幼馴染と面接をする話

月之影心

幼馴染と面接をする話

 俺は矢島やじま悠太ゆうた

 特別秀でた所もない普通の高校生。

 まぁ、どの教科も平均的な成績ではあるし、聞こえて来ないだけかもしれないけど容姿で悪口を言われた事も無いので見た目もそんなに悪くは無いのだろう。


 俺には幼馴染が居る。


 能代のしろ清華きよか

 その辺のテレビやネットで少々騒がれるアイドルなんか比にもならないくらいの可愛らしさ、グラビアアイドル顔負けの見事なスタイル、成績は常に上位をキープし、本人が苦手だと言っている運動も平均的な女子以上には出来る。

 それでいてややおとなしめの性格から『一緒に居て落ち着く』と男女問わず人気がある……と言うか多分学校で一番モテる女子じゃないだろうか。

 まさに欠点の無い完璧女子高生。

 完璧故に、清華と親しくなりたいお付き合いしたいと公言出来る野郎共のスペックもかなり高い奴が多く、『学校で一、二を争うイケメン』だったり『常に清華と成績を争っている秀才』だったり『運動部でマスコミに騒がれるくらい活躍したヒーロー』だったりするわけで、俺なんかお呼びじゃないって感じ。




 ……なのに、だ。




 今、俺の左腕に絡みついているのはその完璧女子高生の清華で、ここは放課後の教室で、まだ帰らず雑談に興じていたクラスメートが多数残っていて、目の前には『学校一のイケメン』と『成績トップの秀才』と『サッカー部のヒーロー』が俺を睨んでいる状態で、つまりどういう事かと言えば、俺にもさっぱり分からん。


「と、取り敢えずみんな落ち着こうな。ほら、清華も離れて……。」


 俺を睨む3人は今にも俺に飛び掛かって来そうな顔をしている。

 清華は離れず俺の左腕にぎゅっとしがみついている。




 この状況に陥ったのは、掃除の時間が終わって『さぁ帰ろう』となった直後……今からほんの数分前の出来事だ。

 小走りに教室に戻って来た清華が俺の腕にしがみつき、それを追うように3人の男子生徒が入って来て……なう……である。




「能代さんは僕を選んだ方がいいと思うんだけどなぁ。」


 とイケメンさん。


「何を言うか。能代クンは私を選ぶに決まっているのだ。」


 と秀才さん。


「オマエら頭沸いてんのか?清華ちゃんは俺を選ぶんだよ。な?」


 とヒーローさん。


 3人が身を乗り出す程に清華は更に力を入れて俺の腕にしがみつき、少しずつ俺の背中に隠れようとしている。


「矢島邪魔だどけ。」

「矢島クンがそこに居る理由が分からないんだけど。」

「矢島君って言うの?僕たち能代さんと大事な話の途中なんだよね。」


 口々に俺を邪魔者扱いしてくるけど、そもそも俺が今この状況に置かれている理由が一番分からないんだが。


「わっ私は……貴方たちとお付き合い出来ません!わ、私には悠ちゃんが居るのですっ!」




 なるほど。

 要するに、3人が揃って清華に告白をして誰か1人を選べと言われたが誰の告白も受けたくなかったので俺の所に逃げて来た……というところかな。


 俺、完全に巻き添え食ってる感じ?

 てか、清華の『私には悠ちゃんが居るのです』って言い方可愛い……なんて言ってる場合じゃないか。




「えっと……何となく状況は見えてきたけど……お三方、女の子がこんなに怯えてるじゃん。引き際が男の価値の見せ場だぜ?」


 お?何か俺カッコイイ事言ってない?


「モブは黙ってろ。」


 ヒーローさん、結構口が悪いのね。

 俺からしたらそっちが名も無きモブなんだが……まぁメタい事は言わないでおこう。

 ここはいっちょ可愛い幼馴染の為に一肌脱ぎますか。


 ……と言っても格闘技の経験なんか無いし特別頭がいいわけでも目立ってかっこいいわけでも無い俺が……さて、どうやって清華を守ろうか。

 何にしても3対1じゃ分が悪い。

 出来たとしても時間稼ぎ程度かな……ん?

