第16話

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~side???~


 “ソレ”は久しぶりに見つけた極上の獲物を追って、山を下っていく。前も後ろも大量の獣に囲まれているため、思うように進めないでいたが、着実に“ソレ”は村へと近づいているのだった。


   ニオイ 見ツケタ ニンゲン 住ム バショ


      居ル ココニ ニオイ


 “ソレ”は、極上の獲物の気配を、その村から感じ取る。苦手な昼ではあるが、身を蝕んでいるひもじさの前には、些細なことの様に感じられた。


   ゼッタイ 喰ラウ


しかし、いくら探しても黒く小さい影は全く見つからない。


   アノニンゲン ニオイ ツヨイ 隠シテル? 


 が、獣の対処に追われている青年の体から、極上の獲物の残り香のようなものが付いていた。“ソレ”は、本能のまま、その青年に向かって突進していく。が、その牙は幅の広い大剣に阻まれて、青年の腕を貫いただけで止められてしまった。


「くっ…!まさか、スタンピードでここまでの魔獣が出るとは…っ!」


 邪魔をしてきた男は、短い黒髪の男で、自分の体よりも大きな剣を自分の体の一部のように扱っている。“ソレ”は、牙と尾を、剣士は剣を、互いに打ち付け合い、一進一退の攻防が続いた。


   コノニンゲン ツヨイ…!


「この強さ…それに生命力…まさか…!もう魔獣のヌシが現れたというのか!?くっ、ヘレナ!援護を頼む!」


「はいよっ、『ライトニング』っ!」


 と、突然“ソレ”の真横から雷が襲い掛かってきた。見ると、燃えるような赤い髪の女が杖を構えてこちらに向けていた。


   イタイ! アブナイ!


 そこからは、防戦一方だった。女が魔法で牽制し、男が剣で攻撃してくる。受けた傷はすぐに塞がる程度のものではあるが、ダメージは確実に蓄積している。また、最初に受けた雷の魔法により、体が痺れてうまく動かなくなっていた。

 しかし、いつしか“ソレ”は極上の獲物を追いかけ逃した時の高揚と似た感覚を、この戦いにおいても感じるようになっていた。


   イイ 


 男は、執拗に左側に回ってこちらの気を引こうとする。そちらに反応すると、見えない右側から、女が魔法を放ってくるのだ。ならばと、女の方を注視していると、死角の右側が男によって攻撃される。これを、何度も何度も繰り返した。


   イイ  イイ  良イ


 “ソレ”も負けじと尾を振って牽制する。尾の一振りで周囲にあった建物、瓦礫が吹き飛び、さらに見晴らしがよくなっていく。一方の隙を狙って噛みつこうとしても、もう一方が邪魔をしてくるため、相手に攻撃は当たっていないが、相手も疲弊してきている。


   良イ  良イ  良イ 良イ良イ良い良い良い良い良い!!!


 戦場は、段々と村の中へと移っていく。“ソレ”がここまで危うい戦闘をしたのは、百数年前、黒い毛皮の獣との闘い以来であった。その獣は、毛皮が硬くて牙が通りにくく、強い膂力で何度も捩じ切られそうになった。あの時は、絶対強者に挑む側だったが、今は挑まれる側である。その時は、毒が回るまで逃げ回っていたのだった。


   闘う 楽しい!!!


 今まで、精神をも蝕んでいた、体の中を炙られているかのような強烈な空腹感は消え、ただ戦闘への快楽のみが残っていた。


   左 炎くる 右 剣が来るはず   回る!


 いつになく明瞭な思考で相手の動きを捉え、戦闘への興奮から高まっている力をつかって、思い切り右に90度ほど回転する。

 すると、近くにあった瓦礫の山が薙ぎ飛ばされ、尻尾の辺りに少し熱いものをかき消した感覚が伝わる。近くにいてこちらを斬ろうとしていたであろう男は、既に後ろに下がって剣を構えていた。

 男と睨み合い、牽制し合いながら時間を数える。魔法が来るタイミングは、必ず一定時間以上経過してからなので、その間は魔法の心配はしないでいいのだ。


   あいつ 動かない 時間 もうすぐ  仕方ない 攻撃する


  体をたわませバネの様にして跳び、男へ突っ込んでいく。と、その目の前に土で出来た壁がせり出てきた。この魔法は一度見たことがあり、ある程度は硬いが本気の突撃で破壊することができることを知っていた。


   邪魔!


 “ソレ”が土の壁へと突進する。しかし、“ソレ”の思惑とは違い、土の壁は砕かれずに、何の抵抗もなく貫通したのみであった。


   おかしい!  逃げ―――うぐっ!


 そして、“ソレ”が土壁を貫通したのと同時に土壁だったものが首に絡まりつき、あっという間に拘束具となった。土の首輪の内側には硬い岩の棘が付いており、肉に食い込んで逃れにくくなっている。


   捕まった!?  逃げな――――痛いっ!


