第29話

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

~街を守る壁の外~


「おい、何か音がしないか?」


 最初に異変に気が付いたのはユソウであった。

その音は、カリカリと小さく引っ掻くような音だった。それはモーガン達が立て籠もっている粗末な民家の壁の向こうから発生しているようであった。


 小さな音は次第に数を増やし四方八方から聞こえてくる。

やがてそれは建物を揺らすほどの轟音へと変わった。


「なっ…これは不味い!全員中央に集まれ!」


モーガンの号令により、スラムの5人を囲んで警戒するように外へと武器を構える。


 その直後、建物の壁が虫食いを受けたようにボロボロと穴が開き崩れていく。

そして、そこから無数のネズミが雪崩込んできた。ネズミと言っても一匹一匹の大きさが子猫ほどもある、大ネズミというれっきとした魔物だ。


「うぇっ!?多すぎなー!?」


「『ファイアウォール』!くっ、数が多すぎてカバーしきれません!」


 四人は数の暴力により苦戦を強いられた。

 この大ネズミという魔物は本来は十数匹程度の群れで行動するはずなのだが、現在のモーガン達から見える範囲では優に百匹を超える大ネズミが押し寄せていた。

 さらにどれだけ倒しても次から次へと現れて、一向に数が減る気配を見せない。


「くっ、キリがないっ!ユソウどうにかできないか!」


「難しいな!火薬を使っちまうとこっちまで巻き添えを食っちまう!」


「もっと威力の低い手段は!」


「あるにはあるが、イマイチだ!せいぜい時間稼ぎしかできねぇ!」


「ならそれでいい!隙をついて道を作る!アイラとセイアは5人の援護!」


「「「了解!」」」


 キーキーという大合唱に負けないように大声で意思疎通を図る。多少の被害は覚悟で急いで逃げなければならない。そう判断したようだ。


ユソウは慣れた動きで懐から小さな筒を取り出し、真上へと投げる。それと同時に叫んだ。


「全員目を瞑れ!」


その数舜の後、放物線の頂点へと達した筒は強烈な白い光を辺りへとまき散らし、見る者の目を悉く焼いた。


 光が収るとすぐにモーガンが動き出し、目の前のネズミを蹴散らして道を作りその道を拡張しながら一塊となって進んで行った。


 どうにかネズミ包囲網を抜け、避難所へと進んで行く。

それは先程までのような慎重な行進ではなく、全速力で疾走するものだった。

これだけの騒ぎならば、コソコソするだけ無駄だろう。


 瓦礫を避け、魔物から逃げてすぐにスラムの老人が前方を指さし目的地を伝える。

それは、井戸の上に丸い円盤状の把手付き鉄板を取り付けたようなものであった。

 それを開けると、長い梯子が設置しており、内側は石材で補強してあった。おそらく枯れ井戸を利用したものなのだろう。


 まずはスラムの人々が入って行く。梯子は縄で作られ、さらに経年劣化をしており強度が心許ないため一人ずつ地下へと降りて行く。

 スラムの壮年の男が降りきる前、さぁ老人が降りる準備をしようという時だった。

周囲のあばら家と同サイズの巨大なネズミが、壁を破壊してモーガン達の前に飛び出してきた。

と同時に、先程の大ネズミ共がどこからともなく湧いてきて避難所の入り口を何重にも取り囲む。


「おいっ爺さん早く降りろ!」


 ユソウが急かすが、老人は入らないままに蓋を閉めてしまった。入り口には既に何匹ものネズミが取り付いており、侵入されそうになっていた。


「何をやっているんだ!?早く入れ!」


 しかし、老人はゆっくりと首を横に振り

「いいえ、儂は入れません。もとより、皆を逃がした後は壁の中へと救援を求めて入るつもりでした。いえなに、足手纏いにはなりませんよ。得物はこの通り、中から投げてもらいましたからな。」