 時間稼ぎか……使えるかも。


 俺は背後に隠れた清華に耳打ちして3人に正対した。


「取り敢えずこんなんじゃ清華も決められないだろうから、一人ずつじっくり話を聞いて決めさせてあげるのはどうだ?」


 3人は『こいつ何言ってんだ?』みたいな顔で俺を見たり3人で顔を付き合わせたりしていたが、やはり3人の中で一番余裕がありそうなイケメンさんが口を開いた。


「それもそうだね。3人一気に話されても能代さんも迷っちゃうだろうし。」

「まぁそういう事ならしゃあねぇな。」

「それでどういった形で話を聞いて貰えるのか説明してくれないか。」


 俺は清華を背後に隠れさせたまま3人に提案した。


「そんなに難しい話じゃない。『面接』するんだよ。」

「「「面接?」」」

「あぁ。個人面接だ。高校入試の時もあったから知ってるだろ?」


 きょとんとする3人。


「面接官は清華と俺。一人ずつ面接して返事をする。」

「矢島クンが面接官をする理由が分からないが?」

「こんな状態の清華をマンツーマンの面接官には出来ないだろうし、何より俺は清華の幼馴染だからな。」


 言っておいて何だが全然理由になってないな。


「そういう事なら承認しよう。」


 ええんかい。


「まぁこのまま引っ張っても埒が明かねぇだろうから俺も構わないぜ。」

「お二人が構わないなら僕は文句無いよ。面接なんて僕が一番有利なんだから。」


 得意顔のイケメンさん……人は見た目で57%判断されるというメラビアンの法則で言えば確かに一番有利だろうな……




 ……面接ならな。




「それじゃあまず順番を決めよう。」


 俺は手早くポケットティッシュで紙縒りこよりを作り、1本の先端を赤、1本の先端を青に塗った。


「先が赤いのを引いた奴が1番目、青が2番目、何も塗って無いのが最後だ。」


 そう言って3本の根元を掌の中に収めると、3人の方へ突き出した。

 3人はそれぞれが「これ」と思う紙縒りを指で摘んだ。

 俺はそのまま掌を開いて見せた。


「俺が1番だな。」

「僕が2番ですか。」

「私は最後か。」

「では一旦3人とも教室から出てくれ。机のセッティングが出来たら声を掛ける。呼ばれたら順番に入って来てくれ。」


 3人が教室を出て行く。

 何故かギャラリーまで3人に着いて出て行ったが、まぁ落ち着いて面接出来るならそれに越した事は無い。


「悠ちゃん……」

「ん?あぁ大丈夫だって。さっき言った通りにすればいいんだ。」

「うん……何か……ごめんね……」

「気にすんな。乗り掛かった船だ。それに清華は俺の大事な幼馴染だからな。清華が嫌がってんのに知らんぷりは出来んよ。さぁ早く机並べ替えようぜ。」

「うん!」


 俺は教室の後ろの扉の正面窓際に机と椅子を2つ並べ、その正面2m程離れた位置に椅子を置いた。

 俺と清華は窓際の席に腰を下ろして面接の準備は整った。


「では1番の方どうぞ。」


 言うや否や、教室の後ろの扉が勢いよく開かれてヒーローさんが入って来る。

 ずかずかと俺たちの正面に置かれた椅子まで来る。


「ここに座りゃいいのか?」


 もう完全にこの段階でアウトだろ……面接だぞ?


「あぁ、お座り下さい。」

「よっと。で、何を言えばいいんだ?」


 俺は呆れて言葉が出なくなりそうだった。


「あ~……ではまずお名前と所属クラスを。」

「名前は湯沢ゆざわたけし。所属……あぁ……2年A組だ。」


※やっぱ名前って必要なのね(笑)


「湯沢さんですね。自己PRをどうぞ。」

「自己PR?何だそれ?」

「……自分の良い所をきよ……能代さんに紹介して下さいと言っているんです。」

「あぁ、俺のいい所はやっぱサッカーが得意なところだな。この前の県大会2回戦でのハットトリックは気分良かった。惜しくも準決勝で敗れはしたが、試合後にJリーグのスカウトに呼ばれて……」

