぱりブラムと戦いすぎて力が残ってないみたい。戦闘のサポートはできそうにない」

 申し訳なさそうに、俺の肩の上でノパは身をかがめる。

「わかった」

 俺は口元の汗をそででぬぐい、さらに奥へと突き進む。


 どこまでいっても奇妙な空間とブラムばかりがあらわれる。何度も戦っているうち、さすがに体力が消耗してきた。どこにコアがあるか、相変わらず見当もつかないままだ。

 ブラムの魔法が左肩をかすめ、俺は痛みでその場にうずくまる。炎を飛ばしてなんとか敵は一掃したが、自分でもわかるほどにだんだんと瞬発力や反応、思考が鈍くなってきている。


「だいじょうぶ? すこし休んだ方がいいよ」

「……ああ。コアまであとどれくらいだろうな」

「さあね……。せめてもう少し近づかないと、今の僕の探知魔法じゃ探り当てられない」

「そうか……」

 部屋の角へと移動し座り込んだが、息が切れたままなかなか落ち着かない。

 すると来た道の方から、靴音のようなものが聞こえてきた。それも複数だ。

 立ち上がり、念のため身構える。

 暗闇から出てきたのは見覚えのある少女二人だった。萌音さんと、綿乃さんである。

「は、はあ……?」

「あ……や、やあ!」

 萌音が微笑を浮かべながら大きく手を振る。

「ごめんねヒラユキくん、ついてきちゃった……」

 申し訳なさそうにちぢこまる綿乃。極寒の地にいるかのようにふるえ、青い顔になって萌音にひっついている。


 ふたりともどうしてこんなところにいるんだ。

 いや、答えはひとつしか思い浮かばない。俺たちがダンジョンに入るところからずっとついてきていたんだ。

「ついてきたのか……。なにしにきたんだ。危なすぎる」

 さすがにすこしの怒気をこめて言った。


 そう、このふたりは俺がアルスの生まれ変わりということを聞かされて知っている。だけどとうの俺は、アルスの力をとりもどせる保証なんて、どこにもないんだ。自分が一番焦りを感じているからこそ、そのことは俺からちゃんとどこかで言うべきだった。

「わ、綿乃がヒラユキくんが心配だって言うからさぁ」

「ええ!? 萌音ちゃんが魔法の世界いってみたいっていうから……まあそれも間違ってはないけど」

 二人の表情を見るに、わずかなフィアモズへの好奇心があったようだ。らちがあかないな。

「……ふう。しかし固まっていたほうがもしかしたら安全かもしれん、か」

 ノパが何も言わないので見ると、わなわなと震えていた。目線は綿乃に向いている。

「この子……やっぱりすごい力があるよ。僕に気配を探らせないなんて」

「昨日言っただろう。兎森綿乃(ともりわたの)さん。ブラムに襲われてた」

「わーかわいい! この子がノパくんなんだ!」

 急に綿乃が目をかがやかせて、ノパの元へ駆け寄りてのひらですくうように持ち上げる。そうして小動物をながめるような目を向けていた。


 これがかわいいって、どういう感覚の持ち主なんだ。かなり俗にいうキモカワ系寄りだと思うが……

「わ、やめろ、離せ! 僕は精霊だぞ!」

「あ、ごめんねつい」

 あわてるノパを、すぐに綿乃はおろしてやっていた。だがその後もニコニコと見つめている。

「さて……こうなったら進むしかないか。気を抜くなよ、二人とも」

 二人に言う。きのう合流したばかりの綿乃さんはともかく萌音さんは戦力になるかもしれない。

 そう期待して、先へと進んだ。とにかくコアを見つけなければ。

 だが思い通りにはならず、すぐにブラムの群れに出くわした。ノパが透明の壁のような魔法を出してくれて、足止めしている間に別の道を行くことにした。


 しかしそちらにもブラムが待ち構えている。そうして気づいたときには正面と背後から挟み撃ちになっていた。

「ノパ、萌音さんは戦えるのか」

「基礎しか教えてないし、さすがにこの量相手はまだ厳しいよ」

「……わかった。向こうについててやってくれ」

 俺の方のブラムがかまわずつっこんできて、剣でそれを受ける。一体切り払った後他の敵にも炎を飛ばすが、思うように魔術が使えない。


 炎が小さい。はじめてつかった時のように一撃で敵をたおすには程遠い威力だ。

 クソと内心で悪態をつく。何が足りないんだ。全力でやっているつもりなのに、どうして力が出ない。

 アルマジロに似たブラムには炎のうずをまとった状態での剣撃が効かず、硬い肌で刃が止められてしまう。さらに、そのブラムの尻尾が俺の顔に直撃し、勢いよく後方に吹き飛んだ。

