第28話

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~街を守る壁の外~


 一行は濃煙を抜けて、スラムを南下していく。

道中、モンスターと何度も遭遇しその度にユソウの秘密道具で何とか撒いている。

目的地に近づくにつれてモンスターの数は増えているようであり、ユソウの秘密道具も底が付きかけていた。

 全力で逃げるために体力的にもかなり厳しく、常に気を張っているために精神的にも疲れ果てていた。


 何度も何度も逃げて、建物の陰に隠れて移動するうちに頭一つとびぬけて大きい建造物が目に入った。

 

 高く、厚く、何者かを拒もうとするそれは内側とスラムを隔絶するように聳え立つ壁であった。その周囲にはさまざまな種類のモンスターが張り付き、門が破壊されるのは時間の問題だろう。

 逃げ遅れた人たちの物であろう血痕があちこちへと飛び散っているくせに、肉片どころか骨の一欠片すら残っていないことが、逆に凄惨さを物語っている。


「くっ…これは酷いな。」


「あぁ。これだと街に入れねぇ…。」


「避難所がモンスターに襲われていなければいいのですけど…」


「まー、行ってみてダメだったら壁の中に入れてもらうしかないかねー?でも、突破できなさそー」


 四人は壁の隙間から街を守る壁の方を覗き、これからどうするかを話し合っていた。

 その四人の小さな呟きを拾い、スラムの五人が不安そうにソワソワとし始めた。


「その…外の状態はどうでしょうか?」


 その内の老人が四人の前に進み出て状況を聞いてくる。

その問いに、モーガンは正直に答える。それを受けて老人がこう申し出た。


「あの…儂が囮になってあのモンスター共を遠ざけることは出来ないでしょうか?」


「「「「はぁ?」」」」


 四人の声が綺麗に揃って発せられる。四人とも漏れ出た音に否定的な響きを纏わせていた。

 そして、否定的なのは四人だけではない。他のスラムの四人も目を大きく見開き行かないでくれと懇願するように老人を見つめていた。


「あのなぁ、爺さん。これはヤンチャな孫を相手にするのとはわけが違うんだぜ?子供の何倍も大きく強いバケモノが相手なんだ。爺さんの囮なんてほんの5シムももたねぇよ。」


「ぬぅ…かつては冒険者でしたので逃げる程度なら何とかなると思いましたが…」


「ダメだダメだ。そもそも、爺さんが居なけりゃ誰が避難所まで道案内するんだよ?」


「それもそうですな…。」


 幸いにして避難所の辺りは比較的モンスターが少ないとはいえ、交戦は免れないだろう。モーガン達だけならばなんとかなったかもしれないが、五人も守って戦うなどできるはずもない。

 突破口の見えない状況に建物の中は静まり返り、外から何か硬いものを殴るような鈍い音が振動として感じられた。



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「ん?坊主、ここは武器を選ぶところだ。子供は向こうで防具を貰ってこい。」


 武具陳列棚は大人が占拠し、三人が武具を選ぶ余裕などは全くなかった。

そもそも、子供に凶器など持たせてくれるはずもなく、皮鎧と小刀、そして木製の武器が選べるだけであった。


「ちぇっ、せっかく剣を使えると思ったのにな。」


「仕方ないよ。危ないし、あんまり危険なところにはいかないから、必要ないんじゃないかな?」


「なぁ、ソフィ。お前も剣使いたいよな!なんせ、魔剣士だもんな!」


「……………」


 声をかけられるも、ソフィは何の反応も示さずに宙を見つめている。


「魔剣士だから、魔法だけでも戦えるんじゃないかな。ねぇ、ソフィちゃん?」


「……………」


 再びかけられた声さえも、聞こえていないのか無視しているのか、ただ宙を見つめるばかりだ。


「「はぁ。」」


 二人はいつも通りを装ってソフィに話しかけ、どうにか機嫌を直そうとしている。

しかし、ソフィは感情が抜け落ち何も考えられなくなったかのように虚空を見つめているだけで、ピクリとも反応しようとはしない。

 友人が深く傷ついているのにも関わらず、慰めることも助けることも出来ない自分を悔やむように、悲しそうな眼をして二人はため息をつく。



 陰鬱な雰囲気の中、各々の武器を選び終わった者たちは闘技場から街へと散っていく。

 しかし、成人式を終えた子供たちは闘技場の入り口で戦いの心得をひたすら言わされている。戦いの心得と言っても、「相手が複数の時は逃げる」、「むやみやたらと相手に突っ込んで行かない」、「相手が単体でも一人の時は逃げる」、「無理だと思ったら逃げる」、「相手を攻撃するときは躊躇しない」――などの、生き残ることだけに振ったものだ。


〈――ってか、ほとんど逃げてばっかりだな…。まぁ、子供にあんまり無理はさせられないかぁ…。〉


 何度も何度も復唱させられてはいるが、それが理解できている子は少ないだろう。それどころか、他の事を考えてめちゃくちゃな文章になってしまっている子がいる。

 その筆頭がピートだ。しっかりと口は動かしてはいるが、「相手が複数の時は躊躇なく剣で突っ込む」や酷いときは「相手がギフトでむやみやたらと一人の時は躊躇しない」など支離滅裂なことを言っている。時々、「剣」や「ギフト」などの言葉が出ていることから、戦いのことを考えていることは明白だ。


