『引き裂かれた恋人』2

 そして翌日、出社して伊織が一番にしたのはエドワードに連絡をする事だった。


「あ、お忙しい所失礼します。迷宮事件奇譚の長谷川です」

『……ハセガワ? 誰だ?』

「伊織です!」


 本気で分からないとでも言いたげなエドワードに伊織は表情を歪めて言い直す。


『ああ、イオリか。どうしたんだ? また何か相談事か?』

「はい、実は――」


 伊織は簡単に最近毎日現れる人魂の話をエドワードにした。すると、てっきり断られるかと思っていたのに、意外とエドワードは乗り気だ。


『分かった。では、夜の9時にクリスの屋敷に集合だ。遅れるなよ』


 翌日、クリストファーの屋敷の前にはまたあの可愛い車が停まっている。それを見て妹達がはしゃぐ。


「ロンドンだとああいう車が浮かないから凄いね!」

「乗ってみたい」

「二人とも、車はいいから行くぞ」


 伊織は喜ぶ妹達を後目に呼び鈴を押して返事を待った。


『イオですか? 開いているので入ってきてください』

「あ、はい。お邪魔します」


 伊織はいそいそと扉を開けて屋敷に入ると、そこにはクリストファーが手招きして立っている。


「お邪魔します! クリスさん」

「お邪魔します」

「はい、どうぞ」


 妹達にはすこぶる愛想の良いクリストファーにゾッとしながらも伊織が案内された部屋に入ると、そこには既にエドワードがまるで自分の家にでも居るかのような態度で座っている。


「ん? それは双子か?」

「あ、はい。妹なんです。こっちが楓で、こっちが桜って言います。二人とも、この人も仕事でお世話になってるエドワード・ガルシアさん」

「カッコイイ名前ですね! 楓です! ガルシアさん」

「桜です。兄がいつもお世話になってます」


 はしゃぐ楓と深々と頭を下げた桜を見て、エドワードは口の端を上げる。


「双子でも中身は随分と違うようだ。ところで、子供も連れて行くのか? もうこんな時間だぞ」

「失礼な! もう私達17です!」

「高校生じゃないか。十分子供だろ」


 楓の抗議にエドワードはフンと鼻で笑う。そんな態度が気に食わないのか、楓はさらに眉を吊り上げてエドワードに飛びつかんばかりの勢いだ。


「置いて来たら置いてきたで少し心配だな、と。何せ二人とも一昨日こっちに来たところなので」

「なるほど。それは確かに心配だな。じゃあ、そろそろ行くか」

「はい」

「ええ」


 伊織とクリストファーは同時に返事をしてエドワードの可愛くて小さな車に全員でどうにか乗り込んだ。向かうは昨夜の墓地である。


 墓地に到着するなり懐中電灯で辺りを照らしながら歩くクリストファー。その後を全員でついていく。


「エドワードさん、聞いていいですか?」


 伊織は両手に妹達の手を握りしめてビクビクして辺りを見渡しながら後ろを歩くエドワードに聞いた。


「なんだ?」

「人魂って、一体何なんですか?」

「知らん」

「え」

「知らん、というか分からん、が正しい」

「分からない……んですか?」

「ああ。色んな説があるにはある。例えば一番有名だったのは死体からリンが発生して自然発火したと思われていたものだろう」

「あ、それ聞いた事あります」


 亡くなったおばあちゃんが、昔は墓地に行けば人魂が見れたなんて言っていたが、あれは土葬だったから……なのだろうか? 


 首を傾げた伊織にエドワードはいいや、と頭を振った。


「人や動物の骨から出るリンは自然発火などしない。黄リンであれば発火するが、そんな物はそもそも自然発生しない。他にも蛍の見間違いだとかヒカリゴケを付けた動物だとかプラズマだとか色々説はあるが、それでは完全に解明できない現象もある。つまり、分からない、だ」

「……」


 結局何も解明されていないのか……という事は何か。やはりオカルトな話なのか!


 伊織は黙り込んでクリストファーの後について歩いていると、ふとクリストファーが足を止めた。懐中電灯を消して振り返り、人差し指を口に当てて静かに、と合図して墓地の真ん中辺りを指さす。