 視界がくらみ意識が飛びかける。立ち上がろうと体に力がいれるが、ひどくその動きものろい。


「ソウくん!」

 上体だけ起こした俺の背なかに、だれかが抱き着いた。感触からして、だれかが俺を起こそうとしてくれている。

 顔をかたむけると、どうやら綿乃が抱き起そうとしてくれてるらしかった。敵はすぐ目前におり、口を開け不気味な歯をこちらに向けている。

 その瞬間、俺は意識を完全にとりもどし――あるいはなにか自分以外のものに動かされるように立ち上がり、意志と関係なく勝手に魔法陣を展開させていた。


 足元の陣に手をつくと、見たことのない魔法が発動する。

 壁から無数の石製の槍が出現し、通路の奥にいるブラムをことごとく突き刺して一掃した。

 振り返ると、背後の萌音たちの方にも同じ魔法が起きており、串刺しのまま動かなくなったブラムの身体が消えていくのが見えた。

「ソウ、すごいよ! ついにやったの!?」

 呆(ほう)けているとノパがうれしそうに近寄ってくる。


「え。いや……何が起きた? 無我夢中(むがむちゅう)で……」

 とまどいつつ答えると「すごい魔法だったよ」と萌音が興奮気味に教えてくれる。

 俺はというと実感がないので、「どうやったのか……全然わからない」とつぶやくしかなかった。

 無事でよかった、などと言って綿乃が泣き笑いを浮かべていた。まあたしかに問題が起きなくてよかった。

だけど、この先こんな自覚のない魔法に頼って、大丈夫なんだろうか。そういう心配はある。

 ノパがなにか思索(しさく)にふけるような目でこちらを見ていた。ブラムと槍が消えた先を見ると、わずかに光がさしこんでいる。

 そこに向かい、穴をくぐると目の前には緑色の草原がひろがっていた。奥には林と、街も見える。

 思わず、言葉を失った。


 ここはナズウェンの街じゃないか。

 俺たちが立っているのはあのダンジョン≪レスタノ≫の出入り口だ。

 ノパの予想は正しかったわけか。「やっぱりつながってるみたいだね」とノパが俺の肩の上で冷静に言う。

「ここが……本当に魔法の世界?」

 萌音が好奇心に満ちた目で辺りを見回している。

 俺はというと、ダンジョンがつながっていることにはもちろん驚いていたが、それよりもまだコアに近づけていないことに落胆した。

「コアにはたどりつけなかったか……。中は迷路みたいでなかなか一筋縄にはいかないみたいだな、ノパ」

「ん。そうだね……」

 なにか考え事でもしているのか、ノパの返事はあいまいだった。


「でも一度やすんだほうがいいかもしれないね。それに……ちょっと、気づいたことがあるんだ、ソウ」

「気づいたこと?」

「うん。もしかしたらなんだけどね」

 意味ありげに言うノパに、俺はとりあえずと言った感じでしたがう。

 あそこの木陰ですこし足を休めよう、と二人に提案し移動する。

 ちょうどいい切り株と岩があり、俺たちはそこに腰かけて改まるノパに注目する。

「で、話ってなんだ、ノパ」

 ノパは切り株の上に立って、うなずき咳ばらいをしてから話しはじめる。


「アルス……ソウが、アルスの力を取り戻す方法がわかったかもしれないんだ」

「なっ……本当か!?」

 俺だけおどろき声をあげ、他のふたりはすこしきょとんとしていた。

「どういうこと?」と綿乃が首をかしげ、萌音が説明してくれる。

「ほら、ヒラユキくんはすごい魔術師の生まれ変わりだって話したでしょ? でも、力はまだ取り戻せてないんだって」

「そうだった! ソウくん、生まれ変わりなんてすごいね。でも……魔法を取り戻せてないんだ?」

 さりげなく下の名前で呼んでくる綿乃さんにとまどいつつも「ああ」と返す。

「それで……どうするんだノパ」

「うん。これは萌音と綿乃の二人にもきいてほしいことだから、ゆっくり説明しようと思う。……結論から言うよ。アルス、いや、ソウ。君は……。女の子と触れ合えば触れ合うほど、魔法を取り戻している」

 ノパが真剣そのものの表情で言う。

俺はあ然となった。正確には、まともな反応ができなかった。話をきいているときと同じ顔つきのまま、目線だけが泳ぐ感じである。

「女の子と……」

「触れ合う?」

 萌音と綿乃が不思議そうに繰り返していた。


「つまりこういうことだよ」

 ノパは指を立てて話し出す。

「アルスデュラントが精霊王と婚姻(こんいん)をかわしていたというのはもう知ってるよね」

「……あ、ああ」

 横の二人は知らないかもしれないが、少なくとも俺は知っている。


「それでアルスにも精霊の力が伝わった。アルスの肉体は人間の寿命のままだけど、魂は精霊の寿命分だけある。だから生まれ変わり、こうしてソウがいる。だけどアルスは精霊の力をすこししか持っていなかったから、魂がうまく伝達されずソウは全く本来の力をなくしてしまっている。ところがそれが、綿乃や萌音と関わると、なぜか力が引き出されるよね」

 そう言われ、これまでのことを思い出す。

 萌音がピンチにおちいったとき。綿乃がピンチにおちいったとき。

たしかに俺の知らない魔法が解放されるとき、必ず女性がいる気がする。

「それで、こう考えたんだけど……」

 容赦なく話を続けるノパを、俺は直視できないままでいた。


「アルスの生まれ変わった理由である精霊の力は、精霊王と結びついている。精霊王に対して持っていた同じ愛って心を思い出すことが、力をとりもどすきっかけになっているのだとしたら……」

