催眠アプリを手に入れたから愛しの彼女をモノにしてみる

くしやき

第1話

 どこか虚ろな瞳の中に僕が入っている。

 机の立ち並ぶ断頭台に僕は捕らわれている。

 彼女の瞬きの度に首を落とされながら、僕は身じろぎさえできない。

 長くカールしたまつ毛から舞うきらきらが罪悪の血しぶきだった。

 彼女はまるで精巧な人形のようだった。

 いつもにこにこと柔らかく緩む口元は生来のものらしい。

 ぷくりと膨らんだ水菓子のような唇は普段よりも少しだけ厚く見える。

 時折彼女が本当に生きているのかと心配になる。

 その度に彼女の膨らみが上下しているのを確認しては安堵した。

 瞬きと呼吸が彼女を生き物にしている。

 けれどそれは同時にとても危ういことだった。

 生きた彼女が今目の前にいる。

 自由意志さえなく、生きているだけの彼女が。

 触れてみたいと思う。

 一人を三十人にする制服に袖を通しているのに個人と識別できる唯一の女性。

 厚い布の上からは分からない彼女の形を知りたい。

 きっと肋骨があまり見えなくて、腹筋は区別がつかないだろう。

 緩やかなくびれから曲を描く腰回りはどれくらいの幅なんだろう。

 座っていると重力に広がっているのが分かる腿はどれほど柔らかいのだろう。

 どこか幼い雰囲気のある彼女にも性徴はあるのだろうか。

 触れてみたい。

 彼女には今意識がない。

 彼女には今記憶もない。

 今なら僕は彼女に触れられる。

 今だけなら。

 普段僕とは違う場所に住んでいる彼女。

 彼女を囲むざわめきの群れは僕の視線を遮り通さない。

 ほんの僅かに垣間見える彼女の微笑みを見逃さないことさえ僕には難しいのだ。

 手が届くのは今だけしかない。

 ざわめきは校舎にグラウンドに散らばっている。

 青々とした活気が避けて通るようなこの日陰の空間には今僕と彼女しかいない。

 それなのに僕の身体はぴくりとも動かない。

 幾重にもかかる手錠の先端は遥かな地底から伸びている。

 皮膚は凍えているのに体の芯だけが異様に熱い。

 そこは牢獄だった。

 彼女を見つめる限り僕はこの牢獄から逃れることはできない。

 だから今日も目を逸らして僕は彼女から逃げ出した。

 物言わぬ生きた物体にさえ触れられない僕は、とんだ意気地なしだった。

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