act.43 普通

 ゴールデンウィーク。

 聖人と出掛けた。

 釣りに行った。

 聖人とは。

 何度か一緒に行ったことがあった。

 きっかけは。

 おれが好きだったからだ。

 初めて行った時。

 聖人は興味なさそうだったけど。

 けど。

 楽しい、と言ってくれた。

 おれは。

 それが嬉しかった。

 嘘でも嬉しかった。

 聖人は嘘を吐けない、って知っているから。

 なおさら嬉しかった。


 夕方。

 実家に帰って。

 姉と遭遇した。

「おかえり」

「ただいま」

 姉は。

 一昨年結婚して。

 実家から出て行った。

 だから。

「帰ってたの?」

 実家にいるとは思わなかった。

「見りゃわかんだろ」

 姉の口調はかなり悪かった。

 おれの口調は姉譲りだった。

「もうそろそろ帰るけど」

「ふうん」

 おれは自室へ向かった。

「聖人んとこ行ってたの?」

「だから何?」

「好きだね、お前も」

 姉はけらけら笑った。

 おれと同じ笑い方。

 不快なのは。

 同族嫌悪だろうか。

「お前ら、付き合ってんの?」

 鼓動が跳ねた。

 おれは。

 悟られないように。

 平静を装って。

「はあ?」

 何言ってんだ、って顔で。

 振り返った。

 姉は。

 ニヤニヤ笑っていた。

 おれは。

 自室へ向かった。


 聖人と付き合っていることを。

 家族は知らない。

 聖人の家族は薄々気付いている。

 おれは。

 元カノがいるから。

 真波と付き合っていた過去があるから。

 普通だと思われていて。

 どれだけ聖人と一緒にいても。

 それは友達付き合いだと思われていた。

 実際。

 友達付き合いの延長なのかもしれない。

 聖人と違って。

 おれは。

 聖人から好きだと言われるまで。

 自分の気持ちに気が付かなかった。

 裏を返せば。

 聖人から好きだと言われたから。

『好き』の意味合いが反転しただけで。

 そう言われなければ。

 きっと一生。

 おれは聖人と友人でいただろう。

 もしも、の話に意味なんてないけど。

 けど。

 考えてしまう。

 今も普通だったら。

 彼女はいたんだろうか、とか。

 結婚とか考えていたんだろうか、とか。

 なんて。

 馬鹿馬鹿しいけど。

 普通、って何だよとか思うけど。

 けど。

 あれこれ考えてしまうくらいには。

 おれはもう大人で。

 分別がつく年齢で。

 将来を考えなければならない状況で。

 だから。

 おれは。

 悩んでいるんだろう。

 姉の挑発に苛々しているんだろう。

 この苦しみがわからない人間を。

 憎んでさえいるんだろう。

 羨ましがっているんだろう。

 いいな、って。

 普通でいいな、って。

 おれは。

 自分から普通を捨てたはずなのに。

 無いものねだりだ。


 聖人との付き合いの中で。

 倦怠期と呼ばれるものはなかった。

 友人付き合いが長かったからだろう。

 恋人らしいことができなくても。

 気恥ずかしくなっても。

 面倒くさくなっても。

 友人らしいことは気兼ねなくできた。

 純粋に楽しめた。

 翌日。

 また聖人と会った。

 今日は。

 車で首都圏の方まで向かった。

 海に行こうと思ったけど。

 海開きにはまだ早いから。

 ショッピングでもしようってことで。

 街をぶらぶらと歩き回った。

 周りには手を繋いでいるカップルの姿があった。

 ベビーカーを押した親子連れの姿があった。

 手を繋いでいる女性の姿があった。

 けど。

 男同士で手を繋いでいる人の姿はなかった。

 おれたちは。

 手を繋ぐことなんて滅多になくて。

 いや。

 ほとんど繋いだことなんてなくて。

 だから。

 うまく隠せていたのだろう。

 だから今回も。

 友人のように肩を並べて歩いていた。

 ストレスはなかった。

 それが当たり前だったから。

 隣を見た。

「何?」

 丁度目が合った。

「いや」

 ごまかした。

 じっと見つめられた。

 正直に言おうかと思ったけど。

 けど。

 そうすると。

 聖人はきっと手を繋ごうとする。

 おれがそう望んでいると感じて実行する。

 聖人は。

 おれの気持ちに敏感だった。

 従順だった。

 だから。

 喧嘩なんてしたことがなかった。

 それが怖かった。

 聖人が怒ってしまったら。

 きっと。

 この関係も終わるんだと思って。

 聖人から始まったこの関係は。

 聖人の気持ちひとつで終わってしまう。

「紋太?」

 聖人が。

 怪訝そうに顔を覗き込んできた。

 清潔感のある容姿。

 凛とした佇まい。

 筋肉質な身体つき。

 色気漂う低い声。

 長身。

 高校時代はストイックに部活に励んでいたから。

 嫌な噂が広まっていたから。

 あまり目立っていなかったけど。

 大学では声をかけられることが多いという。

 全て断っているらしいけど。

「あ、ごめん」

 おれは作り笑いを浮かべて。

 止まった足を踏み出して。

「ぼうっとしてた」

 聖人の背中を軽く叩いて。

 肩を並べて歩いた。

 聖人の視線は。

 おれの気持ちに気付いているような敏感さを秘めていて。

 同時に気付いていないような鈍感さも秘めていて。

 おれは。

 もどかしくて。

 全身がかゆくなって。

 自分で思っている以上に。

 聖人が好きなんだと思い知った。

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