「ち、ちょっと待て。俺は精霊王のことはまったく知らないぞ」

 さすがにいったん話をさえぎり、立ち上がって確認をとる。

「それに……二人もなにか精霊王のこと知ってるか?」

「うーん」

 二人とも顎に手を当てたり腕を組んだりして、ちんぷんかんぷんと言った様子である。

「だろ」

「いや、でもこれしか考えられない。精霊王はもういない。ならだれかを愛する気持ちを思い出すことが、ソウの覚醒するために必要なことだと思う」


 たしかに筋は通っている。通ってしまっている。

「つまり……こういうことか。アルスが生まれ変わったのは精霊の力のおかげで、だけどアルスは精霊の力をすこししか持ってないから、俺はまったくアルス本来の力を失ってる。使えるようになるには、精霊王とのつながりを思い出さなきゃいけない……」

「そう、愛の気持ちだよ」

「……あ、愛って」

 簡単そうに答えるノパを見て、俺はめまいがした。

「ずばり言うよ。ソウ、君は女の子と関われば関わるほど精霊王の力を取り戻し、アルスに近づき、強くなるんだ!」

「……ばかな」

 体の力が抜け、その場に座り込んでしまった。


「そ、それって女の子ならだれでもいいってこと!? ひどいよ! 最低だよ! 女の子の敵だよソウくん!」

 綿乃が甲高い声でわめき散らし、俺は困惑して「はあ?」という言葉が飛び出る。

「いや、魔力の強い女の子しかたぶんだめなんだと思う」ノパが言うと、綿乃は表情をやわらげた。

「そっか。なんだ、よかったぁ」

「そういうわけだよソウ、わかったかい」


 他の二人はノパの言うことに勝手に納得していたが、俺は困るぞ。勝手に話を終わった風にされるわけにはいかない。

「ちょっといいか。俺はその……愛……がなんなのか、ちゃんとわかってるつもりだぞ! 家族のことはそこそこ大事に思ってるし、死んだじいさんばーさんのこともわりと好きだったし……」

「やっぱりわかってない! それは家族でしょ? さてはソウ。君……だれかを好きになったことがないんじゃないの」

 じろりと眼(まなこ)を向けられて、俺はうっとうめいて後ずさる。

 反論することができない。自分のなかにその材料がない。

「大丈夫。ソウがアルスの力をとりもどせるように、僕がサポートするよ」

 やさしい母親のような表情になってノパが言う。

「だから二人にも協力してほしい。世界を救うためなんだ」


 そう言われて、萌音と綿乃はさすがに顔を赤くして戸惑っている様子だった。

 いや、それはそうだ。いきなりそんなこと言われて受け入れられない。

「ちょっと……考えを整理させてくれ」

 俺は立ち上がり、ふらふらとした足取りでその場を離れる。


 すぐ近くに湖があった。そのほとりに座り込み、水面にうつる自分を見つめる。

 アルスデュラント……なにが大魔術師だ。我ながら、とんでもない運命を用意してくれたものだ。

 精霊王とのつながりによって、アルス、つまり俺はこうして生きている……。

 愛する気持ちを取り戻すことが、精霊の力、アルス本来の力を取り戻すことにつながる、か。

 考え込んでいると、ふと綿乃が横に来ていることに気がつく。俺と同じように座り込んでいた。

「アルス……さんて、ブラムとかダンジョンを一人でやっつけた、すごい人なんだってね。ソウくんが……その人なんだ」

 励(はげ)まそうとしてくれているのがわかったが、俺はさらに視線を落とす。

「だけど……今の俺はたいして魔法を使えない」

 使えるようになるには…………


 たしかに俺は、たぶんノパが言う意味でだれかを好きになったことがないような気がする。

 もしかするとそれは、俺が、俺のなかのアルスがもういない精霊王のことをまだひきずっているからなのか。

 愛する気持ちを忘れてもなお、まだそんなに思っているとは……

 いったいなんなんだ、その感情は……

「ノパはそれがダンジョンやブラムに対抗する手っ取り早い方法のように言うけど……なんとなく……俺には一番むずかしいことのような気がする」

 自然とそんな言葉が口をついて出た。


 今までこんなことを考えなかった。いまだに気持ちや考えを整理できていないのもそのせいだろう。

「……すごく大変だよね。世界がどうとかって……。わ、私は力になりたいって、思う、よ……」

 綿乃が言って、俺はすこしおどろいて彼女に向かって目を見張った。

 世界を救うため、か……

 だまりこんでいると、林の方からノパが声をかけてきた。

「ソウ―! 二人の装備品を買いに行こう。こうなったら、ダンジョンでも一緒にきてもらうしかないよ」

 俺は返事が出てこず、とにかくぼうっとしたままノパのほうへ向かった。

「行こう、兎森さん」

「うん」

 なんだか今は女性と目が合わせられなくて、挙動不審になりつつも先を急ぐことにした。

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