 そう言う老人の手には先程までなかった、老人の倍はある長槍が握られている。


「そういう問題じゃねぇ!守るって契約したんだ、早く入りやがれ!」


「ユソウ!早く参戦してくれ!」


「クソッ、分かった!おい爺さん、邪魔にならねえ安全なところに居ろ!いいな!」


ユソウがモーガン達と合流し、ネズミ包囲網から逃れようと必死になって交戦する。しかしネズミの数は時を追うごとに増えていき、壁のように四人を取り囲んでいる。

さらに、その壁は時を追うごとに次第に狭まり四人を押しつぶそうとしていた。

  あわや絶体絶命の大ピンチ!

そう思われたとき、ネズミの壁の一部が崩れ僅かに余裕ができた。その余裕に一つの枯れた影が飛び出し、長いものでネズミの壁の一点を突き雪崩を起こした。


「ふっ…!久しぶりで疲れますわい…!」


その影はスラムの老人のものだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(うひゃぁぁぁぁぁ高い高いぃぃぃぃぃ!)


 メイビスによって天高くまで放り投げられたヤマトは、すっかり楽しんでいた。


 転生してから2年。ことあるごとに打ち上げられ、投げられ、巻き上げられたヤマトはすっかり高所恐怖症を克服していた。


 空中で器用にクルリと反転し、遥か下へと位置するメイビスへと狙いを定める。下を見てみると、地上まではかなり距離がありメイビスが優れた投擲能力の持ち主であることがよくわかる。


(案外、ギフトは野球選手だったりしてな。あっ、この世界に野球ってあんのか?転生者いっぱいいるらしいから可能性はあるけどなぁ。)


 などと益体のないことを考えながら、背中の翅を素早く動かし下方へと加速していく。


 黒褐色の流星となったヤマトは、肩で息をしているメイビスの足元めがけて飛来する。

 地面がグングンと近づき、あわや衝突というところで翅の動きを少し変えて再び上昇しメイビスの肩へと着地する。

 この空中での高い機動性が高所恐怖症の克服に一役買っているのは間違いない。


遥か遠くまで投げ捨てたはずのヤマトが見事な曲芸飛行を見せたうえで自分の肩に乗っていることが信じられないのか、メイビスは目を大きく見開いて口を中途半端に開いている。


『よっ、さっきぶり』


「な、ななな、なんで…」


『いやね?しょっちゅう空まで打ち上げられてたから、飛ぶのが得意になっちゃって。今ではこんなにアクロバティックな動きもできるんだよ』


そう言ってヤマトは器用にメイビスの肩の上でバック宙をして見せる。見世物小屋にでも出せばかなり儲かるだろう。


「うおぃっ!今までにない勢いで飛んでったから心配したぞ!?」


『いやー。アレは俺も流石にびっくりしたわぁ。メイビスくん、いい腕してるね!』


「いや、なんでそんなに暢気なんだよ…。はぁ…心配するだけ無駄だったわ」


 ピートが半ば叫ぶようにヤマトへと詰め寄る。凄まじい飛びようを見てかなり肝を潰したようだ。しかしヤマトは意に介した様子を見せず、それどころか元凶であるメイビスに馴れ馴れしく接している。

 これにはピートも呆れ返り、一つため息を吐いてソフィへと必死に話しかけているユキの所へと戻って行こうとする。


「おい、待て!こいつはどうするんだ!」


 そんなピートに向かって、メイビスがヤマトを指して怒鳴る。

しかし依然としてピートは反応をせずにスタスタと足早に歩き去って行った。

 そんなピートを追いかけようとメイビスが走り出そうとした時、遠くで何かが炸裂し破壊される音と共に警鐘が響いてきた。

 弛緩していた空気が一気に引き締まり、恐怖が場を支配していく。


 ピートを追おうとしていたメイビスの足も止まり、腰を低くして周囲を警戒するように忙しなくキョロキョロと視線を散らしてる。その手には先程まで無かった華美な装飾の付いた杖が握られていた。