 恐る恐るクリストファーが指さした先を覗き込んで、伊織は叫びそうになるのをすんでの所で必死になって堪えた。


 と、その時。突然エドワードが人魂に向かって走り出したではないか。一体何事かと思って見ていると、逃げる人魂を一生懸命追っている。


「お兄ちゃん、あの人、人魂捕まえたいのかな……」

「うーん……」


 呆れたような楓の言葉に伊織も苦笑いを浮かべていると、クリストファーがそんなエドワードを見ておかしそうに言う。


「科学者は時として面白い行動をとりますからね。興味の矛先が私達とは違うのでしょう。しかし相手は人魂です。簡単に捕まるものでしょうか?」


 人魂はまるでからかうようにエドワードの手をすり抜けて墓地を一周ほどすると、また昨夜のようにジョン・スミスの墓の上で消えてしまった。


「消えたか。緑の炎……」


 エドワードは人魂が消えた場所で口にペンライトを咥えて座り込んで痕跡を探している。


 伊織からしたらよくこんな時間にそんなマジマジと墓を見れるな、と思うのだが、伊織以外は皆ジョン・スミスに興味津々である。


「昨日もこの人の所で消えたよね?」

「うん。楓ちゃんが悪口言ってた」

「わ、悪口じゃないってば! なんかいかにもだなって思っただけだよ!」

 楓が言うと、その言葉にクリストファーがハッとした。

「楓さん……それ、正しいかもしれませんよ」

「え?」

「この人、果たして本当に実在したんでしょうか……」

「えぇ⁉」


 クリストファーの言葉に楓よりも伊織が驚いて慌てて墓から距離をとる。そんな中、エドワードがとうとう何かを見つけたように声を上げた。


「おい! これを見ろ! コットンの燃えカスだ。帰って成分を調べないと何が染み込ませてあったのかは分からないが、今回の人魂は人為的な物だ」

「誰が? どうやってです?」

「ん?」

「だから、私達以外の誰がどうやってそれを操っていたんですか?」

「……そうですよね……僕達以外ここには誰も居ないですし、居たとしてもあんな的確にスミスさんの墓の上で火の玉消せますかね……」

「う……帰って考えてみよう」


 そう言ってエドワードはコットンを小さな袋に詰めてしっかり蓋をすると、それを乱暴に鞄に押し込んだ。


「僕も調べてみます。このジョン・スミスさんを」

「ええ、そうですね。それが良さそうです」


 伊織の言葉にクリストファーは頷き、今日はこのまま解散になった。


 そして翌日、伊織は会社の資料室でまずはあの墓地の歴史を調べていた。


 墓地の歴史はまださほど長くはない。創設者は既に亡くなっているようだが、今は親戚の人が管理をしているようで、伊織はその管理者に話しを聞きに行く事にした。


「お待たせしてしまって申し訳ありません。郷土研究の記事ですか! そんな事にうちの墓地が選ばれるなんて光栄です!」


 男は奇しくもジョンと言った。金髪が眩しいなかなかの美青年だ。人当たりが良さそうな笑顔に伊織も思わずつられて笑ってしまう。


「この墓地を作ったのは私の曽祖父なんです」

「曽祖父? 親戚だなんて言うから、てっきりもっと遠い親戚の方かと思っていました」


 伊織の言葉に青年は申し訳なさそうに笑った。


「あはは! 確かにそう思われてしまうかもしれませんね! すみません。えっと、それで創設者の話、ですよね? 当時この辺りでそれはそれは大きな火事が起こったそうなんです。曽祖父は命からがら逃れたそうですが、その火事によって亡くなった方達は大勢いました。その時に亡くなった方達をここに祖父が埋葬したのが始まりだと聞いています」

「そうだったんですか! 曾お爺様は素晴らしい方ですね! さぞかしご遺族の方達も喜んだ事でしょうね」


 素直に素晴らしいと思った伊織は手放しに褒めた。そんないきさつがあった墓地なのか。


 ところが、伊織の言葉に一瞬ジョンは表情を暗くして口を開いた。


「どうでしょうね。ただの罪滅ぼしだったんじゃないでしょうか」

「……罪滅ぼし、ですか?」

「ええ。昔、ここに小さな博物館があったんです。曽祖父は当時、その博物館で庭師として勤めていました。ところが事件があった日、曽祖父はたまたま気分が悪くなったと言って仕事を早く切り上げて帰路についたそうなんです。曽祖父が博物館を出たその直後、曽祖父が勤めていた博物館が燃えました。そこから火は一気に広がり、辺り一帯を燃やし尽くし、何十人もの犠牲者が出たんです」

「そ、それは……まさか……」


 顔色を悪くして伊織が言うと、ジョンは肩を竦めて泣きそうに顔を歪める。


「証拠は何もありません。ですが、一介の庭師ごときにこんな墓地を建てられるでしょうか? 祖父も父も曽祖父は偉大な人だった。資産を全部投げ売ってここを建てたんだと言います。ですが、どうにも私には納得できないのです。何故なら、独自に調べていた時にその博物館の燃え跡からある物が消えていたと知ってしまって、それ以来僕は曽祖父への疑念が拭えないのです」

「ある物、とは」

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