第36話

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~街の中~


モーガン達は、足跡を追って土煙の中を進んでいた。

先程、炸裂音と共に発生したこの土煙は、尋常ではない密度で視界を覆い尽くし、一行は薄暗い中をひたすら目に入って来る塵と戦いながら進まなければならなかった。


「くそっ…これじゃあ痕跡をたどるのは難しいな…。」


口元を布で覆ったユソウが、悔しそうにぽつりとつぶやく。


「なぁ、これまでの痕跡からどこに行こうとしてたか予測は付かないのか?」


口元を袖で隠したモーガンが、ユソウに尋ねる。


「いや、大体予想は付いてる。だが…」


「どうしたんですか、ユソウさん?なにか、良くないことでも…」


心配そうに、セイアがユソウに聞く。


「いや、その目的地ってのが、この土煙の発生源だってだけなんだなー」


そんなセイアに、アイラはユソウが口籠っている内容をすっぱりと言ってしまった。


「そんなっ!じゃあ急がないと!」


「そうじゃな…だが、あれだけの爆発じゃ…果たして生きておるか…。」


「そんなっ…!」


「だが、このままこうしているわけにもいかないだろう。あの威力ならモンスターも吹き飛んでいるはずだ…。確認だけでもしに行こう。」


 そう言い終わると、モーガンは再び足を前に進める。それに続いて一行は土煙の中心へと進んで行く。

 しかし、その足取りは重く、息苦しい雰囲気に包まれていた。


◇◇◇


「くそっ…この邪魔くせぇ土煙をどうにかできねぇもんかな…。」


しばらく進んだ後、ユソウが重い沈黙に耐えかねたかのように呟く。


「あっ、私が魔法でどうにかするよ!『ウィンド』!」


 セイアがその呟きに反応し、ほぼ無詠唱で風の魔法を唱え土煙を晴らす。

と言っても、濃密な土煙の中で少し風を起こしたところで気休め程度にしかならないわけだが。


「あぁ…ありがと。少しマシになった気がするよ。」


「フム…そういえばお嬢さん。魔法は何種類使えるのですか?」


老人が間を持たせようと質問をする。


「あぁ、一応全部の属性を使えますよ。」


「なんとっ!?全種類ですと!それは、凄い!」


 が、思わぬ返答に目を見開いて反応する。


 魔法の適性属性とは、一人一つか二つが普通である。特に多いのは、土、水、風、雷、火の5属性で、ほとんどの人間はこの五つに属する為、基本属性などと呼ばれていたりする。他に、空、地や光、闇などの特異属性が存在するが、発現する者は極めて少なく、発現してもその属性単体といったことが多い。

 この9属性をすべて使える者は、この世界に片手で数えられるほどしかいないとされている。


「えへへぇ。でも、魔力が人並みぐらいしかなくて、基本属性以外は一発撃つと倒れちゃうんですけどね。魔力が少ないせいで、ギフトも魔術師止まりですし。あっ弟は凄いんですよ!いっぱい魔力を持ってて、なんかすごいギフト貰ったらしくて!」


 この少女は、それほどに素晴らしい才能を持っていながら魔力量が少ないというただそれだけの理由で、冒険者という危険な職業に身を落としている。


「そうなのですか…。儂は魔法がとんと使えんので、少し使えるだけでも羨ましいですわい。それに、将来有望そうな弟さんじゃ。」


「えぇ!まだ子供なのに、いつも落ち着いてて賢いんですよ!私としては、もうちょっと年相応に弾けてもいいんじゃないかって思うんですが…。そういえば、ギフト貰ったって聞いてから会って無いなぁ…。」