『お?その杖何なん?』


「シッ!警鐘が聞こえないのか!?きっと壁が破られたんだ!すぐにモンスターが来るぞ!?」


『うん聞こえてたよ~。でもほら、相棒の戦闘スタイルは知っておかないとな。これからしばらくはお前から離れられそうにないし。』


「あ、相棒っ!?」


『そうそう。ま、即席パーティーだけどな。出来ることを知っとかないと命に関わるぞ。』


「そ、そうか。相棒か…。相棒なら、仕方ないなぁ!僕のギフトは、コレだ!」


ヤマトに相棒と呼ばれたメイビスは面食らい、しかし満更でもなさそうに自分のギフトを開示した。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

“魔導王”

 全属性の魔法、魔術に非常に高い適性を持つ者が至る魔導の極致。

その魔力は海の如く。

その叡智は山の如く。

その技巧は空の如く。

その気高さは星の如し。

 乱世に現れれば泰平に、泰平に現れれば乱世に、その運命は常に狂瀾怒濤。

波乱の人生はその者に試練を与え、更なる高みへと導く。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


『え、ナニコレかっこいい。メイビスのくせに』


 あまりにもメイビスに似合わないギフトに、ヤマトの口から勝手に言葉が漏れ出る。

 今までのメイビスの行動にはギフトにあるような叡智などどこにも感じられず、王と書かれるような威厳は皆無だった。正直言ってギフト負けしている。


「ふふん、そうだろそうだr…って、僕のくせにとはなんだ!?」


『で、魔法が得意なんだな。』


「あぁ。一応全部の属性の魔法が使える。特に得意なのは水と火だな。」


『何その矛盾した得意属性。』


「知らない…僕もずっとおかしいって思ってる。で、お前は何ができる?」


そう聞かれると、ヤマトは堂々と胸を張って

『俺は、ちょろちょろ逃げ回って囮になる!』

と答えた。


「…まぁ、ローチなんかに期待した僕がバカだった。あと後ろ足で立つな。腹が見えて気持ち悪い。」

ヤマトの返答を聞くと、メイビスは露骨にガッカリして小さく呟いた。


『いやーゴメンね。あと俺の名前はヤマトな。次お前って呼んだらぶん殴るぞ。』


「あ、あぁ…」


 現在、新成人たちは闘技場の入り口を固めて戦々恐々としながらモンスターの襲来を待ち構えている。ヤマトたちがいるのは、闘技場の四方に位置している入り口の西口だ。周囲には土嚢と櫓で即席の防衛施設が建設され、闘技場の外周にあった大通りは環濠となり敵の襲来を阻まんとしている。

 堀と闘技場とをつなぐ橋はそれぞれ入り口の前に魔法によって造られ、簡単には壊れずしかしいざという時には簡単に落とせるような構造だ。


 緊張の最中、闘技場側から一つの影がフラフラと橋を渡りこれから激戦区になるであろう街中へと向かっている。

 猫背で足元を見ながらトボトボと歩くその姿は、見慣れた人影であったものの一瞬で知り合いだと気付くことができない程に印象が異なって見えた。


『おい!あれソフィじゃねぇか!?街に向かってるぞ!』


「なっ…モンスターが来てるのに馬鹿なのか!?どうしよう!?」


『ピートとユキは…!?』


 そう言って、三人が居たはずの場所を見るとピートとユキが人ごみを搔き分けて必死に前へ出ようとしているところだった。しかし人の壁は二人の進行を阻んでソフィとの距離はドンドン開いていく。ソフィは既に橋を渡り切り、商店街へと足を踏み入れていた。


『チッ…メイビス!追うぞ!』


「命令するなっ!くっ、あいつ怖くないのか!?」


 最前列に居たヤマトとメイビスが橋を渡りソフィを追っていく。

ソフィは既に商店街の陰に入り防壁へと歩みを進めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る