 一方、真面目に聞いているのはユキである。

一言一句を噛みしめるように口に出し、さらには変なことを口走っているピートに寸肘を喰らわせたりしていた。


 ソフィは、尚も虚空を見つめたまま何やら呟いてはいるものの声が小さく不透明なため全く聞き取ることができなかった。しかし、その様子は戦いを前にしているとは思えないほど穏やかに感じられ、かえって不安を煽る。


 何度も何度も復唱をして、耳にこびりついて離れなくなった頃にようやく苦行から解放された。頭の中には「逃げる」と「生き残る」の二つが鎮座しそれを前提とした行動しかできなくなりそうである。もはや洗脳だ。

 この苦行から解放された子供たちは思い思いに伸びをしたりチャンバラをして遊んでたりしていた。

 そこにはこれからモンスターがやってくることへの緊張など微塵もなく、ぬるい弛緩した空気が満ちていた。


「やぁやぁ、愚か者と野蛮人と虫女がおそろいで。」


 そんな中、ニヤニヤ笑いを顔に張り付けたメイビスが取り巻きも連れず、ユキ達の方へ向かって歩いてきた。

 ピートは冷めた目で一瞥し目を逸らし、ユキに至ってはチラリとも確認せずに雑談を続けている。

 いつもなら歯茎をむき出しにして警戒を現したであろうソフィは、尚も虚空を見つめている。


 メイビスはこの扱いに顔を赤くして唸るように突っかかっていく。


「うぅぅ…!高貴な僕を無視するとは、無礼だぞ!」


 その言葉にさえも、なにも反応を返されることは無い。


 人に話しかけた時、無反応なことが一番不安になる。この空間に自分がまるで存在していないかのように錯覚してしまう。さらにこの場にはメイビスをフォローをしてくれる取り巻きなど存在していない。

 必死になって悪態を吐いて3人の気を引こうとするが、全く相手にされず涙目になってしまった。


『なぁ…仲間に入りたいんだったら素直にそう言えよ。』


 そんなメイビスを見兼ねて、ヤマトがそうアドバイスをする。


「誰が仲間になんか入りたいと言――――って、えぇぇぇ!?」


 やっと返答が帰ってきたことに安堵した様子のメイビスが再び悪態を吐こうと声の主を見ると、そこには一匹の虫が…。そこで腰を抜かしてしまった。


『なんだよ。俺の顔に何かついてるのか?』


「な、ななな、なんで喋って…!?い、いや落ち着け。これは腹話術だ!そうに違いない!――やい!誰が喋ってるんだ!」


 見るからにメイビスは狼狽し、自分を落ち着けようとしながら、ヤマトを視界に入れないように辺りを見回し始めた。

 が、ゴキブリからは逃げられない。わざわざメイビスの肩に乗って触角を揺らして挨拶をする。


『いや、俺だって、俺。――どうもお初にお目にかかる、拙者ヤマト・アールピジー・マジマと申すもの。どうぞ良しなに。』


 その芝居がかったふざけた挨拶にメイビスは顔を引きつらせ、頭を横に激しく振りながらどうにか返事をする。


「む、虫が喋るなんてそんな馬鹿な話があるか!こ、高位の魔物ならまだしもただの虫ケラが喋るはずがない!」


『そんなこと言ったって、しゃーないじゃん。喋れちゃってるんだからさ。ま、仲良くしましょうよ。~』


 あまりの出来事に取り乱したメイビスであったが、自分の名前を敬称付きで呼ばれたことにより砕かれかかった自尊心を復活させて、尊大な態度でヤマトに話しかけだした。


「ふ、ふんっ。虫ケラにしては礼儀を分かっているじゃないか。しかし、お前は何なんだ?気味が悪い。」


が、顔は引きつった状態のままだった。


『まーまー、そう言うなって。俺もよくわかってないんだから。それより、メイビス様はどんなギフトを貰ったん?おら、いってみそ?』


「な、馴れ馴れしく話しかけて来るんじゃない!…ま、まぁ、どうしても知りたいというのなら教えてやってもいいが?」


 メイビスは、目をつぶってふんぞり返るような仕草をした後に、片目だけ薄く開けてこちらをチラッと見た。


『あ、じゃあいいわ。別にそこまで興味あったわけでなし』


「じゃあなんで聞いたんだよ!」


 が、数舜後にはあんまりなヤマトの態度に激高し顔を赤くしていた。


『いや、無視されて可哀想だったから。』


「そ、そんなことないっ!」


 そのまた数舜後には羞恥で顔を赤くして、噛みつかんばかりの勢いで叫んだ。

そもそも、“無視されて可哀想”だと思うならば、親身に話を聞いてやればいい。それをしないのなら無視し続ければいい。だというのに中途半端に相手をして突き放すこの様には悪意さえ感じる。


『まぁまぁ。そんな怒らなくてもいいじゃん。頭の血管キレるよ~。で、結局ギフトはなんなん?』


「誰が教えるものかっ!」


 メイビスの怒りと悔しさを込めた全力の一投により、ヤマトは高く遠い空へとキラリと黒光りした流星として消えていった。

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