第15話

『助けてぇぇぇぇぇぇ!』


この叫び声に真っ先に気が付いたのは、ソフィ母だった。


「あなた!どこからか子供の声がするわ!避難所から勝手に出てきたのかしら!?」


「本当だ!あの蛇に見つかったら大変だぞ!―――おぉぉぉい!どこに居るんだい!?」


ソフィ父も気づき、その声の主を探すが、それらしき影は見つからない。叫んで居場所を聞こうとするが、その答えは思ってもいないものだった。


『今、蛇に追いかけられてますぅぅぅ!そっちに連れて行くので、攻撃してくださぁぁぁい!』


「なっ!?蛇に追いかけられているだと!?誰もいないぞ!魔力はどうなんだ?」


「人の反応は全くしないわ。でも、凄く小さな反応が猛スピードで蛇から逃げてるわ!この速さと小ささは…きっと昆虫種ね…!」


「喋れる魔物は、知性のある上位種だけじゃなかったか!?昆虫種の上位種なんて、こんな人里には現れるはずがないだろ!」


「でも、確かにあそこから反応がしているわ!これは…!虫は虫でも、ローチみたいね…!」


「なっ!?ローチだって!?そんな馬鹿な!ローチの上位種だなんて聞いたこともないぞ!」


いつまでたっても返事が来ないため焦れたのか、再びローチから声が聞こえてきた。


『あのぉぉぉ!とりあえず助けてくださいませんかねぇぇ!?』


「あっ…すまない!とりあえず、君はローチでいいのかぁ!?」


『ローチ…?…たぶんそうです!そろそろ追いつかれそうなので、助けてくださいぃ!事情とかは後で話すのでぇぇ!』


「あぁ!だが、蛇を倒すのに十分な技を発動するのには少し時間がかかる!30秒だけでいいから時間を稼いでくれ!」


『わかりました!30秒ならギリギリ逃げれそうです!』


「ねぇ、ホントに助けるつもりなの?」


「うん、とりあえず時間稼ぎをしてくれるようだから、蛇を倒そうと思う。すまないが、支援をくれ。」


「ふぅ…まぁ、あの蛇をどうにかしてから考えましょうか。『パワーアップ』!『スピードアップ』!『ディフェンドアップ』!『ファイアーエンチャント』!…」


 いくつもの魔法を重ね掛け、強化を重ねていく。目を閉じ、精神統一するソフィ父の体を、赤や青や黄色などの光がボンヤリと包み込む。

 そして、大剣を上段に振りかぶる。その体が、剣が、魔法の光とは異なる、青く強い光を放ちだした。


「準備は出来た!もういいぞ!」


『了解!』


 その短いやり取りの後、巨大な蛇がソフィ父の方へ向かってものすごいスピードで突進してきた。蛇は、先ほどから不自然に閉じていた右目から血を流し、しかし抑えきれない愉快さを浮かべながら目の前の小さな虫を追いかけていた。

 その目の前の虫が、助けを求めてきたローチだろう。


 黒い小さな、塊が猛スピードで真横を通過していった。風圧で髪がなびき服が乱れる。しかし、大剣を構えるソフィ父の姿勢は一ミリも崩れておらず、その目は瞬きもせずにただ蛇のみを捉えている。


 そして、蛇が虫を追いかけて、他の瓦礫のようにソフィ父を薙ぎ払おうとした時。上段に構えていた大剣を、叫び声と共に振り抜いた。


「はぁぁぁぁぁ!『バスタァァァァソォォォォッド』ぉぉぉぉぉ!!」


 今まで蛇が排除してきた障害物のように薙ぎ倒されると思われたソフィ父は、蛇を縦に切り裂き、立っていた。剣を振った衝撃で痛めたのか、右腕を庇う動作をしているが、その他にこれと言った傷は見られない。

 蛇は、体長の半分ほどを切り裂かれ、それでもなお動こうとしている。が、再生は追いついておらず、息絶えるのも時間の問題だろう。


「ふぅ~、久しぶりの全開だったから疲れたよ。…で、君は、何なのかな?」


(あっ、ソフィのお父さんって優しそうだったしな、面白そうな人だから、明るめの調子で喋った方がいいんじゃないか?…よ~し)

『えっと…どーも、生後3日のゴキブリで~す!ひぃっ…』


、全部話してくれるかな?君は、自分の置かれている状況を考えた方がいい。他の魔獣もいるしあまり時間はないんだ。できれば手短に頼むよ。」


『はぃぃ…』


 ローチの場の空気を読まない気の抜けた挨拶に対して、ソフィ父は左手で持っていた大剣をローチの眼前に持ってきてピタッと止めて、言葉を返した。

 その口調は丁寧だが、言葉の端々からイラつきが感じ取れた。

 蛇は倒したものの、未だにスタンピードは乗り切っておらず、山から続々と魔獣たちが湧いてきている。一刻も早く戦線復帰をせねば、家族が危険にさらされるのだ。

 少なからず、焦ってもいるのだろう。


『実は…―――――


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


―――――カクカクシカジカ…と、言うわけなんです!決して怪しいモノではありません!!』

 この世界に転生することになったきっかけや、転生してからの生活をすべて話した。黙っておいた方がいいこともあったのかもしれないが、少しでも嘘や隠し事をしようものなら、真っ二つにされそうな気迫を、ソフィ父は放っていたのだ。


