act.17 寒空

 十二月に入った。

 相変わらずおれは聖人と喋ることができなくて。

 それが普通だとばかりに平然と。

 今までどおり。

 いつもどおり。

 クラスメイトと馬鹿をやって。

 笑って。

 けど。

 心は虚しいままだった。


 先月、席替えが行われた。

 おれと聖人は席が離れた。

 おれがクラスの中心付近で。

 聖人が窓際の一番前だった。

 聖人の隣は波瀬だった。

 それが少し癪だった。

 おれは。

 波瀬に嫉妬した。

 嫉妬。

 ならば。

 聖人にそう言えばいい。

 そうすれば。

 聖人は振り向く。

 けど。

 おれは行動に移せなかった。

 きっと。

 おれは聖人が好きなんじゃなくて。

 聖人が欲しかっただけだから。

 否定しない味方が。

 絶対的な味方が。

 欲しかっただけだった。


「牛島」

 放課後。

 昇降口で波瀬に呼び止められた。

 あまり話したことがなかった。

 だからおれは驚いた。

 靴を取る手が止まった。

「何?」

「聖人」

 その名を聞いて。

 おれは息を呑んだ。

「修学旅行行かない、って」

「え?」

 おれはまた驚いて。

 すぐに言葉が出てこなかった。

「何で?」

「興味ないから、って」

「そう」

「あのさ」

 波瀬は眉間に皺を寄せた。

 初めて見る顔だった。

「聖人に何か言った?」

「え?」

 おれは少し戸惑って。

「何か、って?」

「学校祭の打ち上げ」

 そのキーワードに瞳が揺らいだ。

「二人で抜け出したよな?」

「あ、おう」

「その時、何かした?」

 何かした。

 何か言った。

 それは確かだった。

 けど。

 波瀬に言うことはできなかった。

「何も」

「じゃあさ」

 波瀬は納得できるわけもなくて。

 おれのことを睨みつけた。

「何で聖人と話さないの?」

「え?」

 おれは間抜けな顔をした。

 どうにか言い訳を考えて。

「話さねえわけじゃ」

「どうでもいいの?」

「どうでもいいなんて思ってねえし」

「じゃあ、何で?」

 思わず答えてしまいそうになって。

 おれは開きかけた口を閉ざして。

 必死に思考を巡らせて。

 逃げ道を模索した。

「聖人に訊けよ」

 聖人が自分から言う分には構わない。

 けど。

 おれから言うのは気が引けた。

 おれは。

 聖人に責任を転嫁した。

「聖人が」

 波瀬は平然と。

「紋太に訊いて、って」

 そんなことを言って。

 だからおれは目を見開いて。

 二人の関係性に。

 やっぱり嫉妬した。

「知らねえし」

 おれは靴に履き替えた。

 呼び止めようとする波瀬の手を。

 さっとかわして。

 おれは早足で立ち去った。


「紋太」

 自室に姉が入ってきた。

 おれは読んでいた雑誌を無造作に仕舞った。

「聖人、修学旅行行かねえの?」

 姉の口調はかなり悪かった。

 おれの口調は姉譲りだった。

「行かねえらしい」

 おれは姉に身体ごと視線を向けた。

「てか、何で知ってるの?」

「お母さんから聞いた」

 母親は聖人の母親と昔から仲が良かった。

 だから、こうして情報共有もしていた。

 おれは。

 あまり母親と喋らないから情報に疎かった。

「何で行かねえの?」

「興味ねえ、って」

「はあ?」

 姉は不満そうだった。

「せっかくなんだから行ってくりゃいいじゃん」

「おれに言うなよ」

「じゃあ、聖人に言ってこいよ」

「何でおれが?」

「冷てえな、お前」

 姉は部屋から出ていった。

 おれは一人取り残された。

 携帯電話を開いた。

 福井家の電話番号が映し出された。

 おれは。

 携帯電話を仕舞った。


「聖人」

 玄関が開いて。

 聖人の顔が見えるなり。

「修学旅行行こう」

 おれは唐突に提案した。

 聖人は家の灯りを背に浴びて。

 逆光で表情が見えなかった。

「何で?」

 想定内の言葉だった。

 ただ。

 聖人の声が少し高かった。

 以前よりも。

 他人行儀だった。

「行こう」

 おれは聖人の表情がわからないのをいいことに。

 強引に話を進めた。

「話してえことあるから」

 それだけ言っておれは立ち去った。

 逃げ出した。

 何か言われることが怖かった。

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