第5話
「紗夜さんの最寄り、僕と同じなんだね」
「だって一度お花屋さんの前で会ったじゃない」
「え、あそこ僕の家って知ってたの?」
「だって看板に、思いっきり『榎本生花店』って」
「そっか、そうだよね」
えへへ、とへなへな笑いながら歩く律月と肩を並べて、帰路についている。
学校の最寄りから同じ電車に乗って、同じ駅で降り、もうすぐ律月のお家のお花屋さんだ。
私の家は、律月のお店を通り過ぎて、十分程度歩いたところにある。
「こんなに家が近いなら、もっと早く一緒に帰ればよかったね」
「まぁ」
返事に困りいつものようにテキトーに返事をしてみる。
「えー、何その反応。まぁいいけどさ。でも、最寄り一緒なのに、今まで全然駅とかでも合わなかったよね。中学校は? この辺なら僕と同じ第三中?」
「いや、私今年からこの町に引っ越してきたから。同じ県だけど、田舎だったよ」
「そっか。そういえば紗夜さんのこと、あんまり知らないな」
「そりゃあ喋ってないからね」
「でも、数ヶ月間部活サボり仲間やってるのに、なんか寂しいな。ピアノの音色しか知らない」
「それで十分よ」
はいはい、と呆れたように律月は笑った。
駅から近い律月の家のお店には、すぐに着いた。
私は、じゃあ、と言って別れようとすると律月に止められた。律月はちょっと待ってて、と小走りでお店の中へ入っていく。
お店の前で一分ほど待っていると、何かのお花を一輪、ラッピングして持ってきてくれた。
「はい、どうぞ」
律月はいつもの柔らかい笑顔でお花を差し出してきた。
「ちょっと。私転んでも良い子でもないってば」
「あはは。あったねそんな事。いいの、これは今日のお礼だから」
「なに、私何もしてないけど」
「『月の光』、素敵な演奏聴かせてくれてありがとう」
「いつも勝手に来て勝手に聴いてるくせに」
わざわざお礼を言われたことがくすぐったくて、思わず笑いながら、わざと嫌味な返事をしてみる。
「じゃあ、いつも楽しい演奏をありがとう。あと、今日は一緒に帰って来られたしね。あ、また一緒に帰った時とか、いつでもお花あげるよ。僕のお母さんもよく、誰かに感謝する時にお花渡してるし。僕もそうするように言われてるんだ」
律月は、嬉しそうに持っているお花の説明を始める。お花、好きなんだなと伝わってくる。
「これ、綺麗でしょ? ダリアっていうんだよ、僕ダリアの中でもこのピンクのが1番好きなんだ。可愛いでしょ」
「へー」
私は、つい感情の乗っていない、初対面の頃のような返事をしてしまった。それに構わずお花語りをしていた律月は、私が聞く耳を持っていないような表情をしていることに気づき、申し訳なさそうに言った。
「紗夜さん、もしかしてあんまりお花興味ない?」
「興味ないっていうか、私じゃお花の良さを味わえないわ」
「ん?」
「私、色が見えてないの。モノクロの世界で生きてるのよ。中一くらいからかな」
「そうだったんだ。僕と真逆だね!」
可哀想とか言わないんだ。
色覚障害があることを言うと、大抵の人は気まずそうな空気感を出してくる。しんとした居づらい雰囲気が苦手な私は、あまりこのことを人に教えないのだけれど、今日は口が滑って言ってしまった。でも、律月が全く意に介していないようなので助かったと胸を撫で下ろした。
「そうね。じゃ」
「まって、これ、はい」
律月は私の手を取って、掌に乗せて握らせた。
「だから、私じゃもったいないから」
「いいから、じゃあご家族にでも」
ねっと言って向けてくる律月の顔から目を逸らし、小声でありがとうと言って、やっと帰路についた。
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