 セイアは、嬉しそうに弟のことを語る。


「ふむ…。モーガン殿のご家族は?」


「あぁ。俺は、3人兄弟の末だ。長男は家業を継いで…次男は何処かをフラフラしているな…。子供の頃は、よく遊んでもらっていた。」


「そうですか。仲がいいことは良いことですな。それでは、ユソウ殿は?」


 そう、老人がユソウに話題を持っていく。しかし、ユソウは苦々し気に顔を歪め、吐き捨てるように言った。


「俺に、家族なんていねぇ。生みの親ならいるが…あんな奴らを、俺は家族とは認めねぇ。」


「そうですか…。いろいろあったのでしょうな。」


これ以上は話したくない。そう言うようなユソウの雰囲気に、ため息をついて老人はアイラの方に顔を向ける。しかし、その口を開く前に、アイラは喋り始めていた。


「アチシは孤児だから、家族はいないなー。お師匠は居たけど…家族ってカンジじゃなかったし、少し前にポックリ逝っちまったからなー。」


「そ、そうですか。」


 再度、沈黙が訪れる。土煙は少しづつではあるが薄くなり、ある程度周囲を確認することができるようになってきた。

 見る限り、動く影は一つもない。動く影どころか、建物の影さえ存在していない。壁沿いに進んでいたはずなのに、いつの間にか瓦礫以外何もない荒地に立っていた。


 遠くからは、崩れる様な音と叫び声が聞こえてくる。


「待て…足音が聞こえる。数は…1,2,4人だ!音からして子供だ!こっちに近づいてくる!」


 しかし、ユソウは騒音の中から、小さな小さな足音を聞き分ける。


「あぁ、良かった!生きていたんですね!」


 セイアは、安堵したように声を上げる。

やがて、足音は近づき、ぼんやりと土煙に影が映し出されれるようになった。


「ん?声が一つ多くないか?」


 同時に、違和感も覚える。人影は確かに4人分のはずなのに、話し声は5人分聞こえてくるのだ。


「まさか…お化け…!?」


「いやいや、まだお日様は顔を出してるよ。…一人負ぶわれてるとかだろ。おぉーい!そこの君たち大丈夫かー!」


 セイアが顔を引きつらせて後ずさりするが、モーガンは笑って否定し声をかける。

その声に反応したのか、足音はモーガン達のいる方向へと進んでくる。


『大丈夫です!ケガ人は居ません!』


 そして、返って来た声に少しの違和感を覚える。まるで響きと言うモノが無く、平淡に聞こえるのだ。そして、モーガンはそのような響き方をする声に聞き覚えがあるように感じた。


「ほぁぁ…良かったです!すぐに行きますからねー!」


「あっ、おいセイア待てっ…そんなに走ったら…」


 しかし、感じた違和感と既視感にはっきりとした答えを出す間もなく、セイアがその声に返事をして土煙の中にスッタカと駆けていった。


 視界が悪い中、足元に瓦礫が転がっている状態で走れば、転倒の危険性が非常に高いわけで…。

 セイアは瓦礫に足を取られて顔面から盛大にこけた。


「いったぁ~い!」


「言わんこっちゃない…」


「あっ、大丈夫ですか!?『ヒール』!」


 すると、シルエットのうち一人が土煙の向こうで回復魔法をかける。

この声にも聞き覚えがあるモーガンだったが、ズッコケたセイアを助け起こす方を優先し、深く考えずに走り寄った。


「って、お前らは―――――!?」


 そして、人影の正体を見て、先程から感じていた既視感の謎が解けたのであった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 土煙の中を逃げる。逃げる。逃げる。


あの様子だと、元魔王マヌケはしばらくの間瓦礫とじゃれ合っているだろう。そのうちに、稼げるだけ距離を稼いでおく。


「ねぇ…勢いで逃げてきたけど、どこに行ってるの?これ」


 ソフィが聞いてくるが、自分でもよくわかっていない。果たして、俺は何処から来てどこに向かっているのだろう。いや、むしろそれを探して進んでいるのかもしれない。…ワケガワカラナイヨ。


『分からないけど…とりあえず遠く?マルボスはお前が狙いだから、街の外にでも出るかな…とは思ってるけど。』


「そんな、大雑把な…」


 息を切らしたメイビスが呟く。


〈そうなんだよな…逃げたはいいけど、マルボス対策ができたわけじゃないし…あの魔王の力?でモンスターを強化出来るってことは、ソフィにも出来るはずなんだけど…俺を強化したところで、あのキモいのに勝てる見込みは無いわけだしなぁ…〉


「結局、マルボスをやっつけるには、あのキモいバケモンを、どうにかしなきゃいけない、しな…」


 ピートが首を捻りながら走っている。


〈何気に器用だよな…。走りながら喋るのって結構きついんだよなぁ…。〉


「な、なぁ…ソフィは、マルボスみたいに、ヤマトを、強化、できないのか?」


 メイビスが息も絶え絶えに聞いてくる。


「ダメ!もしヤマトがあの気持ち悪いバケモノみたいになったらどうするの!」


 ユキが物凄い勢いで否定する。


「いや、アレは、近くに居た、モンスターを、全部適当に混ぜた、からじゃないのか?」


 ピートが、状況を思い出しながら言う。


「そうだとしてもダメ!」


「あっ!あっちに人がいるみたいだよ!」


あわや喧嘩というところで、ソフィが人影を発見する。


〈お、5人か。えっと…装備から…戦士、魔法使い、槍使い…あと二人は…盗賊かなんかか?ゲームとかだと、あんまり使わないよな。〉


「おぉーい!そこの君たち大丈夫かー!」


 戦士と思わしき人が叫ぶ。


〈な~んか、この声聞き覚えある気がするんだよなぁ…。〉

『あ、ここは年長者として、俺が返事するわ。』


「「「「んん?」」」」


『大丈夫です!ケガ人は居ません!』


ヤマトの言った年長者という言葉に首を捻る4人を無視して叫ぶ。


すると、若い女の声で、「すぐに行きますからねー!」と聞こえてきた。そして、魔法使いらしき人影がこちらに向かって走り出し…顔面から地面にダイブした。


「いったぁ~い!」


「あっ、大丈夫ですか!?『ヒール』!」


 ユキがその人影に向かって回復魔法を飛ばし、駆け寄る。

同時に、向こうの人影も駆け寄って来た。


 お互いの顔が見える程度の距離になった時、見知らぬイケメンがこちらを指さし、叫ぶ。


「お前らは―――――!?」

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