 と、土壁によって死角となった胴体部に、灼熱の感覚が走る。

すぐに暴れてどうにか拘束から脱出したものの、かなりの痛手を負わされた。相手も暴れた時の余波を喰らって少し傷を負ったようではあるが、圧倒的にこちらの方がダメージは大きい。


 と、その時、“ソレ”の視界に見覚えのある黒い物体が横切った気がした。

急いでその方向を振り向くと、湖で出会った時のとは少し形の変わった、しかし、あの時のヤツと同じである、“黒いの”がいた。


   見つけた! あいつ!


 が、今闘っているのは、人間の男と女である。その男と女は“ソレ”の突然の奇行に驚いて様子を窺っているようだが、この戦いも放棄したくはない。


 あいつ、前 こいつら、後  でも、こいつら、今     どうしよう…?


 以前闘って高揚を感じた相手を前に、再び戦いたいと感じた。

そして、“ソレ”は一つの答えにたどり着く。


   そうだ! じゅんばんこ! あいつの方が先 だから こいつら後で!


 明らかに愚かな選択だが、中途半端に頭のいい“ソレ”は、その考えを名案として、“黒いの”をもう一度見つけようとする。


   あ、いた!  少し遠い   あっコッチ見た!   後ろ向いた…?

   あっ!逃げた!   あの時の続きだ!!


 そして、“ソレ”は“黒いの”を執拗に追いかける。小さすぎて“黒いの”を確認できていない男と女は困惑していたが、知ったことではない。

 段々と差が縮まっていく。湖の時よりも一回り大きいソレは、湖の時よりも速く走っているが、それでもまだ、“ソレ”の方が速かった。

  

『ああああぁぁぁぁァァァァ!助すけてくださぁぁぁぁぁぁぁぁぃ!』


 目の前の“黒いの”が何か話した気もするが、気にせず“ソレ”は追いかけていく。


 あともう少しで“ソレ”の顎が“黒いの”に届くというところで、急に“黒いの”が方向転換して加速する。


   あっ速くなった!  また何かする?  緑の…は持ってない…

   ん?あの人間のところに行く?  あいつは後でだけど どうして?

   あれっ!?  人間が光ってる!?  面白い!  突っ込む!!!


 “黒いの”が逃げた先は、先ほどまで戦っていた男の元だ。その男は眩い青色の光を身にまとい、剣を高く掲げている。が、好奇心と興奮により、“ソレ”は男の元へと突っ込んでいく。


   あいつ 通り過ぎた?  あれ?  もしかして、危ない?


“黒いの”について男の傍を通り過ぎようとした時、気迫の籠った男の声と共に、剣が振り下ろされる

『バスタァァァァ


   あっ!マズい! コレは避けないt…


ソォォォォッド』


 そして、避けようと少し体をよじったところで、男の剣が“ソレ”の体を真っ二つにした。



    


    ううう…痛い…  あれ?生きてる?斬られたのに?

   まぁいいや 痛い  そうだ 湖に行こう!  あそこは、気持ちいい


 切られたはずの“ソレ”は、体を捩ったおかげでどうにか魔石が傷つけられずに済んだようで、しばらくすると目を覚ました。

 周りを見渡すと、あの“黒いの”も二人の人間もおらず、遠くから獣の方向と人の怒声の入り混じった音がするだけだった。

 半分に切れ込みを入れられ、の字のような形になってしまった“ソレ”は、器用に半分に切られた頭を使ってズリズリと這っていく。血が出過ぎて、もう体に一滴も残ってないのか、進んできた道は全く血が付着していなかった。


 真昼間に男に斬られ、夕方に目覚めたのが、山を登っていく頃には夜になり、湖の近くへ戻ってくる頃には、月が空の真ん中へと移動していた。

 少し欠けた月の光が森の中へと差し込む。

 湖に近づいていくと、前方の茂みが、青白く光っている場所があった。その茂みを抜けると、“ソレ”が眠っていた湖が、月の光を反射して光っている。

 “ソレ”は音もたてずに湖の深くへと沈んでいく。自分の力に満ちた水の、特に濃いところに蜷局を巻いて寝ようとするが、切り込みを入れられた体ではうまくできずに、諦めてそのまま横たわった。


   着いた。  疲れた。  もう動けない。

  でも、今日は楽しかった。  あの“黒いの”と話したかった。

   でも、もうすぐ終わる。   寂しい。

  寂しい?  初めて…  また会いたい…  次は…会えるといいな…


そして、深い深い水の底で、“ソレ”は再び深い深い眠りへとついた。

 それから後、毎夜青白い光を放っていたその湖は、もう二度と青白く光ることは無かったという。

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