「よく分かりました。次に能代さんと付き合いたいと思った理由を教えて下さい。」

「そりゃあ可愛いからに決まってんだろ。頭もいいし仕草も可愛い。それ以外の理由が必要か?」

「いえ、結構です。」

「だろ?」


 はぁ……こいつは脳も筋肉で出来てんのかよ。

 取り敢えずこんなんじゃ清華じゃなくても付き合いたいと思えんだろ。


「では面接は以上です。」

「おっ、もう終わりか?」

「うん、終わりだよ。……てかさ湯沢君。」

「何だ?」

「俺『面接』って言ったよな?何だ今の受け答えは?あんなので誰が合格なんか出すと思う?」

「何がいけねぇんだ?」

「全部だ。面接室への入り方から座り方、喋り方、話す内容……どこをどう取っても話にならん。」

「何だと?」


 湯沢が凄んできたと同時に、面接の間ずっと俯いていた清華が顔を上げて湯沢の方を


「私……ガサツな人は嫌いです。貴方とはお付き合い出来ません。」

「なっ!?」

「と言うわけだ。」

「何が『と言うわけだ』だ!こんな茶番納得出来るかよっ!」

「納得するしないはお前の勝手だが、男なら惚れた女を困らせるような事はしない方がいいんじゃないか?」

「くっ……!」

「お引き取りを。」


 湯沢は肩を怒らせて今にもこちらに飛び掛かりそうになっていたが、やがて肩を落として背中を向け教室を出て行った。


「ふぅ……まず1人目だな。」

「……怖かったぁ……だからあの人ヤなのよ……」


 俺と清華は顔を見合わせてくすっと笑った。


「さてと……では2番目の方どうぞ。」


 2人目を呼ぶと、音も無く教室の扉が開けられて優雅な足取りでイケメンさんが此方に向かって歩いて来た。

 正面の椅子の横に立つと、右手を胸に当てて仰々しく頭を下げた。


「2年B組、横手よこて輝美てるよしと申します。ご覧の通り、神が与え給うた完璧なる容姿以外に何の取り得も無い若輩ではございますが、以後お見知りおき下さいませ。」


 隣の清華はドン引きしている。

 俺もだ。


「と、取り敢えずお座り下さい。」

「ではお言葉に甘えて。」


 何だか世界観が違う気がする。


「えっと……では自己PRをどうぞ。」

「はい。自己PRと申しましても先程申し上げた通り、私はこの完璧なる容姿が全てであり、この完璧なる容姿さえあれば他は不問にされた人生を歩んで参りました。故に、存分にこの完璧なる容姿をご覧頂ければお分かりになるかと。」


 どんだけ『完璧なる容姿』を連呼したら気が済むんだ。


「分かりました。次に能代さんに告白した理由を教えて下さい。」

「能代クンは私の求める『美』に於いて完璧な存在です。完璧な美を纏った彼女が私のような完璧なる容姿を供えた者の傍に居るのは当然でしょう。」

「成る程。しかし能代さんは先程それを拒否していましたが、それは何故だと考えますか?」

「簡単な事です。彼女は他に人が居たので照れていただけです。2人きりでしたら迷う事無くOKしていたでしょう。」


 俺は清華の方をちらっと見たが、チラ見だけでも相当嫌な顔をしているのが見て取れたので、ここは直接デス即死魔法を唱えて貰うとするか。


「能代さん。受験者はこのように仰っていますが、もし2人きりならOKしていましたか?」

「有り得ません。」


 即答だった。


「なっ!?の、能代クン……今……何と……?」

「例え2人きりの時に告白して頂いたとしてもOKするなんて有り得ないと言ったのです。」

「あ……あぁ……成る程……今も2人きりじゃないから照れているんだね?そういうところも……」

「まっっったく!ち!が!い!ま!す!」


 横手が喋り終わる前に強烈な拒否反応を示したぞ。

 横手は悦に浸った状態で固まっているが……。


「私は貴方のような自己顕示欲の強いナルシストは嫌いなんです。貴方とはお付き合い出来ません。」


 やっぱ本人から直接対面で拒否されるのが一番効くわな。

 横手の姿がさっきまでの自信満々な完璧なる容姿から、まるで老人の如く無言で朽ちていくように見えた。


「では面接は以上です。お引き取りを。」


 横手は相当ショックを受けたのか、入って来た時とはまるで別人のように寂しそうな背中を見せながら教室を出て行った。


「2人目終了だな。」

「もぉ……本当にあの人ダメ……見てるだけで蕁麻疹出そうだったもん……」


 清華は本当にナルシストが嫌いなんだな。

 心得るまでも無いけど心得ておこう。


「さて、一気に片付けるか。」

「うん!」

「では3人目の方どうぞ。」


 コンコンコン!