 しかし、話が進んで行くにつれてその気迫は霧散していき、最後には困惑だけが残っていた。

「そんな……転生者は多いと聞くし、種族は様々だと聞くが…魔物のしかもローチ種に転生するなんて…。」


 あまりに突拍子もない内容に、頭を抱え込んでどうにか内容を飲み込もうとしていた。


そのソフィ父の隣では、

「そんなっ…!あなたも辛かったのね!お友達を守って、それなのにローチ種に転生するなんて…!」

同じく話を聞いていたソフィ母が同情で涙を流し、なぜかゴキブリと対話している。


『そうなんっすよ!生まれた途端に兄弟は共食いを始めるし、初めてであった人に忘れられるし、山に迷い込んで死にかけるし、人に見つかったら問答無用で叩き潰されそうになるし…散々なんですよ!せめて人に生まれ変わりたかった…出来ればイケメン…』


「大変だったのね…!いいわっ、うちの子になりなさい!今更家族が一人増えたぐらいでどうってことは無いわよ!」


「『はっ!?』」


「なによ!こんなにつらい思いをしてるのに、この子がかわいそうだと思わないの!?」


「い、いや、ローチに可愛そうとは…」


「元は人間だったんでしょ!アナタがそんな薄情な人だとは思わなかったわ!」


「えぇ…」


『いや、あの、流石にそこまでしてもらうのは…』


「うーん…いや、でも、流石に飼うのは…ゴニョゴニョ」


「いいじゃない。アナタ、前々からペットが欲しいって言ってたじゃないの。」


「うぇっ!?いや、ペットは、犬とか猫とかそういうもので、ローチは流石に…」


「いいじゃない。餌は何でもいいし、頭もいいから躾の手間はいらないわよ」


「いや、躾るのもまた動物を飼う楽しみで…」


「おぉぉい!そっちが終わったんなら、夫婦喧嘩せずにこっちを手伝ってくれ!次から次へと魔獣が湧いてきてるんだ!」


 家族会議をしていると、遠くから大きな斧を担いだ線の細いイケメンが大声でこちらに向かって叫んできた。


 その声を聴くなり、

「あぁぁぁ、もう!この話は後にしよう!騎士団が来て、スタンピードが終わったらもう一回じっくり話し合うよ!いいね!」


と言って、ソフィ父は大剣を担いで魔獣の群れへと駆けだした。

 ソフィ母も、ソフィ父の後を追って、魔法を練りながらゆっくりと魔獣の群れへと進んで行く。が、ふと立ち止まって一言、


「あ、そうそう。ローチくんは避難所の中に入ってなさい。ここは危ないからね。」


そう言い置いて、魔獣の群れに魔法を放ちながら再び進んで行く。


 それからしばらく、辺りに血だまりを作っている大蛇の血を舐めながら、ソフィ両親の活躍を眺めていた。

 が、血があまりにも美味しすぎて、血を舐めることに集中していると、すっかり日が傾いていた。大蛇の血の味は、筆舌に尽くしがたいほどの旨味とコクを持っており、少しの臭さもなく、高級ワインのごとき豊潤さであった。


   (ワイン飲んだことないんだけどね。)


 大蛇の身体についていた血まで全て舐めとり、辺りが綺麗になったところで、魔獣の群れが湧いているあたりを見た。

 ソフィ両親が戦線に加わったことで、魔獣の数は目に見えて減ったようである。山からは依然魔獣が湧いてきているが、湧いてくるたびにソフィ父が切り捨て、ソフィ母が吹き飛ばしている。因みに、バーサーカー爺さんは、ソフィ父が参戦するなり、ぎっくり腰を起こして、避難所へと運び込まれて行った。


(すげぇ…この調子なら、別に避難所に居なくてもいいんじゃないか?)


 が、ほとんどソフィ両親が魔獣を抑えているため、余裕のできた青年たちは、運よく村の方へ入ることのできた魔獣の対処へと向かっていた。

 それは、重箱の隅を突くが如く、念入りに執念深く行われる。

少しでも魔獣の群れの方を見ようとするあまり、ノコノコ見晴らしのいい場所に出てきて身動き一つしないゴキブリが発見されるのも、必然であった。


「おーーーい!ここに一匹、ローチがいたぞぉぉぉ!」


(あっ…)


「なんだと!」「こいつらは繁殖力が高いぞ!」「逃すな!」「一匹いたら百匹いると思え!」「殺虫剤持ってこい!」「松明もだ!卵ごと燃やすぞ!」

 一人の青年の叫び声を皮切りに、わらわらと人が集まり、あっという間に包囲網が完成した。


 傾いていた日がすっかり落ちてしまうまで逃げ続け、結局、大蛇と激戦を繰り広げた(繰り広げていたのは主にソフィ父で、コイツは逃げていただけ)場所にあった換気口に飛び込んだ。大蛇の死体がないことに気が付いたが、追われ続けて疲れていた為、あまり気にすることは無かった。


 換気口吸い込まれるように入って行き、子供部屋に戻るころには、獣と戦っていたのであろう騒音は無くなり、疲れ果てた戦士たちの歓声が聞こえてきた。

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