 扉がノックされる。

 3回ノックとはなかなかヤルな。


「どうぞ。」

『失礼します!』


 扉を開けず、外から少し張った声が聞こえてくる。

 扉が開き一歩教室内に入ると、くるっと体の向きを変えて扉に正対して閉める。


(ほぉ……基本は出来てるな……)


 そしてこちらに向き直り一礼。

 ゆっくりこちらに向かって来るが、手と足が一緒に出てるぞ。


「2年C組、由利ゆり勝秀まさひでです。宜しくお願いします。」

「どうぞお掛け下さい。」

「はい。失礼します。」


 前の2人と比べるまでも無いが、ここまでの所作は歩き方以外は完璧だ。

 椅子に座った由利は俺の目をじっと見て質問を待っている。

 こういうタイプはセオリー通りの質問をすると完璧に打ち返して来る。

 ここは変化球で様子を見てみようか。


「中学生時代3年間で一番印象に残っている教師の特徴とどういうところが印象に残ったのかを教えて下さい。」


「はい?」


 一球目から狼狽えてどうする。


「あ……いや……あの……」

「何でしょうか?」

「いや……普通、面接って自己PRとか志望動機とか訊くものでは……」

「色々な質問から貴方がどういう方なのかを判断しますので。」

「そ、そうですか……えっと……中学校の時の先生……って……」


 由利はぶつぶつ言いながら必死に中学時代の教師の事を思い出そうとしているようだ。


「も、申し訳ございません……中学時代3年間は高校受験の為に勉学に打ち込んでいた為に教師がどうとか考えた事も無く……」

「分かりました。では別の質問にしましょう。」

「すいません……」

「では、貴方が今までで一番仲良くしている友人の特徴と仲良くなれた要因を教えて頂けますか?」


「えっ?」


 二球目もかよ。


「あ、あの……」

「はい?」

「そ、それが……友人と呼べる人が……」

「居ないと?」

「は、はい……ずっと勉強に打ち込んでいたので……」

「分かりました。」


 これは想定内だ。

 由利は確かに勉強は出来るが、休み時間でも登下校中でも由利が誰かと仲良さげに話をしている姿を見た事が無い。

 幼少の頃は居たのかもしれないが、その頭脳故に着いて来られる友人は限られてくるだろう。

 うちの高校は進学校ではあるがそこまでレベルが高いわけでもない。

 となると、『学校創設以来の秀才』と謳われた由利がそう簡単に友人を作れるものではない。


「では面接は以上です。」

「え?でもまだ私は何も……」

「以上です。能代さん、何か言葉を。」


 清華は由利の方をじっと見て言った。


「貴方は確かに勉強は出来るでしょうけど、友達も作れないのでは一緒に居て不安になります。故に、貴方とお付き合いする事は出来ません。」


 由利は暫く項垂れたまま動かなかったが、ゆっくり立ち上がると先の2人と同じようにトボトボと教室を出て行った。


 扉の閉められた教室で、俺と清華は揃って大きな溜息を吐いた。


「何とか片付いたな。」

「うん……ホント……悠ちゃん、ありがとう。」

「あぁいいって。困ってる幼馴染を助けるのは当然だろ?」

「ホント助かったよ……」

「でも一人ずつなら清華もハッキリ断れるんだな。」

「同時に3人に告白されたらそりゃパニックになるわよ。」

「それもそうか。」


 廊下からはざわざわと話す声が聞こえていたが、やがて話し声も聞こえなくなった。

 野次馬もネタが無くなればただの通行人か。


「さて、俺たちも帰るか。」

「うん!あ、ねぇ……一緒に帰らない?」

「ん?あぁ構わんよ。どうせ同じ方向だしな。」


 俺は鞄を持って立ち上がり、大きく背伸びをした。

 清華も自分の席から鞄を持って来ると、俺の隣に並んだ。




 帰り道。

 俺は清華の歩調に合わせて普段より少しゆっくりめに歩いた。


「ねぇ悠ちゃん。」

「ん?」

「悠ちゃんは誰かに告白されたりしないの?」

「俺が?無い無い。そんな物好きが居たら有難いけど残念ながら一度も……」


 そう言い終わろうとした時、俺の右手を清華が握って来た。


「え?どうしたの?」


 清華はほんのり頬を紅くして俺の顔を見上げていた。


「悠ちゃん……」

「ど、どした?」








「私……悠ちゃんが好き……」








「え?」




 清華が俺の事を好きだって?

 それって『幼馴染として』とかそういうやつ?


「私……悠ちゃんの彼女にしてくれないかな?」


 違った。

 完全に異性として言ってる。


「ぇあ……あの……な、何で……?」


 清華は顔を紅くしてにっこり微笑んだ。


「それってさっきの面接の流れ?だったら……」


 清華が俺の前に立ってお腹の前で手を組んで笑顔を見せた。

 まるで面接会場の椅子に姿勢を正して座っている受験生のように。








「2年D組、能代清華です。私が矢島君の彼女になりたいと思ったのは……」








 夕陽でオレンジ色に染まった清華の笑顔に、俺は『内定』を出した。

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